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風王の冠  作者: たき
9/11

(9)

 翌日の昼休み、パンテールと一緒に昼食をとったシータが中央棟の一階を歩いていると、聞き覚えのあるとがり声が耳に入ってきた。

「何度も同じことを言わせないでよ。私はあんたとつきあうつもりはないし、そっちの集団に入る気もないわ。だいいち、前試験に合格してるんでしょ? だったら今の仲間で頑張りなさいよ」

 もう炎の法専攻生はいるじゃない、と吐き捨てるように言って角を曲がってきたイオタと、シータはあやうく衝突しそうになった。

 ぎりぎりかわしたものの、かすかに服がこすれあう。きっとにらんできたイオタは、相手がシータだとわかると「あんただったの」と表情をやわらげた。

「待ってくれ、イオタ」

 追いかけてきたのは、ピュールの兄のアレクトールだった。彼はシータと目があうと、舌打ちしてきびすを返した。腕組みをしたイオタが軽蔑のまなざしで彼を見送る。

 今のやりとりをどう質問しようか迷ったシータに、イオタのほうからため息まじりに説明してくれた。

 入学時に一目ぼれしたとかで、アレクトールはずっとイオタに声をかけ続けているという。イオタがタウたちの集団に加入した後もあきらめがつかないらしく、接触をはかってくるのだ。

「本当にしつこいのよ。いいかげんにしてほしいわ」

 イオタが心底嫌そうに文句を言いながら、れんが色の髪をかきあげる。どれだけ眉間にしわが寄っていても、やっぱり美人には変わりなかった。むしろ気の強さが華となってイオタを引き立てている感じだ。ここまで存在感のある人間はそうそういない。他にどんな生徒がいるのか知らないが、今年の『黄玉の姫』もイオタで決まりだろうとシータは思った。

「なんか、すごい人だな。迫力があるっていうか」

 イオタが去るまでずっとそばで黙っていたパンテールが、ぽつりとこぼした。

「シータにもびっくりしたけど、あの人も相当だな」

「どういう意味よ」

 むうっと口をとがらせるシータに、パンテールは苦笑した。

「シータもあの人も活力があふれてるってことだよ。生命力が強そうだ」

「そう言えば、パンテールってどんな女の子が好きなの? 控えめな、女の子らしい人があいそうだけど」

 入学してから、パンテールはたびたび告白されている。いつもパンテールと一緒にいるシータも、二人は付き合っているのかと何度か詰め寄られたことがあるくらいだ。

 集団で積極的に囲んでくる一部の女生徒に対していつも困った顔をしているので、交際相手ができれば少しは周りも静かになるのではと思ったが、パンテールはかぶりを振った。

「今は女の子に興味がないんだ。それより、もっと鍛錬しないと。剣専攻一回生代表は僕なのに、お前のほうが強いなんて情けないから」

 先日の演習でおこなわれた勝ち抜き戦ではシータが優勝した。最後にシータに負けたパンテールは、その後しばらくへこんでいたのだ。

「次は負けないぞ」

 どうやら本気で勝ちにくるつもりらしい。望むところだとシータも笑った。  



 放課後、七人は町の闘技場に集まった。「あんたたちのせいで四日もむだにしたわ」とイオタに怒られたローがおわびにと用意したので、今日の円卓はいつもよりおやつが豪勢だ。ファイは自分まで文句を言われたことに納得していない顔つきだったが、王室御用達の店のものだという普段お目にかかれない高価な菓子を、シータはありがたくほおばった。イオタもさすがに機嫌がなおり、今度は次から次にぱくぱく口に入れていくラムダに「もったいない! もっと味わって食べなさいよ」と注意していた。タウはいつもと変わらずゆったりとした態度で果汁を飲み、ファイは無表情で菓子を食べている。ミューはそんなみんなの様子に微笑みながら、果汁のおかわりをついでまわった。

「シータ。これ、僕のお気に入り。食べてみなよ」

 ローがシータの皿にひし形の菓子を乗せる。きれいな狐色に焼けた菓子をかんでみると、さくっとした気持ちのよい歯ごたえがした。甘いがしつこくない。さらに果実を荒くすりつぶしたものが入っているらしく、つぶつぶした感触がくせになりそうだ。おいしいとシータが素直に言うとローはにっこりして、別の新しい菓子を解説つきですすめてくれた。

 そうしてひとしきりお茶の時間を楽しんでから、七人は今まで調べてきたことを報告しあった。文献をあさっていたイオタたちの話によると、風王の冠とは、二百年に一度生まれる風蜘蛛の子が最初に吐き出した糸で作る雲のことだという。

 空で雲をこしらえている風蜘蛛は、出産するときだけ地上に降りてくる。そこで生まれた子蜘蛛は自分たちが作った風王の冠に乗って空へ帰っていくらしい。なぜわざわざ地上で産むのかとシータが尋ねると、大地の女神が妊娠や出産を司っていることが関係しているのではないかとミューが答えた。

「でもまだまだたりないわね。挿絵は見つからなかったし、色はおそらく白だろうなんて憶測でしか語られていないんだもの」

 不満そうなイオタにファイが続けた。

「たぶん禁退出書庫の中にもっと詳しい資料があるんじゃないかと思う。入らせてもらえなかったけど」

 とにかく、子蜘蛛は生まれてすぐに風王の冠を作って地上を離れるみたいだから、孵る瞬間を逃せば手にできないだろうとの言葉に、やれやれとラムダがため息をついた。

「めったにない代物ってわけか。今回の宝の中でも、おそらく入手が難しい部類だな」

 次にタウたちが町の人から得た情報を伝えた。地下水路に響くという亡霊の泣き声、そして『大地の女神の体内にて、脈々と流るる命の鼓動、眠れる石のまなざしは、神の息吹の通り道』の言葉。ここまでタウが話すと、文献担当者は色めきたった。

「それってもしかして、ローがいたところじゃないの?」

 確認するイオタにタウはうなずいた。

「ああ、まず間違いない。地下水路の亡霊の泣き声は、この前聞いたあれだろう。そして眠れる石は『我、ここに眠る』と書かれた石碑」

「ということは、神の息吹の通り道はあの亡霊の声のような音のことで、大地の女神の体内は地下を、脈々と流るる命の鼓動は水をさしていたんだっ」

 ローも興奮ぎみに叫ぶ。

「どうしてあの場で言わなかったのよ?」

 責めるイオタにタウは肩をすくめた。

「とても冒険を続行できる状態ではなかっただろう。ファイの体力は限界だったし、ローも二日間飲まず食わずだったんだ」

「あのまま突っ走って、すぐに風王の冠が見つかるほど甘くはないだろうしな。収穫があっただけよしとしようってな」

 ラムダが自慢げに言うのが気に入らなかったのか、秘密にされていたことに腹が立ったのか、イオタは無言でラムダをにらんだ。

 その後も、武闘学科生三人が町で集めた情報を一つずつ伝え、どれが風王の冠に関係しているかをみんなで議論し、選別していった。結果、宝の扱いかたについての情報がまだ手に入っていないのがわかり、冒険の日までに見つけられるようそれぞれが努力することを約束しあった。

 平日に冒険に出ることは原則として禁止されているので、地下水路に下りるのはこの休日になる。宝探しのしめきりは休み明けであり、先送りも失敗も許されない。

 ローを助けに行ったときはあまりうまく立ち回れなかったが、今度は活躍できるようにがんばろう。冒険までの残り三日を指で数えながら、シータはそう気合いを入れた。



翌日の放課後、剣専攻生の更衣室を出たシータは帰りぎわ、生徒会室の前でピュールに会った。カーフの谷で泉に突き落とされて以来、ピュールとは口をきいていない。シータは素通りしようとしたが、ピュールに呼びとめられた。

「なあ、お前、サルムの赤ん坊についての情報をもってないか?」

 まさか話しかけられるとは思っていなかったシータは、驚いてつい足をとめてしまった。

「だから何?」

 確かにタウが引いたくじには、『風王の冠』という大きな文字の下に、『サルムの赤ん坊は産声をあげてから抱き上げること。違えれば土に戻るだろう』と書かれていた。どの集団が探している宝なのかずっとわからなかったが、まさかピュールたちだったとは。

「私は()()()()から、内容は覚えてないわよ」 

 初日に馬鹿にされたことを盾に、シータはぷいと顔をそむけた。本当は、受け取った情報は聞かれれば公平に話さなければならない決まりがあるが、ピュールにだけは協力したくない。

 そのまま立ち去ろうとしたシータをピュールが引きとめた。

「俺の父さんも情報をもってるんだ。お前たちはうちへは来ないだろうし、何だったら俺たちが引いたくじに書かれていた情報も教える。悪い話じゃないと思うが」

これにはさすがにふり向かざるを得なかった。

「私たちの探している宝が何なのか、知っているの?」

「ああ、風王の冠だろう」

 シータは考え込んだ。確かに自分たちはピュールの父親の武具屋には行けないままでいたし、ピュールの集団がくじ引きのときに手に入れた情報も知らない。タウは他の集団と情報交換していたが、ピュールたちのもつ情報はまだ知らなかったはずだ。

 もしここで風王の冠の扱いかたがわかれば大手柄だ。しかもこちらの与える情報は一つなのに対し、ピュールからは二つ得られる。

 これはとんでもなく魅力的な話だ。ただ、相手がピュールだというのがどうしてもひっかかる。

 みんなに相談したほうがいいだろうか。だが迷っている間にピュールの気が変わるかもしれない。せっかくの好機を逃したらもったいない。

 ピュールは黙って自分の返事を待っている。

 乗るか、避けるか――悩んだすえ、シータは乗るほうを選んだ。やはり貴重な情報が手に入る可能性は捨てられない。

「絶対に今この場で話すと約束する?」

 ピュールのことだから、こちらの情報だけ聞いて逃げるかもしれない。確認するとピュールが真顔でうなずいたので、シータは一呼吸おいてから赤ん坊についての情報を教えた。ピュールはしばらく口元にこぶしを当てていたが、やがて笑った。

「助かった。これで何とかなりそうだ」

 今度はピュールの番だとシータが迫ると、ピュールの顔つきが変わった。嫌な予感に胸がざわめく。だがもう手遅れだった。

「セムノテース川で夜中にうめき声が聞こえるそうだ。杯がのどにひっかかって苦しい、取ってくれ、取ってくれ、ってな。これが父さんの情報。それから『炎王の指輪はウィゴルの灰に埋めて持ち歩くこと』が俺たちのもつ情報だ」

「なっ……」

 背筋がひやりとした。じゃあなと身をひるがえしたピュールの腕をシータは慌てて捕まえた。

「ちょっと待ってよ。それって風王の冠とは全然関係がない話じゃない」

「俺はもっている情報を教えると言っただけだ。お前たちの宝のことだとは一言も口にしていない」

 シータはかっとなった。

「ふざけないでよ、卑怯者っ」

「俺は嘘はついていない。勝手に期待したのはそっちだろうが」

 腕を振りほどいたピュールにせせら笑われ、怒りが爆発した。

 シータは自分に背を向けたピュールの膝裏を蹴った。よろめいたピュールがふり返ったところにさらにつかみかかろうとして反撃にあう。強く突き飛ばされて壁に右肩をぶつけ、シータは痛みにずるりと座り込んだ。

「賭けに勝ったからと調子に乗るな。だから剣専攻生は馬鹿なんだ」

 シータは唇をかんだ。涙目になりながら、それでもピュールをにらみあげるシータに、ピュールは何か言いかけた口を閉じた。

 つとピュールの視線が階段のほうへそれる。ピュールは眉をひそめ、去っていった。

 ずきずきした肩の痛みが耳鳴りのように伝わり、遠ざかる靴音と混ざり合う。

 きっと明日には青黒いあざになっているだろう。剣を振るう大事な右側の肩なのに、喧嘩でけがをするなんて――こぼれ落ちそうになった涙を乱暴にてのひらでぬぐったとき、人の気配を感じた。

 階段を下りたところで立っていたのはファイだった。

 きっと一部始終を見ていたのだろう。近づいてきたファイに、シータはうつむいて自嘲の笑みをこぼした。 

「失敗しちゃった。やっぱりピュールなんかあてにしちゃだめだよね」

 感情に走りやすそうだというタウの評価は当たっている。ファイも、短気で思慮がたりないとあきれたに違いない。

「……関われば嫌な思いをするとわかっている相手にも聞けるのは、すごいことなんじゃない?」

 静かな語り口に蔑む色はない。シータがそろりと顔を上げると、ファイはシータを横目にとらえてから中庭のほうを見た。

「まあ、君も吹っ飛ばされるんだなとは思ったけど」 

「それは――!」

 反論しようとして、シータは「……あのときは本当にごめんなさい」と素直にあやまった。

 沈黙が落ちる。しかし不思議と居心地の悪さは感じなかった。

 普段はにぎやかなほうが好きなのに、この静けさが妙に心地よいのはなぜだろう。

 何か話さなければとあせる必要がないというか。黙っていても不安にならないことはあるのだと、初めて知った。

「……ファイは、嫌なことがあったらどうしてるの?」

「たいていは自分で整理するけど……でも、君にはこっちかな」

 ついてこいとばかりにファイが歩きだす。シータも立ち上がって後を追った。 

 中央の噴水池で水がサアーッと噴き上がっている。勢いは強くないが、噴水池の水を一定に保つにはちょうどよいあふれかたのようだ。

 中央棟の廊下はまだ人の話し声がし、生徒たちが行き来しているが、中庭は人からも時間からも忘れ去られたかのように、ひっそりとしていた。昼食時は弁当を食べたり休憩したりする生徒でにぎわいでいるだけに、まるで別の場所に思える。

「うわ……変な顔」

 のぞき込んだ池に映る自分の顔は奇妙なまでにねじれていた。最初は波紋のせいかと思ったが、水面がなだらかなところでもなぜかぐにゃぐにゃと曲がっている。

「この池はエルライ湖の水を使っているから。心が不安定なときは、エルライ湖の水に映る顔もゆがむんだ」

 水面で形を変えてばかりいるシータの横に並んだファイの顔は、少しも崩れていなかった。

「水には浄化の力があるんだ。特にエルライ湖の水は……だから気分がふさいだときは、ここに映して『嫌なもの』を流してしまえばいい。この噴水池はそのためにあるから」

 シータは縁に座って水をかきまわしてみた。渦を巻いた水面が穏やかさを取り戻しても、やはりシータの顔はゆがんだままで、ファイの顔は整っていた。

 水はまだ冷たくて、ずっとつけていると手がしびれてきた。でも頭の中は不思議とどんどんすっきりしていく。

 シータは目を閉じて噴水池の水音と清浄な空気に身をゆだねた。楽しいことで気を紛らわせる以外にも落ち着く方法があったことに感心し、ファイにお礼を言おうとして、いつの間にかそばからいなくなっていることに気づいた。

 きょろきょろと見回すと、中庭にラムダが入ってきた。

「おーい、シータ! 風王の冠の扱いかたがわかったぞ。バトスが今日教えてくれた」

 大きく手を振って呼びかけてきたラムダに、シータは目をみはった。

「俺たちとはあまり話さない、二回生だけでつくった冒険集団がもっていたんだ」

 これで必要な情報はほぼ集まったから、休みの日は心おきなく宝探しに行けるぞとラムダが笑う。

 それならやはりピュールと取引しなくてもよかったのだ。自分の行動がむだになったことにシータはがっかりしたが、ファイから噴水池の使いかたを聞けたのはとてもいい収穫だったと気持ちを切り替えた。

 ラムダのもとへ行こうと腰を浮かしたところで、体の異変に首をかしげる。

 肩の痛みが消えていた。

「この水の世話になっているってことは、何か嫌なことでもあったのか?」

 ラムダがそばへ寄ってくる。いい報告を運んできたせいか、水に映ったラムダの顔も乱れていない。

「この噴水池って、けがも治るの?」

「穢れを祓うことはできるみたいだが、短時間のうちにけがを治す効果はさすがにないはずだぞ」

 ということは、自分のけがは知らないうちに誰かが治療したのだ。

「……ファイを見なかった?」

「ファイなら、たった今そこで会ったぞ。ファイがどうかしたか?」

 まさかまたファイに衝突して怒らせたとかじゃないよな、と半分からかいまじりに尋ねるラムダに、シータは言い返した。

「そんなことしてないよ。ピュールとは……ちょっともめたけど」

「もめたのか」

 ラムダがあきれ顔になったので、シータは先ほどの件をラムダに話した。

「そうか。ピュールとは仲が悪いのに頑張ったじゃないか」

 頭をなでられる。ファイと同じく、シータの行為をたしなめるどころかほめるラムダに、シータも笑みを漏らした。

「ラムダって、もしかして小さい弟か妹がいる?」

「いるぞ。俺を入れて五人兄弟だ」

 弟が二人に妹が二人いるという。上の弟のほうは来年学院に入学するが、一番下の妹は六才だと答えるラムダの瞳は優しい。

 おおらかで面倒見がよさそうだから、きっと兄弟からも慕われているのだろう。自分もこういう兄がいたら、腕にぶらさがって甘えてしまいそうだ。

 そして、一足先に帰ってしまったファイをシータは想った。少し前、大きなたんこぶをこしらえたときはミューに頼めと突き放されたが、今回ピュールとの諍いで沈んだ気分ごとそっと癒してくれたファイに、シータは心から感謝した。



 



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