8 おっさん また四天王を拉致る。
草木もろくに生えぬ酷寒の大地。石と岩ばかりが転がる荒れ果てた地にそれはあった。数多くの魔物を従える魔王軍の中枢。ここは魔王城である。
魔王城の最奥、暗い広間には今二人の人物がいた。魔王の右腕と言われる四天王筆頭、炎のグランシア。そして魔王その人である。
二人はおそらく水晶で出来ている、ほのかに光る巨大な透明な球を見つめていた。
その透明球には今しがた飛び立ったエルンファストの姿が映し出されている。
「これは一体なんだ?」
魔王が隣に立つグランシアに尋ねる。
「機械で出来た巨人のようですな。今代の勇者の乗機と聞いております」
「勇者だと。あの国は性懲りも無く又勇者を召喚したのか」
魔王はそのグランシアの答えに苛立ったように言う。
「はあ、そのようです。しかしながら四天王最下位とは言え、風のブラキオスを簡単に拉致したことから実力はあると思われます」
「そうか。では勇者に関する情報を集め対策を取るとしよう。水のエルネイトに命じ、勇者に接触させろ。情報を集めるのが目的だ。無理に倒す必要はないと伝えておけ」
「了解いたしました」
グランシアはそう言って、その場を去っていった。魔王は一人水晶球を見つめていたが、やがてぽつりと言った。
「どうにも嫌な予感がする。何事もなければ良いのだが」
そして水晶球の明かりが消え、部屋は深い闇に包まれた。
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「エルネイトはいるか」
自室に戻ったグランシアはエルネイトを呼ぶ。
「はっ、こちらに」
グランシアの呼びかけに対し四天王第三位、水のエルネイトがどこからともなく現れた。四天王の紅一点。巨大とも言える胸と引き締まったウエスト。ハリのあるお尻は美しい曲線を描く。銀の鎧を纏いながらも、その見事なプロポーションは隠せない。
「いつもながら見事な隠形術だな。エルネイト」
部屋の中に隠れる場所などなかったはずだ。その目立つ銀の鎧を着て彼女は何処にいたのか。実はグランシアのストーカーであるエルネイトだが、ストーカー術が高じて全く気配を感じさせないようになっていただけである。グランシアは彼女が隠れて待機しているだけだと思っているようだが……
「勿体ないお言葉です。グランシア様。それで今回はどのような御用件でしょうか?」
グランシアはエルネイトに頷くと言った。
「勇者が現れた。風のブラキオスを即座に拉致してしまうような男だ。脳筋とは言え仮にも四天王。それを簡単に拉致出来る男。魔王様の不安を取り除くために先ず、勇者を調べて欲しい。今回は勇者の実力を計るのが目的だ。部下を集め部隊を編成し事に当たってくれ。勇者を倒す必要はない。無理をせず調査に専念してくれ」
脳筋のブラキオスと異なり、彼女は理性的な上に非常に合理的だ。きっと今回の任務を簡単にこなしてしまうだろう。グランシアはそう考える。彼女の本質も知らずに。
「了解いたしました」そう言ったエルネイトだが心の中では「グランシア様は今日も渋くてステキ。いつもこうして影から見てるのに気がつかないし今度私を誘ってくれないかしら。はっ、いけない。まずは任務を成功させないと」
そう思いながら、エルネイトは頷くと一瞬にしてその場から消え失せた。
そしてエルネイトは飛竜のいる厩舎に向かうと、十匹の飛竜でドラゴンライダー部隊を編成し即座に魔王城を出た。選りすぐったドラゴンライダーたちの力は優秀で、程なくして勇者の乗るエルンファストの姿を見つけた。
「エルネイト様、勇者を見つけました」
ドラゴンライダーからの報告を受け、勇者の元に向かうエルネイト。
「まずは小手調べだ。上空から弓による攻撃を加えよ」
勇者を見つけたエルネイトはドラゴンライダー達に指示を出す。エルネイトの指示によりエルンファストに攻撃を加えるドラゴンライダー達。だが、弓での攻撃では金属で出来たエルンファストに、ろくなダメージも与えられない。それどころか逆にエルンファストから反撃を受ける。
「空ではこちらの方が不利だ。地上に引き摺り下ろし重火器による攻撃が必要だ」
そう考えたエルネイトは数匹の飛竜を残し勇者を牽制し、その間に地上に攻城兵器並の威力を持つ部隊を用意させる。
飛竜を囮に地上近くまで引き寄せ、重りのついた網を打ち出し拘束。その後に火薬を使い巨大な槍を打ち出し攻撃。魔法による攻撃も併用し勇者を倒す。地上に落とせば、巨大な魔物を襲わせることも出来るので、流石に勇者もひとたまりも無いだろう。
短時間に驚くべき速さで、これだけの兵装を揃えて地上で待ち構えるエルネイトは勝利を確信していた。
「グランシア様には勇者を無理に倒す必要はないと言われたが、倒してしまっても別に問題は無いだろう。勇者を倒したらグランシア様はさぞ御喜びになるだろうし。そうしたらグランシア様は私を呼んで、きっとムフフフ……」などと夢想し始めたエルネイトだが
「エルネイト様、大変です。勇者が、勇者が」
伝令の慌てた様子に夢想から覚めたエルネイト。口元のよだれを拭いて伝令に向き直る。
「どうした。何があった」
「それが、勇者は我々が行った拘束を簡単に振り解き、こちらに向かっているようです。大型槍投擲機の攻撃も跳ね除け、魔法も魔物の攻撃も物ともしません」
「なんだと〜!」
そう叫んだエルネイトの頭上に急に影がさす。エルンファストが上空から近づいてくる。
「もうここまで来たのか」
上を仰ぎ見ると巨大な腕が迫ってくるのが見える。その腕をかわそうとしたエルネイトだが、かわしきれずエルンファストにつまみ上げられたエルネイトは、そのまま空高く登ることになる。
「エルネイト様〜」
伝令の声は、もはやエルネイトには届かなかった。
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「勇者様が戻られたようです」
カラミティの声に、イリシャは慌てて外に飛び出す。
「帰ったよ〜」
勇者の呑気な声にホッとしかけたが、エルンファストの左手が掴んでいる物体を見て、呆れたようなため息をついた。それは言わずと知れた四天王第三位、水のエルネイトだった。