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対峙

 野営中に魔物の襲撃に遭うということはさして珍しくもない。人間の活動時間が日が差している日中に比べ、魔物達は日が落ちかかった夕方から活発になるからだ。


しかし現在、ロサの目に見えるものは異常な光景としか言いようが無かった。


「おいおいマジかよ…一体何匹いやがるんだ…?」


グッと、ロサは唾を飲んだ。

目の前に広がるのは魔物の大群。それも10とか20では済まない。100匹ほどはいるだろうか。


四足歩行の狼のような魔物に、虎のような大きい魔物もいる。松明と月明かりでしか確認できないので、後ろにも第二波が控えているかもしれない。


魔物の種類の中には群れで狩りをする個体は大勢いる。とはいってもせいぜい10や20ほどだ。これほどの数はロサも聞いたことがない。果たしてこれは偶然なのか、それとも人為的なものなのか。


ただ幸いなことに魔物との距離は十分に離れている。これならば魔物が到着する前にこちらも体勢を整えることが可能。現に後ろから続々と冒険者達が集まってきている。


「皆さん落ち着いてくれ!

指揮はこの私、クレイストのハウルが執ろう。

だから私の指示に従ってくれっ!」


その声に乗じて一人の松明を持った男が躍り出た。

至って普通の、冒険者が着る身軽な服装に、青い鉄板を組み合わせた金髪の男だ。

ヴァルテルは彼を知っている、いやこの場で彼を知らないものは少ないだろう。なぜなら彼はブルーパレスで活動する数少ない二等冒険者の一人なのだから。


「まず陣形を作ろう。

弓使いや魔法使いは近接職の前へ出てくれ!」


その声に反応したリアネは三人に目配せをする。

彼女は弓使いだ。今の指示で前へ出なければならない。


「任せたぞ、お前の弓で魔物を倒してくれ。

魔物が来たら俺が守る」


「えぇ分かったわ。頼りにしてるわよ」


ロサとリアネは熱い抱擁を交わして送り出す。恋人ゆえの励まし方だが、なんだかヴァルテルとレトまで恥ずかしくなってお互いに顔を背けた。


そして弓兵ではないが魔法使いであるレトもまた、前へ駆り出されることになる。

だからレトはヴァルテルに顔を向けて、


「じゃあ私も行ってきますね」


レトはニコリと笑ってくれた。


「あぁ頑張ってきてくれ…」


ヴァルテルはなんだか堅そうな表情を浮かべる。

ヴァルテルは期待していた。もしかしたら自分達も抱擁するのではないかと。だから期待半分、緊張半分で身構えていたがそんなことはなかった。


少し寂しい顔を浮かべる。


「撃ち方始めと私が合図を出すので、その声が聞こえたら一斉攻撃してくれ。十分に魔物が近づいたら私たち近接職が前に出て魔物を抑えよう!

手順は以上だ。城に着くまで誰一人として欠員が出ないように祈っている!」


彼はそんな事を言って下がっていった。


彼我の距離はおよそ100メートルほど。

総勢五十余りの冒険者と百匹超の魔物が睨み合う。

冒険者、というか弓兵と魔法使いは横一列で射線を開けるように陣形を取っていた。こうする事で一人一人の魔法や矢を当たりやすくさせ、満遍なく全体を攻撃できるという利点がある。その結果こちらに到達する前に大多数を減らしてしまうという考えだ。


しかしこれには弱点がある。

魔物達の突撃が思ったより早かった場合に、全体の指揮が取れなく瓦解する恐れがあるのだ。また横に広がっているために全体の攻撃には強いが、点のように一部を集中的に襲れればそこが穴となり、伝染するように混戦になってしまう。そうなれば犠牲は免れない。


しかしそれでもこの戦法を取るのは時間が無かった、の一言に尽きる。あらかじめ予期されていた戦いならまだしも、夜闇に紛れて奇襲されてしまえばそんな事を考えられる暇もないのだから。


それに彼らは冒険者であって軍人では無い。

僅かな時間で戦略を考えるほどの経験など積んできてないのだ。


魔物達は一斉に走り出した。

100メートルは離れているはずなのに、ドドドと、魔物達の地面を蹴る音が雨音のように聞こえてくる。

向かう先は当然自分達の居場所だ。


「やべえな」


はっきり言ってかなり恐怖。

弓兵の後ろで控えていたヴァルテルですらブルっと身体を震わせる。まるで街の祭りで男達が一斉に走ってくるようなそんな威圧感がある。


自分もあわよくば同じ方向に逃げ出したい。

だがそんなことは当然しない。

なぜなら仲間のためにもレトのためにもカッコいいところを見せなければなのだから。


「よし撃ち方始めぇ!!

魔物を追い払うんだ!!」


冒険者も受身では終わらない。

ハウルの合図を口切りに戦いの火蓋が開かれた。


構えていた弓が一斉に放たれ、虚空の中で山なりを描きながら魔物達に殺到していく。


「ガァァア!!」


こちらにまで魔物の悲鳴が聞こえる。

一体倒れ、二体倒れ、無数に倒れていった。

流石は剣に次ぐ数の多さ、その効果は絶大だ。


「ファイヤー!!」


「サンダー!!」


「ストーンッ!」


続いて強烈な魔法も飛んでいく。

一団の魔法使いの冒険者は数が少ないが、それでも効果的面、炎は一体に着弾すると他を巻き込むように燃え移っていく。


「よしいい調子だ!

敵に総当たりして魔物の進軍を食い止めろぉ!」


オオォー!!


遠距離職の後ろに控えていた近接職冒険者が次々と突撃していく。そして周囲は弓使い、魔法使いを巻き込んだとんでもない乱戦へと発展していく。


「オラァ!!まだ城についてもいないのにこんなところで死ぬわけにはいかねぇ」


「ガァ!」


ヴァルテルはこちらに飛びかかってきた狼の魔物を剣を突き立てるように待ち構える。すると跳躍した勢いで勝手に狼は串刺しになった。


そして別の魔物に切り掛かる。

あたりは案の定、作戦もクソも無い乱戦模様だ。


しかし先ほどの弓と魔法の遠距離攻撃によって魔物の数をかなり間引くことに成功し、今は冒険者の圧倒的優勢になっている。


「せいっ、オラァ!」


そこにロサが魔物を蹴散らしながらやって来た。


「ヴァルテル大丈夫か?」


「ああ全くの無傷だ。この調子で全て殲滅するぞ」


「おう!」


二人が切り掛かるのは巨大な虎のような魔物。

かなり強そうだが二人で掛かれば問題ない。いつもそうやってどんな魔物でも倒してきたのだから。


しかし。


キィィン!


「何だと、ぐあっ!?」


「おいロサっ!」


ロサが虎の魔物の前脚によって吹っ飛ばされる。


「くっ、大丈夫だ!うまくプレートのところで攻撃を受けたから問題ない!」


「そうか…」


とはいえかなり苦痛のようで、いつもなら自信に満ち溢れた顔を歪ませている。もしかしたら軽く骨にヒビでも入ったのかもしれない。かなり心配だが、今は敵に専念しなければ自分もやられてしまう。


ヴァルテルは慎重に一定の距離を保ちながら先ほどの魔物を観察する。


まずコイツは何の種類だ?

これに似た奴は今まで相当倒してきたはずだが、気配がまるで違う。今までの奴と似ても似つかない。

なんだろう……人間の手が加えられたような、そんな凶暴性が目立つな。


まぁ、そんなことは後でいくらでも考えられる。

大事なのはこれをどうやって倒すかだ。


「ここで使うのは合ってるか間違ってるか分からないが使わなきゃ倒せねぇ」


ヴァルテルは剣の持ち手を固く握りしめる、と同時に一つのスキルを発動した。次の瞬間、一瞬ではあるが剣心が紫色に光った。


「ハァァ!」


ヴァルテルはそのまま切り掛かると、右上から左下へ袈裟斬りを放つ。


「ガァァア!」


しかしその剣筋が魔物を捕らえる事はない。

魔物はバックステップをすることで剣の間合いから逃れたのだ。そしてあろうことか一直線にこちらへ飛びかかってくる。つまりはカウンターを狙っていたのだ。


全身の力を使って跳躍と同時に放つ袈裟斬りは、非常に破壊力が高い。しかし今のように外れてしまえば大きな隙が生まれてしまう。それが命取りとなり、ヴァルテルは首筋に噛みつかれてしまう。


はずだったが、そうはいかなかった。


なんとヴァルテルの切り返しが間に合って、魔物の顔面を切り裂いていく。

ヴァルテルは会心の笑みを浮かべた。


そう、初めからこれを狙っていた。

人間相手ならまだしも四足歩行の素早い魔物に単純な攻撃動作などお見通し、故にあえて攻撃を避けさせる事で反撃に夢中になった相手を返り討ちにする。


そのために初段の袈裟斬りはバレないほどに力を抜いて剣を振り切らないことにより、切り返しのスピードを高めたのだ。それが見事功を奏した。


「よし!」


乱戦中であるが、ヴァルテルは無邪気にガッツポーズを作る。この戦い、自分の勝ちだ。そこにポーションを使って回復したロサがやって来る。


「おお凄いな。もしこんな奴を野放しにしてたらかなり被害が拡大してだろう。

これは相当お手柄なんじゃないか!?」


「まぁ、まぁな」


ヴァルテルは若干恥ずかしそうに頭を掻く。


「苦しんではいるようだが息もある。

最後の足掻きで誰かに襲い掛かる前に、完全に息の根を止めておいた方が安全策だと思う」


「あぁその点は大丈夫だ。

なんてったってスキルを使ったからな毒付与の。

だから今こいつの全身には痺れが襲っているはずだ。そして命の灯火ももう数分もないだろう」


その証拠に魔物は足をジタバタさせてもがいている。

それは毒が聞いているという何よりの証拠。しかしそれに反してヴァルテルの顔は冷静さを取り戻していった。


人を敢えて狙うような巨悪な魔物に慈悲などいらないし、とどめを刺しに行けばロサが言うように万が一反撃される恐れもある。だからこのまま放置でいいはずなのだが、なんだか可哀想という気持ちが湧き上がってきた。


いくら人間を襲うと言っても、こいつらだって自然界の大切な命だ。無闇に殺めたり、冒涜する事は自分として、自然界の調和を図る冒険者として、するべき事ではない。


だからヴァルテルは魔物の元へと歩いていき、首筋に一本のナイフを突き立てる。すると魔物は完全に動きを止めた。


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