プロローグ2 秘密基地建設中
パチパチ…。
自分の後ろでそんな音が聞こえる。
振り返ってみれば首の無い大柄の化け物が行儀良く両手を合わせて拍手していた。
かなりシュールな光景。
思わず噴き出しそうになるジークだが、それはグッと堪えてわざとカッコつける。そう、ここは自分をどれほど格好良く見せるかの勝負。今の自分は作業中にお遊びをする子供ではなくて、一人の凛々しい侍なのだから。
紅葉が舞い散る中で刀をしまう侍だ。
ものすごくクールなイメージだが実情はジャングルの中で木々を伐採している怪しげな者。
それが全てだった。
ジークはよし、と再び納得した顔をする。
これでようやくモヤモヤは解消された。
自分の仕事を勝手に押し付けた腐肉の神官Bくんには悪いのでサッサと戻ることにしよう。
そんなことを思って平地中心へと歩き出す。
少しの間とはいえBくんの胃が心配だ。
勝手に押し付けられた仕事の重圧でキリキリと傷んでるのでは無いだろうか。そもそもアンデッドの胃はどうなっているのだろう。キリキリどころか内臓全てが腐っているので、もっと違う表現が正しいかもしれない。例えばストレスで体が腐り落ちるとか…。
まぁ冗談はさておき、ジークは戻ると同時に周囲の仕事の進捗度合いを確認していった。どこも概ね予測通りの進行度であり、なかなか順調だと言えるだろう。この調子であればあと半年もあれば完全に完成できるだろうか。
すると突然、ゴースト系の配下が空中を浮遊しながらこちらへやって来た。そして耳打ちをする。
「どうしたんだ何か問題でも?
ん、うんうん…。え、本当か?
分かった今すぐ向かう」
急遽予定変更だ。
どうやらこの森に五人ほどの人間が迷い込んだらしい。こちらの配下と接触して戦闘しているようだが、配下が手加減しているおかげか抵抗を続けていると言う。
配下としてはジークの関係者かと思って手加減しているのだろうが、殺さないでいてくれるのはありがたい。別に大したメリットは無いものの殺す意味はないし、ましてやもう少しで新居が完成するというのに近くで人殺しがあっては感じが悪い。
なんだか事故物件みたいだ。
敵ならともかく、悪戯に人を殺せば悪名高くなる。
それは悪でも正義でもない自分の理想像と反するものであり、それら二つの均衡を保つ裏の支配者にはなり得ない。何より自分も人の子だ。
無闇な殺生は好まない。
とはいえジークには全く心当たりがない。
エイラ達であれば配下のアンデッド達は分かるはずなので襲わないだろうし、偶然この森に迷い込んだ人間か、はたまた俺を狙うヒットマンか。
まあ前者ならともかく後者はあり得ないだろう。
まず自分がこの森にいるということはエイラ達を除いて周囲に口外してはいない。唯一知っているとすればカインとお付きの女魔法使いだが、あの二人が吹聴するということも考えにくい。
ならばかなり早計かもしれないが、相手は迷い込んだ人間と見て間違いないだろう。それもアンデッド達にそれなりに対抗できる者達。
丁度冒険者クラスだろうか。
△△△△
「……くっ、なんなのこいつら!?」
「こりゃまずいぜ…!」
「囲まれる前に少しでも倒したいところだが、まるで歯がたたねぇ」
アジト建設地の森、入り口付近に五人の冒険者がいた。それらは短剣を持った盗賊風の女性、ハンマーを持った男性、片手剣を持った男性、メガネをかけた魔法使いの男性、シスター姿の女性。
彼らはくの字型の陣形を取っており、その全員が視線の先の存在に釘付けになっていた。
そこにいたのは全身黒の鎧で身を包んだ一体のアンデッド。かなりの長身で、両手には誰の返り血かも知らない長い剣を持っており、鎧から見える素顔は腐り切っている。こちらが動かなければあちらも動かないようだが、代わりに赤い眼光がジッとこちらを見つめてくる。
そして何よりこの先は進ませないというような意志を感じる。だから盗賊風の女性は疑問に思う。
この先に一体何があるのだろうと。
物凄く不気味で恐ろしい。
出来るのならばとっとと逃げたいどころだが、そう簡単にいくとは思えない。
なぜなら先程自分達はこれと剣を交えたからだ。
結果としては簡単に遊ばれてしまった。こちらは数の有利、連携、希少なアイテムを使用して上手く立ち回ったつもりだ。それでもこのアンデッドに有効打を与えることができなかった。
むしろそれどころか仲間を呼ばれて非常にまずい事態に陥ってしまった。あのアンデッドの後ろには10体では収まりきらないほどの数のアンデッドが集まってきている。
しかし不思議な事にそれらはただこちらを見てくるだけでほとんど何もしない。たまに黒の鎧のアンデッドに強化魔法を放つ個体がいるが、それだけだ。
前線に来て戦おうという意志を感じられない。
まるで使われていない魔道具のように佇んでいる。
逆にそれがかえって不気味でもある。
彼らは一体何を考えているのだろうか…と。
自分達はこれまでに大勢のアンデッド達との戦闘経験がある。しかしそれらはスケルトンやゾンビ、ゴーストなど数多く存在するアンデッドの中でも大して強くない存在、いわゆる雑魚の部類だ。とはいえ強いアンデッドの情報もある程度は知っている。深い森に現れる無数の蔓が生えた木のアンデッド、川に現れる水の姿のアンデッド、荒野に現れる歴戦の戦士のアンデッドなどだ。
そしてそれらに共通することといえば雑魚のアンデッドより知能が高い、ということ。
今、目の前にいる存在達がどれほどの強さを持ってどれほどの知能を持っているのかは分からないが、これ以上集まって来たらもはや絶望的だ。
ある程度の知能を持っている以上、数が揃ったらこちらを一人として逃さないように袋叩きにするつもりなのかもしれない。
倒すことは非常に困難、それでも戦うしかない。
ここで逃げようとすれば後ろのアンデッドたちが一斉に動き出すだろうから。
彼女はここまで上がって来い、というように手で合図をする。そして上がって来た四人のうち、隣に並んだ片手剣の冒険者に耳打ちをした。
「誰かを何かを待っているか分からないけど、とりあえずこのアンデッドを倒す。そして後ろのアンデッド達が動揺している隙に皆んなで逃げるのよ。
それしか道は無いわ」
「本当にこんな奴倒せるのか…?」
片手剣の男は不安がダダ漏れだ。
しかしそうなることも無理はない。
なぜならこんな異常事態は結成以来初めてなのだから。しかしそんな不安をも男は飲み込む。
隣のリーダーである女性を信頼してのことだ。
「……分かったよ。
そうだなやるしかない。俺たちならどんな奴だろうと倒して逃げ切ってやるぜ」
「その調子、じゃあ行くわよ?」
「あぁ…!」
彼の首肯のすぐ後に彼女は咆哮する。
その意味は全員で畳み掛けるというものだ。
それをキッカケに全員が動き出すと、各々の武器をアンデッドへ向ける。
ハンマーの男と片手剣の男が突撃をして攻撃兼他の三人を守ろうと壁役に徹する。そして盗賊の女性はその後ろに隠れて隙を窺い、アンデッドが二人をすり抜けるようなら攻撃をする。そしてシスターの女性はアンデッドに対する聖魔法、ローブ姿の男性は攻撃魔法の用意をした。
攻撃力が高いながら守りとしても優秀な陣形で、たった一体のアンデッドには手の施しようが無いように盗賊の女性には見えた。しかしアンデッドは後ろに下がることでそれらを軽くいなす。
「え、嘘でしょ!?」
それは大きな誤算だった。
人間の身体能力なら後ろに下がろうにも突撃した二人の武器の餌食になるだろう。しかしそのアンデッドの身体能力は人間のスペックを軽く凌駕するのだ。
一跳で数メートルほど飛んだアンデッドに二人の攻撃は届かない。そしてそこを無理に二人は追撃する。
素早い片手剣の攻撃をいとも簡単に避けられ、身体全身を使った破壊力抜群のハンマーも再び跳躍することで避けられる。
しかし自分達もそれでは終われない。
着地する場所を予測し、偏差撃ちした炎の魔法と光の魔法が黒鎧のアンデッドを襲う。
流石にアンデッドも回避不可能だったようで両手剣を用いてそれらを切り潰す。
しかし完全に魔法を消すことは無理だった。
そして残り火がアンデッドへ着弾する。
アンデッドは巻き上げられた砂埃と共に姿を消した。
「よしやったっ!」
「やったわ」
「おっしゃあ!」
「当たった……」
「効いたのでしょうか…!」
五人は思い思いの喜びを口にする。
そしてこれが初めてアンデッドに当てる事ができた攻撃だった。
盗賊の女性は顔綻ばせながら砂埃を見る。
流石の強敵だったが、二人の魔法を持ってすれば倒せたであろう。
自分達はこれほどの存在に打ち勝つ事ができたのだ。今まで倒して来たどの魔物よりも強い、格上の存在。これを組合に報告すれば念願の3等冒険者に格上げさせることも夢ではない。
逃げる前にその証拠である戦利品が欲しい。
そんな余裕さえ湧き出てきた。
そして砂埃が収まる。
と、同時に五人の顔に喜びが瞬時に消えた。
なんとアンデッドはまだ姿を保っていた。
それどころか、効いた様子も傷を負った様子もない。
完全なぬか喜び。アンデッドの顔が嘲笑ったようにすら見える。
全員、空いた口が塞がらなかった。
片手剣の男性が戻って来てこちらに声をかけるが、周囲に筒抜けの声で話しかけてくる。それは当然アンデッドにも聞かれているのだが、今は耳打ちどころではなかった。
「ど、どうすんだ話と違ぇぞ…」
「わ、私も知らないわよ…!
まさかこのアンデッドがこんなに強いだなんてっ…」
「とりあえず尻尾巻いて逃げるしかねぇよな!?」
「そ、そうね。幸いあっちから仕掛けて来ないからそれが救いかしら…」
相手に隙を晒した、いかにも間抜けな姿。
しかし五人はそれどころではない。砂煙が霧散すると同時に自分達の希望もまた霧散してしまった。
まさかこれほどの強敵だとは全員が思っていなかった。こんなの話と違う。
一体なんなのよっ…こいつ。
二人の魔法を食らってびくともしてない。
……まさかこれが噂に聞く伝説のアンデッド!?
そして目の前のアンデッド、後ろで控えているアンデッド達がついに動き出した。
それらは後ろを向いてひざまずく。
盗賊の女性は脂汗を掻く。
最悪だ……。
恐らく新手のアンデッドが来たのだろう。
それもこんな化け物達が頭を下げるほどの危険なアンデッドが…。
そう全員が思っていた。
しかしここに向かって来た者の姿を見て、すぐにまた別の表情、困惑した顔を浮かべる。
その者が奇抜な服装をしていたからだ。
この奥深い森に不釣り合いなタキシードに、顔を覆うほどのトップハット。
まるでこれから貴族の舞踏会にでも出席するのだろうか。顔を窺い知ることはできないが、口は笑みで溢れていた。明らかにそれはアンデッドのものではない。
もしかして人間なのだろうか。
服従のポーズを取ったアンデッドの一本道を通りすぎてこちらに辿り着く。そして跪いた黒鎧のアンデッドの頭を腰掛けのようにぞんざいに扱うと彼は声を出して笑う。
そしてこう言った。
「いやいや無事でよかったよ。待たせて悪いね。
我らが森にようこそ」
と。