私は孤独だ。
辺境の城を目指す50余りの冒険者達は何日も馬車に揺られ、時には魔物の軍勢を制覇しながら、ようやくその目的地、ホワイトローズ城にたどり着いた。
辺境の城、ホワイトローズ城は元々避難場所のために作られた建物である。しかし今はどちらかというと別荘としての側面が強い。なぜなら見た目が城というよりは巨大な宮殿に似ているのだ。五階以上ある真っ白の高い城壁に、城の周囲には様々なバラや花のガーデンが広がっている。
そのため、ここを訪れる者達はまず純白の城壁に感動し、次に百花繚乱のガーデンに感動する。
とてもじゃないが避難場所とは言えないものである。
しかし当初の設計目的は王を匿うことであり、忘れられがちだが、当然その作りや設備もしっかりとされている。まずこの城の周囲一帯に町や民家は存在しない。広がるは青々とした風になびくだだっ広い草原ばかりである。数キロ先に森林が存在するが、それも王を逃すための人工林であり、危険な魔物は存在しない。
次にこの城の高さにこそ秘密が隠されている。
大きいというのはただ見栄えを良くして訪れる者に迫力を与えるだけでなく、物見櫓としての側面がある。もしこの城を狙って敵の大群が進軍しようものなら、それにいち早く気付き、王を逃すことができる。
では敵勢に囲まれた時はどうするのかというと、残念ながらその場合は諦める他ないだろう。
あくまでもこの城のコンセプトは敵に襲われる前に逃げるということを基本設計としており、籠城戦などは考えられていないからだ。
堅牢さを捨てる事で極限まで索敵に特化する、そんな城に、今は50を超える軍勢が集まっていた。
とはいえそれは敵ではない。冒険者の面々である。
温かな陽が差す中、彼らの表情は和やかだ。先日の魔物襲撃の時とは違い、あたりは美しい庭園と風で揺れている草原ばかりで彼らがリラックスするのも無理はない。
そして一人の男が冒険者たちの前へ身を乗り出した。
「皆様こんにちは、私の名前はハウル・クルージスと申します。昨日の魔物襲撃の際は私の指示に協力していただきありがとうございました。あの時は誰一人欠けることなくと言いましたが、皆さん無事でとても安心しています。これからしばらくの間、どうぞよろしくお願いします」
彼は綺麗にお辞儀をする。
するとパチパチ…と柔らかい拍手が送られ、彼もまた冒険者の集団の中に戻っていった。
「これで全員の挨拶が終わったか?」
「あぁそうだろうな」
呑気そうに両手で後頭部を押さえながらロサは言うと、ヴァルテルはそれに同意した。
彼らは冒険者の中でも最後尾に立って一人一人の挨拶、50人超いるのでかなり長い挨拶を聞いていたところだ。そして今最後の自己紹介であるハウルの番が終わった。当然自分達や隣にいるレト、リアネも挨拶を終えている。
何かに気付いたロサがこちらを見てきた。
「おいちょっと待って、まだあの人が終わってないぞ」
「あの人ってだれ……あぁ、フェンリルさんか?」
「そうだ」
「でもあの人はやる必要があるのか?
まず俺たちと同じ冒険者じゃないし、こんな馴れ合いは好きじゃないだろ」
「てかまずあの人は何でこの城に来たんだ?」
「何でって、確かに何でだろ…。
俺たちと同じこの城の護衛のためなのか?
よう分からんな」
二人はそんな駄弁をしていると丁度よくハウルがこちらに戻って来る。そしてロサの隣に並んだ。
だからロサは今一度頭を下げた。
「素晴らしい自己紹介でした。
これからよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
ロサとハウルは丁寧なお辞儀をする。
そして先ほどの駄弁でロサが気になったことをハウルに尋ねてみた。
「そういえばフェンリルさんって何用でこの城に来たんでしょうかね?」
「フェンリルさんですか……。
すみません、私も分かりかねます。
一介の冒険者には何も伝えられないでしょうね。
ですが恐らくこの国とフェンリルさんの方で取引が……」
そう言い切る前にハウルは前を向いた。
前の方で小さなどよめきが起きているようだった。
3人いや、その会話を盗み聞きというか筒抜けのために聞いていたレトやリアネも前を見る。
人の隙間を掻い潜るように見てみると、どよめきを起こした正体はまさかのフェンリルだった。彼は黒い馬車から姿を表し、こちらまで優雅に歩いて来ると、大勢の冒険者達の前で止まる。
思わず全ての冒険者は身を引き締めるように表情を固くする。そんな姿を見て嘲笑っているのか、満足しているのか分からないが、やけにゆっくりとフェンリルは話し始めた。
「我の名は知っていると思うが改めて言おう。
蒼翠のフェンリルだ。実は我もこの城の用心棒としてしばらく駐在することになった。諸君らとは別行動であり、滞在期間も違うと思うがよろしく頼むぞ」
それだけだった。
そう言うと彼は一足先に城の方へ向かって行く。
その背中は冒険者達の視線を一身に受けていた。
彼が喋った、というか現れた瞬間に和気あいあいとした雰囲気から会議のような緊張感に包まれていた。
それは紛うことなき彼の威圧、オーラだ。何をすることもなく、この場にいる全員に戦慄を走らせたのである。
これには思わずハウル達は微苦笑を浮かべるしかない。
「あの夜は危機的状況で分かりませんでしたが、これほどまでに存在感があるんですね」
そう言って彼は冷や汗を拭う。
二等冒険者ですらこのザマなのかとも思うかもしれないが、流石にロサもハウルの意見に同意だ。
自分だってあの人と会うまで、広場で異次元の戦いを見るまで、あのような存在と相見えたことが無かったのだから。
△△△△
いつからだろう、独りになってしまったのは。
物心付いた頃からだろうか。……いや違う。
あの頃は師匠に連れられていろんな場所に行き、造園についてひたすら触れることができた。
では大人になってからだろうか。……多分そうだ。
師匠を失い大人になった時から私は人と向き合わず、向き合えず、ただひたすらに自分の殻に閉じこもって花の事ばかり考えていた。
……いやそれも違う。
本当は初めから独りだったのだ。
幼くして家族を失った時から私は孤独なのだ。
師匠といた時に孤独を感じなかったのは師匠のことを花のように大好きだったから、ただそれは振り返ってみると、花に対する興味関心と本質は何ら変わりがなく、私は師匠のことを花と同じように見ていたのだ。
こんな私は今も、そしてこれからもずっと独りなんだろう。
ただそれでももう気にならない。
なぜなら私には花がそばにあるから。人間と違って花は文句を言ってこないし、私を傷つけたりもしない。
見ても考えても花だけは私の心に癒しと安らぎを与えてくれる。
毎朝、ホワイトローズ城で私は庭園の手入れをする。それが今の仕事。
今日は青空が広がってそよ風が吹いていて気分が良い。一面に広がる真っ赤な薔薇を剪定し、誰が見ても息を呑むような状態にするのは骨身を削る大変な仕事だがやりがいがある。
時折、同業者である庭師の邪魔な視線や噂話が聞こえてくる。多分私のことを寄ってたかって悪く言っているのかもしれないが、無視することにはもう慣れた。
一枚の無駄な枝を切り落とす。
近くから見ても遠くから見ても完璧。
もうここはいい。さあ次は別のバラに手を加えよう。
その時。
盗み見るように私に冷たい視線が注がれた。
「……………」
しかし私は気にしない。
だけど消え去るようにこの場を後にしようと歩き出すと、盗み見て来た女の話し声が聞こえた。
「そういえば今日って冒険者の方々が来ますよね?」
「そうみたいですね。どんな方達なんでしょうか?」
「うーん…あとそういえばフェンリル……?ていう遠い街の方で有名な方が来るみたいですよ」
「そうなんですか。でもなんか最近巷で有名ですよねその人。私はよくわからないんですけど」
「えっーとですね……」
そこで彼女達の世間話は聞こえなくなった。
どうやら私の陰口を言っていた訳ではないようだ。
ただフェンリル……その名前は自分も聞いた事がある。この城の廊下を歩いている時にお姫様の近衛メイドの人が言っていた。
別に対して興味はない。
どうせその人も他と同じ私に対して冷たくする人間の一人だろう。だからどうでもいい。
私はただこのガーデンの手入れをするだけだ。
とは言ってもここの庭の手入れをするのは後しばらくで終わり。
私は街や国を転々とするガーデナー。
でも、もうガーデナーも辞めようかと思っている。
この人間関係に疲れたのだ。だから母国に帰り、誰もいない静かな所で庭いじりをしながら暮らそうと思っている。どうせ私は孤独。例え誰からも忘れ去られようと、花さえいてくれればそれで問題ない。
胸に感じる終わりの見えない淋しさなど……殺してしまえば良い。




