(5)
休み明け、髪を再びきちんと染め直して、シータは登校した。
カーフの谷から帰宅して確認してみると、髪は緑と濃紺と黒がまだらになっていた。夕暮れだったから、緑と一緒に濃紺の色が布についていなければ、髪を染めていたとはすぐに気づかれなかっただろう。
ずっと泣いて、泣きすぎて、目が腫れてしまったシータを、祖父母は心配してしばらく休んではどうかと勧めたが、シータは首を横に振った。一度休んだら、もう二度と学院に行く勇気が出そうになかったのだ。
ただ、六人には会いたくなかった。会うのが怖かった。自分を拒絶するまなざしを目の当たりにしてしまうと、きっと心が折れてしまうから。
そう思っていたのに、正門近くにさっそくローとファイの姿を見つけ、シータはびくりとこわばった。
「あっ……」
先に気づいたローの声に、ファイもふり返る。シータは足早に二人の脇を過ぎて、中央棟に逃げ込んだ。
ミューは治療室の当番でなければ大丈夫だ。イオタも時間割がかなり違うのか、もともとそれほど偶然出会うことはない。ラムダも専攻が違うからまだ何とかなる。
問題はタウだった。合同演習だけはどうあっても避けられない。何事もなく終わりますようにとシータは祈りながら闘技場に入ったが、タウはシータに近づこうとしなかった。それどころか、視線すらあわせようとしない。
話す価値すらないと暗に言われたようで、シータはますます落ち込んだ。タウが声をかけないのを不思議がりながら、バトスが手合わせしようと誘ってくれたので、シータもすがる思いでついていった。
そんなふうに過ごして数日もするうち、一つの噂が流れるようになった。タウたちに仲間入りしていた一回生が、冒険集団を追い出されてしまったらしいと。
最初は前試験に失敗したのではないかとささやかれ、『七色の小瓶』自体は完成したことを知ると、ではそのときに何かタウたちの不興を買ったのだろうという話があちこちでかわされた。シータ自身もパンテールたちから尋ねられたが、何も言えなかった。
それまでタウの集団に入りたいと積極的に自分を売り込んでいた生徒たちは、シータが参加を許されたことに怒り、納得していなかったので、シータが外されたと聞くと喜んでまたタウたちに接近するようになった。実際にタウやラムダに頭を下げて頼んでいる生徒を見かけたが、どうすることもできない。その悲しみといらだちを、シータはひたすら剣の練習にぶつけることで消化しようとした。
だが、どれだけ無心に振るっても、やりすぎて疲れても、気持ちが晴れることはなかった。
「お前のところの一回生、追い払ったんだってな」
放課後、一人うつむきがちに廊下を歩いていたシータは、前方から来る槍専攻生たちの中にラムダの姿を見つけて、急いで角を曲がって身をひそめた。
「あー、いや、そういうわけじゃないんだが……」
ラムダが言葉を濁している。
「だいたい、剣専攻生なんか入れるからだ。いいかげんあの集団に見切りをつけろよ。イオタとお前なら引き抜いてやってもいいぞ」
偉そうな言い方が誰かに似ている。ちらりと相手の顔を確認すると、ピュールの兄のアレクトールだった。
「お前が欲しいのはイオタだけだろう。お前こそ、そろそろあきらめたらどうだ」
イオタは絶対に承知しないぞとラムダが苦笑する。槍専攻生たちが気づかず素通りするのを待ってから、シータはできるだけ足音を忍ばせて小走りに場を去った。
その後ろ姿をラムダがじっと見ていたことも、知らずに。
『冒険者の集い』への申し込み日がいよいよ明日に迫り、タウは町の闘技場の部屋で一人、『七色の小瓶』を手にたたずんでいた。円卓の上には申し込み書があり、最後の一名だけが空欄になっている。
中央の闘技場をのぞき見ることができる窓からは、その日最後の輝きを届ける夕日の光が差し込んでいる。明るさと暗さが絶妙に絡み合った夕方の少し冷えたまぶしさに、タウが赤い瞳をすがめたとき、扉が開かれて五人が入ってきた。
申し込み書を見やり、イオタが口を開いた。
「タウ……どうするの?」
「これ、一応名簿作ったよ。僕のところにまで訴えにくるんだから、まいったよ」
ローがため息をつきながら、紙の束をバサッと円卓に落とす。タウたちの集団に入りたいという生徒たちの名前が書き連ねてある紙に、しかしふり返ったタウは見向きもしなかった。
「悪いが、それは破棄してくれ。俺たちには不要だ」
手にしていた小瓶を申し込み書の横にそっと置く。
「これを作るために俺たちと一緒に頑張ったのはシータだ。そこに書かれている連中じゃない」
「……濁ってないね」
いまだ美しい七つの色を保っている小瓶に、ファイが視線をそそぐ。タウもうなずいた。
七人のつながりが壊れるとき、『七色の小瓶』は層が崩れて混ざり合うと言われている。しかしタウたち七人が作成した小瓶は、まだ整ったままだ。
「みんなに聞きたい。シータが怖いか?」
もし一人でも加入に反対する者がいれば、仲間として受け入れることはできない。
全員を見回したタウは、自分の問いかけに誰一人手を挙げないことを確認した。
「ラムダ、それからミュー。二人に頼みたいことがある」
小瓶を見下ろしていたラムダとミューがそろって顔を上げる。もう一度五人を順に見てから、タウは自分の考えを伝えた。
放課後、学院長室へと向かういくつかの集団が自分の脇を走り過ぎるのを、シータはぼんやり見送った。
今日は『七色の小瓶』の提出日であり、『冒険者の集い』の参加締め切り日だ。七人がそろって学院長室に行き、許可をもらうことになっている。
結局今日もタウたちと出会うのを警戒し、ずっと逃げていた。でももう、それも終わる。
タウたちがどうするのかはわからない。冒険の申し込みを取りやめるのか、自分の代わりに誰かを加えて参加するのか……どちらにしても、今日はっきりするのだ。
自分の髪のことを、六人がぺらぺらしゃべって広めるという不安はなかった。たとえシータ自身を彼らが拒んだとしても、周囲にまでそれを促すような人たちではない。それだけは、この短いつきあいでも十分にわかった。
だから、一緒にいたかった。もっとたくさんのことを、あの六人と経験したかった。
こんなことなら、最初から髪を染めていると打ち明けておけばよかった。そのうえで、仮参加を認めてくれるかどうか確認していれば、もし断られたとしてもつらい思いをせずにすんだのに。
今さら考えても遅いけれど――涙がにじんできて、シータは手の甲で乱暴に目元をぬぐった。
「おいおい、まだ何も言っていないのに、先に泣かれると困るんだが」
穏やかな苦笑にはっとする。ラムダとミューが立っていた。身をひるがえすシータの腕をつかんだラムダは、逃がさないようにシータを壁に追い詰めた。
通りがかった生徒たちがちらちらと視線を投げてくる。大柄な槍専攻生に壁にはさまれた剣専攻の女子という構図は、見ようによってはかなりまずい状況だが、絶対に喧嘩などしそうにない顔立ちのミューがついているおかげで、誰も先生を呼びに行こうとはしない。
「昨日、俺たちの意見はまとまった。お前の気持ちが聞きたい」
「……なんで?」
シータはまた泣きそうになるのをこらえ、ラムダをにらみつけた。
「私が何を言っても、みんなの考えは変わらないんでしょ?」
ラムダが眉根を寄せる。少し困った顔をされ、シータはとまらなくなった。
「気味が悪いなら悪いってはっきり言えばいいじゃない。でもどうしようもないの。隠してた理由なんて、みんなだってわかってるくせに!」
「あのな、シータ……」
「嬉しかったの。みんなと泉を探したことが。私も役に立てるんだって思えたことが。でもだめなの。私がどれだけ一緒にいたいと思っても、受け入れてもらえない」
最初はピュールとの賭けがきっかけだった。有名な集団に仲間入りできれば自慢できるという気持ちだった。ピュールの鼻をあかしてやりたかったのだ。
でも今は違う。みんなと協力してやっていきたい。この先もこの仲間とともに頑張りたい。叶わないと考えれば考えるほど、あこがればかりが募る。求めてしまうのだ。
ほんの少しだけ共有した時間で得た充実感が、こんなに忘れられないものになるなんて、参加するまでは知らなかった。そして一度知ってしまったら、もう後には戻れない。
居場所が欲しい。彼らのそばに、自分の居場所が。
うわあんっと叫んでむせび泣くシータに、「わかった。わかったからちょっと落ち着け」とラムダが肩をたたいてなだめる。横を過ぎていく生徒たちにひそひそされてよけいにうろたえたラムダが、ミューに代わってもらおうと場所を譲ったとき、カツンと靴音が響いた。
「なあに? ラムダとミューなら警戒させずに話ができるはずだってタウは言ってたけど、当てが外れたわね」
「無茶言うなよ。いきなりわめいて泣きだした奴をどうしろってんだ」
イオタとラムダの言い合いに、シータはしゃくりあげながら顔を上げた。イオタとタウ、そしてファイとローも近づいてくる。
「だから、感情に走りやすそうなところが引っかかると言ったんだ。お前を受け入れないと、誰が口にしたんだ?」
姿勢よく歩いてきたタウの威圧感に涙がぴたりととまる。壁に貼りついてなおのけぞろうとするシータに、ローが嘆息した。
「少なくとも、タウがいきなり声をかけなかったことだけは正解だったね」
さすがに今ここでシータをおびえさせるべきではないとみんなから視線で責められ、タウはむうっと口の端を曲げた。
「シータ。俺たちは、お前の髪の色がどうかで正式な仲間入りを決めたりはしない。見た目で判断するのは、あのとき一緒に頑張ったお前に対して失礼だ」
揺らぐことなどないのではないかというくらいまっすぐなタウの瞳が、シータをとらえる。
「お前の髪を見て動揺したのはたしかだ。予想外だったからな。だが、それだけでお前を切り捨てることはできない。三人のために一人で魔物の住処に飛び込んで、ピュールに突き落とされても小瓶を放さなかったお前を見て、俺たちが何も感じなかったとでも思うか?」
そう言って、タウは手にしていた小瓶をシータに見せた。みんなで作り上げた七色の水は、均等に層が分かれた状態をしっかり維持している。
「俺たちは、お前と一緒に『冒険者の集い』に臨みたい。この七人で同じものを目指したい。だから――俺たちと来い。シータ」
右手を差し出される。目を見開いたままかたまっていたシータは、ゆっくりと首をめぐらせて、六人を見た。
本当に、いいのだろうか。この手を取って構わないのだろうか。
誰も嫌な顔をしていない。あの日、シータの髪の色に気づいたときのような忌避感は嘘のように消えていた。
「一緒に行きましょう、シータ」
ミューに柔らかな微笑で後押しされる。ようやくシータはそろそろと手をのばした。
触れたタウの手のぬくもりにまた涙腺を刺激される。とめられなかった一粒だけをこぼし、シータは笑った。
「――よろしく、お願いしますっ」
力強い握手を祝福するかのように、法塔の鐘が鳴る。下校時間が迫っていることを告げる予鈴に、全員が耳をすませた。
「よし、学院長室に急ぐぞ」
タウがシータの肩をぽんとたたいてきびすを返す。タウに続こうとしてシータは気づいた。
「あ、私まだ名前を書いてない……」
「それなら大丈夫だ。昨日のうちに記入済みだ」
タウがぴらっと申し込み書を見せながら、口の端を上げる。ラムダもにやりとした。
「お前が嫌だと言ったら、無理やりにでも引っ張っていくことになってたんだよ」
「拉致にあわなくてよかったね、シータ。僕たちも犯罪に手を染めなくて一安心だよ」
ローにまでからかわれる。ファイはローの隣で無言でいたが、以前のようにシータから距離を取るような歩き方はしていない。
「宝って、たしかくじで決めるのよね。面倒臭いものが当たらなきゃいいけど」
「大丈夫よ、この七人なら」
ぼやくイオタをミューが励ます。シータもそう思った。
この七人なら、きっとどんな宝でも見つけられる。
イオタとミューに並んで、シータはタウたちの後を追った。