美しすぎる組織の長
王都のとある屋敷にて。
まるで王城のような豪華さと高級感溢れる一室にエイラとリザはいた。彼女達はどこか緊張した面持ちでソファーに座りながら、この部屋に戻ってくる家主を待っている。
カチ…カチ…と、何も音がしない静かな空間に、鳩時計の音はやけに響いている。それはまるで二人の心中のように落ち着きがなかった。
二人が心構えていた音が鳴る。
ドアが静かに、しかし素早く開いたのだ。
二人はそれを見ることができない。
誰が入ってきたかなど当然分かっている。
この家の主人、エルセティア・セラフィムだ。
彼女は光を受けていないにも関わらず、キラキラと輝いている黄金の髪を掬うと、ドカリとお構いなしに重厚なイスに座った。背後には無表情のニイナが控える。
「すまない。客人というのに待たせてしまったな。
銀髪の彼女は、私には似合わない。と言って颯爽とこの家から出て行ってしまった。
恐らくこの辺りで時間を潰していることだろう。
彼女を待たせるのも悪いし早速始めようか。
私たちが諸君らを招待した理由を…」
悠然と大人びた笑みをこぼす。
それだけでエイラは警戒度を一段階上げた。
これから舌戦が始まる。
相手はこちらの手の内を明かそうと、自分達は相手の正体を探ろうと、お互いに情報戦を行うのだ。
かつては街を守るという利害関係で一致したが、今はそんなことはない。敵でもなければ味方でもない、それが今の関係だ。
自分達が会話を通して世界の強者の存在、彼女達の狙いを抜き取ることができれば、それは非常に有用で大きな成果になる。しかしそれと同じくして彼女が自分達から何か重要なことを抜き取ろうとしているのもまた事実。少しでも不意を突かれればこちらが餌食となるだろう。
しっかり者のリザが隣にいるとはいえ、こちらが易々と勝てると思ってはいけない。
ちなみに彼女も緊張気味の面持ちなのだ。
あまり当てにはできない。
すると二人の思惑を見透かしたように、
「そんなに緊張しないでくれ。
私たちはあくまで協力者、私の中ではもはや友人ということになっているので気遣いは無用だ。
この後ろのニイナのようにな」
「うん」
仏頂面だがニイナは気軽そうに言う。
しかしエイラ達はそうもいかない、そうも出来ない。
まだ味方と決まったわけじゃないのだ。交渉が決裂すれば敵対する可能性も大いにあり得る。
「早速だが紅茶を召し上がってくれ」
ほらどうぞ。
エルセティアは紅茶を渡してくる。
沸き立ての透き通った美味しそうな紅茶。
……これ、本当に大丈夫?
エイラは思わず渋い顔になった。
この飲み物を本当に飲んでいいのかと。
横をチラリと見ればリザも気まずそうな顔をしている。
ここは仮にも味方とは言えない連中のアジトで、もし紅茶に何か危険物でも入っていたら一大事になる。
ある程度の毒などエイラやリザは抵抗できるが、ブラッドレイスを容易に倒した女性が用意した毒物は抵抗できない可能性もあるかもしれない。
何事にも警戒しなくてはいけないのだ。
……まぁ、そんな事気にしてちゃ何も出来ないわよね。そもそもここに来た時点で私たちは思う壺なのだし。
意を決して口をつける。
すると紅茶の旨味と芳香が口と鼻いっぱいに広がっていき、思わず口の端が少しだけ歪む。
……美味しい。
こんな紅茶飲んだのは初めて。
でもこの辺りのお茶とはだいぶ違うみたいだけど、生産地が離れてるかそれとも高いのかしら?
「いかがかな……美味しいだろう?
ここより遥か北の地の茶畑で作られた上質なお茶だ。そしてこのお茶は……今日の議題に関係ないのだが、北の地というワードこそが今日諸君らを歓迎した意味と繋がることになる」
「それはどういう意味ですか……?」
隣のリザが疑問を投げ掛ける。
「君たちはクメアデクという組織を知っているかな?」
「く、クメアデク……?」
エイラは頭をフル回転させるが、何一つとしてその言葉で思い浮かび上がるものがない。まずそのワードが何なのか気になるのはもちろんのこと、それ以上にこの辺りでは馴染みの無い特徴的な言葉だ。
「すみません。存じ上げません」
「私も分かりません」
「まぁそれも無理はない。
では説明するとしよう。ここより遥か北の国々では魔法に関する研究、商売などで莫大な利益を上げるクメアデクという企業、というか組織が展開している」
エルセティアはゆっくりと話を続ける。
「彼らは人々の暮らしを豊かにする魔道具を開発したり、凶悪な魔物から身を守るための戦闘アイテムを開発したりして、社会貢献に寄与しているというが、それはあくまで表向きの宣伝。実際はかなり闇の深い組織でな、奴隷事業、麻薬事業、洗脳、暗殺、政治家との癒着など例を挙げたらキリがないほどに悪事に手を染めているのだ。そしてその程度なら私も黙認しよう。この世界では日常茶飯事のことなのだからな。
これをもし止めようとするならば全世界の組織を相手取らなければならない」
だが…。
「あることだけは絶対に許されない。
あの連中は禁忌に手を染めている」
「……禁忌?
なんですかそれは?」
「この世界の魔法、ギフト、スキルの始祖の始祖の力、楽園の世界を実現させようとしているのだ」
「楽園の世界?」
鸚鵡返しするようにエイラとリザは頭を傾げる。
「あぁ楽園の世界だ。
この世の万物を作ったとされる二人の人物が奇跡と偶然の果てに生み出した究極の世界。
そこには無限の花畑と青空が広がっていると言われるが、データはもちろん残ってないので実際は不明だ。
しかしそこにいけば何かが分かる。
この世の何よりも価値のある何かがな」
そして、
「その力が復活すればこの世は滅びる」
「……えっ?」
「この世界が滅びる……?」
「あぁ、文字通りこの世界が滅び去る」
「で、ではなぜそんな危険な力を再現しようとしているのでしょうか?自分達だって死んでしまう可能性があるかもしれないのに」
「それはな……」
疑問を浮かべるエイラに対して途端に目の前のエルセティアの表情に陰りが見えた。それは悩んでいるという表情でも知らないという表情でもないことをエイラは察する。
ではなんなのだと言われるとそんな事は一つに決まっている。
言いたくない。ということだ。
「……すまない。
この先はどうしても言うことができない。
そしてここでの会話は絶対に他言無用でお願いできないか?君たちのボスであるフェンリル殿を除いてな」
「勿論です。そんなの他に知られれば実現しようと目論む連中が現れてきてもおかしくない。そうだよねリザ?」
「ええ勿論よ姉さん。
私たちはここであったことを何がなんでも口外しない」
「ありがとう……。
君たちが良い人で助かった。
今ここで君たちが約束してくれたから信頼出来るのだが、もし仮にこれを他人に吹聴しようものならその存在は消えるだろう。確実にな」
「………っ」
思わずエイラは固唾を飲む。
この意味は推して知るべしだろう。
そしてエルセティアは話を続けることで説明する。
「すまないな脅すようなことを言ってしまって。
だがこれは笑い話でもなんでないんだ。
このまま放っておけば世界は確実に終末の時を迎える」
……だが。
「我々は戦うつもりだ。例えこちらは二人だろうと連中の邪悪な企みを止めてみせる」
力強い意志を顔に見せ、握り拳を掲げる。
凄まじい強者の迫力は感覚のみならず視覚で分かるように全身から金色のオーラが流れ出していた。
水色のような瞳が輝きを増す。
分かってはいた。が、この人はエイラ目線からしても途方もない実力を持っている。このような人智を超えた力を持つ存在と戦う連中はハッキリ言って愚かとしか言いようがない。
いや……それは違うか。
この人が困っているのは敵対している連中もまた強いからだと考えるのが当然だろう。実際、この世界を滅ぼすほどの魔法を研究しているのだから。
しかしそれ以外にも気になることがある。
二人……。
その言葉に妙な引っ掛かりを感じたのだ。
確かこの組織は二人以上の組織員がいたはず、それは先日の彼女が言っていた。
そのはずなのに今ここで二人と言ったのは何故か。
すると。
「今の発言に疑問を感じている様子だな」
「はい」
「ふふっ、これまたすまない。
全く私としたことが身勝手な不満を吐いてしまって。実は他にも隊員はいるんだ、三人ほどな。
しかし彼らには内密にしている。
言っただろう?これらのことは他言無用、つまりそれほど大切な事柄だ。例え仲間であっても話すことはできない、後ろの彼女を除いてな」
エルセティアは後ろを向いて目配せをする。
視界の先には相変わらず仏頂面で控えているニイナ。しかしエルセティアには分かる。ニイナがその通りだという表情をしたことを。
まぁ。
「何も分からない彼らに危険な目を合わせるわけにはいかない、だからもうじき極光聖天団というグループを畳もうかと考えている。彼らの安全のためにも私たち二人の目的のためにもその方がいいだろうさ」
「なるほど」
「だから私たちはより多くの同志を必要としている。君たちはこの秘密を打ち明けられる数少ない同士なんだ。だからな、協力してはくれないだろうか?
君たちを仲間に付けることが出来れば非常に心強い」
ブックマーク・評価お願いします。