プロローグ3 逃走中
「っ、あ、あなたは何者でしょうか?」
「え?何者って、そりゃあ何者だろう?
俺という存在は……」
目の前の男の一言一句、少しの動きも見逃さないように盗賊の格好した彼女は警戒をする。
右手に持った短剣を隠すように逆手持ちにした。
少しでも変な動きをすれば即座に切り掛かるという意味である。どうやらそれは他の四人も同じようで、一人一人緊張した面持ちをしながら苦しような渋い顔で武器を固く握っている。
男が悩んだ挙句、口を開く。
同時に五人の背筋は緊張と不安でビクンと震えた。
「まぁ、この森の主人みたいなものだよ。
人と交わらない魔法使いって山籠りするみたいだけど丁度それに近いかもしれない」
……この男は魔法使いってこと?
情報が少ないこの状況下で自ら差し出してくれるとは助かると、彼女は思う。
上手く情報を引き出せたり扱える事ができれば、例え敵対したとしても見逃してくれたり、説得の確率が上がる。これらは冒険者で必須になるスキルである。
それはともかく…この男は魔法使いなのだろうか。
単なる例え話なだけなのかもしれないが、もし魔法使いだとしたら何の種類か。ドルイドや修験者、アニミズムは山に篭れば力を蓄えられるという面白い職業スキルを持っているという。
この男が山にいたのはそういう事なのだろうか。
一瞬そう思ったが、隣のアンデッドを見てその考えを捨てた。
……いくらドルイドでもアンデッドは意のままに操れない。じゃあネクロマンサーかしら?
これが一番あり得るだろう。
むしろこれ以外の可能性は皆無と言ってもいいかもしれない。ネクロマンサーとはアンデッドを操る職業であり、世間一般では禁忌とされたレア職だ。
何せ死体を操るのだから、少なくともこの辺り教えに背いており、嫌厭されるのも無理はない。
とはいえその力は強大で、才能や力があればあるほど強いアンデッドを生み出す事ができる。
レア職のため、なる事は難しいがその反面需要も大きい。裏社会や暗殺業などがその最たる例だろう。そしてこの男がもしネクロマンサーだとして、裏社会と深い繋がりを持っているのならば、自分達はここで消される可能性が高い。口封じという意味でもその他の意味でも。
それってもしや……。
ハッとしたようにある事に気付いた彼女は無意識に冷や汗を掻いて顔を青白くさせていく。しかしそんな事などジークは知る由もないので、顔をポカンとする。
「ん…大丈夫?体調悪いのかな?」
「い、いえ…大丈夫です…」
自分達はかなり窮地に立たされている。
もし自分が考えている事が相手に勘付かれたら即あの世行きになるだろう。その前にどうにかして話をずらしたり、自分達に興味を持ってもらわなければ困る。
だから咄嗟に喋り出した。
「私たちはこの森から離れた街、ブルー・パレスを拠点として活動している"響音"という冒険者グループです。私がリーダーのノット、隣の彼がベモル、ハンマー持った彼がモッド、ローブを着た彼がイオニアン、シスター姿の彼女がクレドソルです。
ここには散策で遠出してきたんです」
紹介と共に彼らは頭を下げる。
だからジークも応えるように頷いた。
「へぇ、君たちブルー・パレスの出なんだね。
わざわざ遠くからご足労様だ」
「いえいえ」
「実は俺もブルー・パレスとは深い馴染みがあってねこんな偶然もなんだ。
今建設中の建物を特別に見せてあげるよ」
そう言って男は手招きをする。
「…………」
思わず全員黙り込んだ。
五人にはそれが好意の標だとは到底思えなかった。
むしろ悪魔が冥界に誘っているようにさえ見える。
この先に行ってしまったら非常にまずいことになるのは誰が見ても分かるだろう。そして二度と出られなくなってしまう。それどころか一生ここで働かせられる危険性があるのだ、アンデッドとしてだが。
全員身体が引っ張られるように森の外へ身体を向ける。明らかに身体が拒絶していた。
キッカケがあれば全員猛ダッシュで蜘蛛の子散らすように逃げるだろう。
今はその閾値に立っているのだ。
……どうする、逃げる?逃げない?
言葉には出来ないが必死の視線を片手剣の男に向ける。しかし彼も同じことを考えていたようで、泣きそうな目で訴えてきた。
もうこうなってしまえば決断は一つだ。
そしてそれを行動にする。
「みんな、ここから逃げるのよぉ!!」
自分の一声で思考が正常に戻ったのか、四人とも顔の歪みが治った。
それと同時に四人は全速力で、脇目も振らずにただひたすらに山を駆け下り行く。走り方のフォーメーションは違うとはいえ、考えていることは皆同じ。それはあの男から少しでも離れられるようということで一致していた。
……もう何なのよこの森は!?
二度とこんな場所に来ないんですから!!
あぁぁぁ誰か助けてぇぇえ!
頼むからこっちに来ないでぇぇえ!!
――――
少し前まで賑わうように冒険者達がいた場所にジークは取り残されながら、呆然と立っていた。
「……何なんだアイツら」
ジークからしてみれば全く意味が分からなかった。