ドラゴン肉
王宮の廊下を慌ただしく走る子息がいた。
彼は第一王子の執務室に駆け込むと叫んだ。
「クロード!サイトゥーラ辺境伯の領地にドラゴンが出たらしい!騎士団と魔術師団に応援要請がきたって!アンジェリーナ嬢行くんじゃないか!?」
煩く開け放たれた扉に目を向けていた彼等は、内容を理解するのに数秒かけて声を上げた。
「「「…はあ!?」」」
第一王子とクロードは、王宮の廊下を足早に進む。
到着した転移陣の広場には、ドラゴン討伐に駆り出された王宮騎士団と王宮魔術師団の面々が集まっていた。
二人の探し人は、魔術師団の制服を着ながら、何故か大剣を背負ってソワソワと出発を待っていた。
「アンジー!」
アンジェリーナが声に振り向くと、第一王子とクロードがいた。
「クロードさま…」
振り向いたアンジェリーナは、クロードと第一王子を確認するとあからさまに落胆した。その反応にクロードが訝しむ。
「アンジー?」
「クロード様、第一王子殿下に言ってしまったんですか?」
「え…?何を?」
「ドラゴン肉は首肉が一番美味しいってことですよ!褒賞に貰おうと思ってたのに…」
「あっ、こないだのハンバーグ!えっ?!アンジーは首肉とりに行くの!?」
「そうですよ!ドラゴンの首肉はこないだ食べたので最後だったから、追加が来たとウキウキしてたのに…」
そうなのだ。こないだ空間魔法に保存していたドラゴン肉を料理したのが、首肉の最後だった。
アンジェリーナはガッカリした。
クロードに食べさせて、自慢して、次はシンプルにステーキで!と盛り上がったのに、もう極上の首肉は無かった。
そんな時にドラゴン襲来だ。
アンジェリーナは、お肉キター!と一人ウキウキしていた。
「待て待て待て待て!お前らの会話、可笑しいからな!」
「え?首肉の話じゃない…?」
「あっ、アンジーが応援に行くって聞いて、心配で来ただけ」
「え…?首肉貰える…?」
「それはわからないけど、殿下にお願いしとくね」
「いやいや、待て待て、なんでそんな緩い会話になるんだよ!ドラゴン倒しに行くんだろ!?」
「はい!首肉取ってきます!」
「えっなんでそんな笑顔なの。この子コワイ」
第一王子は、会話についていけない。
貴族令嬢モードのアンジェリーナは、常に微笑み、浮つかず淡々としている。しっかりした令嬢にみえるのだ。今は、魔術師モードと言える。更に、クロードと仲良くなってからは被った猫がよく逃げる。
彼女の実態は、優秀なのは間違いないが、好奇心旺盛で、ちょっと脳筋、食に関して貪欲なのだ。
まあ、いくら有能な新人だとしても、入団直後に副師団長補佐に抜擢され、他の団員と軋轢が生じないのには理由がある。
強い奴が正義派、仕事できる奴は正義派、可愛い子は正義派、美味しいは正義派、あらゆる人を籠絡済みである。
アンジェリーナは研修期間に、訓練で、仕事で、会話で、差入れで、老若男女問わずハートを射止めた。
優秀な可愛い妹(脳筋)ポジションが定着するのは早かった。
今回のドラゴン討伐も、ドラゴンスレイヤーの称号持ちだからではなく、魔術師団の師団長が推薦したからに他ならない。
“こないだアンジェリーナがドラゴン肉欲しいって言ってたな”と会議で師団長が思い出したから。
「アンジー、無事に帰ってきてね」
クロードは眉をハの字にして声をかけた。
「クロード様、大丈夫ですよ!ドラゴンは首を落とせば直ぐ死にます」
「くび?」
「ドラゴンは魔法耐性が高いから魔術師泣かせなんです。でも、私はこのオリハルコンの大剣で首を落とせます!
ミスリル欲しくてダンジョン潜ったのに、出てきたのがオリハルコンだった時はガッカリしましたが、魔法耐性が高い魔物には抜群の効果があるんで重宝してます!」
「エッ。それ、オリハルコンの大剣なの?アンジェリーナ嬢は剣術もできるのか?」
「んー剣術なんでしょうか?対人には使ったことないですし、魔物の首落とすくらいしか使わないですけど」
「そ、そうか…」
第一王子は思った、彼女は敵にしてはいけないと。
この子は、シンプルに強い。
陛下に、ドラゴンの首肉はアンジェリーナに渡すよう進言しとこうと決めた。
騎士団の面々は、微かに聞こえた内容にドン引きしていた。そして思った、討伐で彼女の邪魔はしてはいけないと。
なんで魔術師が大剣背負ってるのかと思えば、噂のドラゴンスレイヤーだ。しかも、自前のオリハルコンの大剣持ち。格が違う。
三日後には、応援に赴いた騎士団と魔術師団の面々は帰ってきた。
辺境伯の領地に到着後、直ぐに現場の森に向かったアンジェリーナがドラゴンを討伐した。
騎士団は、ドラゴンのせいで縄張りが変わってしまった危険な魔物の討伐を手伝っただけだった。
魔術師団は、辺境伯の騎士団と避難民の治療をしただけで帰還した。
無事に、ドラゴンの首肉はアンジェリーナの手に渡った。
陛下から第一王子の口添えを聞いたアンジェリーナは、第一王子の執務室に差入れをした。
「殿下のおかげで首肉貰えました!これ、差入れです!」
差入れのローストドラゴンサンドは、最高に美味しかったらしい。
陛下「私にもちゃんと持ってくるアンジェリーナ、本当いい子」
側近「いや、あれは陛下が食べられるとは思ってなかったでしょ」
一応持ってきたアンジェリーナ
「ドラゴンのお肉のお礼で、ローストドラゴンサンド作りました!食べないようなら返して下さい!絶対捨てないで!」