9、おっさん怒られる
「あなたは一体何をやってるんですか!!」
エルンファストから降りたおっさん勇者にイリシャは思わず怒鳴りつけていた。
「でも、勇者様は魔王軍の勢力を削っているのだから問題はないのかと思われますが。実際に四天王の二人も居なくなれば魔王軍の侵攻も遅れますし……」
「カラミティ、あなたは黙っていなさい」
おっさん勇者を庇おうと言葉をかけたカラミティをイリシャは強い言葉で遮った。
「今まで黙っていましたが、勇者様は好き勝手に行動しすぎる。今回のことだって我々に話もせず勝手に行動して……。もし勇者様に何かあっても我々何があったか判らず、救助することすら出来ないんですよ」
堰を切ったかのように喋り出すイリシャ。かなりストレスが溜まっていたらしい。
「とにかく今後は事前に我々に相談して、勝手な行動は謹んでいただきたい。ただでさえ不穏な状況だのに勇者様が傷ついたり、万一にも負けたりしたら微妙な国民感情にどんな影響が出るかわかったもんじゃないです」
「まあまあ、そこまでにしましょうイリシャ様。勇者様も反省しているようですし」
アリアがイリシャを宥める。イリシャも少し言い過ぎかと思ったらしく、それ以上の叱言を言うのはやめた。
「すまないな。確かにお前たちの言う通りなんだろう。自分勝手な行動は慎むよ」
おっさん勇者は、おずおずと言った様子でしおらしくイリシャに頭を下げた。
「え。大丈夫ですか勇者様」
まさか素直に謝ってくるとは思わなかったので、イリシャは少々面食らっていた。
「俺の最終目標、世界征服のためにはお前たちの力が不可欠だからな。自分勝手な行動をしたことは謝ろう。もちろん意味があってやっていたことだが、お前たちとコミュニケーションが取れていなかったことも事実だ。これからはお前たちともっと話し合いながらやっていこうと思う」
「なるほど。ちょうどいいのでここで勇者様に伺います。本当に世界征服されるつもりなんですね。私たちが望んだのは魔王軍の被害を食い止めてほしいだけです。世界征服までする必要はないのでは?」
イリシャはおっさん勇者に向き合うと静かにそういった。
「俺がこの世界にきて思ったのは非常に混沌としているということだ。俺の元の世界はこの世界と異なり人間には一つの種族しかいない。だがこの世界には人類以外に魔族、そして他にも何種類のデミヒューマンが存在するらしいな。たった一種類の人類だけでも争いはおこり、戦争は尽きることがなかった。争いをなくすにはどうすればいいか。俺は考えた。強大な力でまとめ上げればいいのではないか。俺はそう思ったのだのだ」
「いや、それは間違ってますよ勇者様。結局それは力でまとめてごり押しで平和を維持しているだけです。そうやって得た平和など長続きしません。それどころか、そこに行き着くまでに無数の争いが生まれ平和を維持するのにも争いがおこる。無意味です。そんなことすら判らないのですか」
そこまで言ったイリシャは、おっさん勇者が黙って俯いている姿をみた。正論とは言え少し言い過ぎたか。そう思い勇者に声を掛けようとした時。
「ぐわっはっはっはっは!!」
おっさん勇者はいきなり大声で笑い出す。
「そうだよな、普通ならそう考えるよな」
「ゆ、勇者様……」
「あんまりにもおかしくてな。笑いを我慢できなかった。いやあ、すまん」
俯いて黙って居たのは正論に反論出来なかったからではないらしい。笑いを我慢できなかった?どう言うことだ。イリシャは目の前の勇者を理解出来ずにいた。
「お前たちは俺のことを何だと思っているんだ?頭のおかしいおっさんだと思っているのかな」
おっさん勇者の事を半分以上そう思っていたイリシャだが「はいそうです」とも言えず黙っていると。
「俺は、勇者なんだろう。お前たちの言う神によってお前たちの世界を救うために呼ばれた者だ。そんな俺が世界を救うための力を持っていないとでも?」
「勇者様は神に会われたのですか?」
「あれを会ったと言うのかな。俺がお前たちに呼び出されこの世界に来る途中、神という超存在の気配のようなものを感じたのは事実だ。そしてそれにより何らかの力を得たのも事実だ」
「その力とは?」イリシャがそう問いかけたとき、後方で凄まじい爆発音が響いた。
「うわあ、捕まえた四天王がにげだしたぞ」
警備兵が逃げながら叫んでいる。
「またか。お前のところの警備体制はどうなってるんだ」
やれやれといった様子でおっさん勇者が言う。
「す、すみません。アリア、カラミティ、行くぞ。早く捕まえるんだ」
「は、はい。イリシャ様」
イリシャたちは慌てて四天王捕獲に向かう。
「ほんとに大丈夫なのか」
「まったくだよねえ。勇者を召喚したからって油断しすぎだねえ」
おっさん勇者がボソッと漏らした独り言に、背後から答える者がいた。後ろを振り返ると白いワンピースを着た黒髪の少女と、それを守るように立つ黒い服の背の高い男がいた。
「ん?あんた誰だ」
いつも通り軽い調子で話す勇者だが。内心少し驚いていた。いつの間にか気が付かないうちに背後を取られていたからだ。
「人の名を訊ねる時はまず自分からっていうでしょう」
その少女はケラケラと笑いながら、そう言った。
「俺か。俺は鈴木。新聞の勧誘員だ」
「へえー、新聞の勧誘員さんなのか。よろしくねえ」
「……」
妙な、空気が勇者と魔王と名乗る少女の間に流れた。
「すまん、さっきのは嘘だ。軽いジョークのつもりで言ったのだが滑ったみたいだ。実は俺はこの国に召喚された勇者だ」
「うん、知ってた。僕の名はレディック フォン アルカトラス。魔王をやってる」