5 おっさん、昔話をする
意識不明で重体と言われていた通訳のサルディだが、爆発に巻き込まれて気を失っていただけだとわかった。命に別状ないとのことでイリシャは胸を撫でおろしていた。
一応用心のため今日は安静にしているが、明日から仕事に復帰出来るらしい。
「サルディが復帰すれば尋問が出来るだろう。少なくてもさっきよりはマシになる」
部下から報告を受けたイリシャは隣にいたエルフの少女アリアにそう話しかけた。
「そうですね。でもただ気絶しただけなのに意識不明の重体とか誰が言ったのでしょう。全く困りものです」
「まあ、そう言うな。ブラキオスが脱走して暴れ回ったせいで現場も混乱していたのだろう」
膨れっ面で話すアリアにイリシャは苦笑いしながら答えた。
「しかしそうなると、明日までやる事が無くなったおっさん勇者が暇を持て余してきっと何かやらかすに違いない」
そう思ったイリシャはアリアに勇者が今何をしているか尋ねた。
「勇者様なら広場に戻ってエルンファストの整備をするっておっしゃってました」
「勇者様を一人で行かせたのか」
「カラミティが一緒について行っているはずです」
「私も広場に向かう。馬の用意をしろ」
なんとなく嫌な予感がしたイリシャは、急いで広場に向かうことにした。
その頃、おっさんとカラミティは二人で馬に乗り広場に向かっていた。
「わざわざ馬に乗せてもらってすまないねえ。恥ずかしながら乗馬の経験が全くなくて」
頭をポリポリと掻きながら恥ずかしそうに言うおっさんに対してカラミティはにこやかに笑いながら答えた。
「いえいえ、お気になさることはございません。前勇者様から聞いた話では勇者様の国では馬に乗る機会はあまりないとおっしゃっていましたから」
「そうなんだ。移動するときは馬ではなく自動車と言う機械を使うことが多かった」
そう返答するおっさんに対してカラミティは不思議そうに聞いた。
「自動車…ですか。どの様な物なのでしょう?」
「そうだなあ。大きな金属の箱にタイヤというゴムで出来た輪っかが4つついていて、金属の箱にはガラスと言う透明な板が嵌め込まれていて、中から外が見える様になっている。箱の中から自動車を操作して、タイヤをエンジンと言う機械を使って駆動させるのさ」
「ふむう、ちょっと想像がつかないですねえ」
「俺の居た世界では当たり前のようにあった物だけど、自動車をまったく知らない人に説明するとなるとなかなか難しい」
そう言った後、おっさんは元居た世界を思い出しているのか、空を見上げて考え込んでいた。
その姿を見たカラミティは自分たちの都合で勝手に召喚したのにもかかわらず、なんの文句も言ってこないおっさん勇者に急に罪悪感を感じ出した。
「ごめんなさい、私達のせいで……」
「ん?急にどうした」
「だって勇者様は、私達が勝手に元の世界から此処に呼び出したと言うのに、一切文句も言わなければ怒りもしない。だから元の世界にはなんの未練もないのかと思っていたの。でも違いますよね。今の姿を見たら元の世界に戻りたいのかもしれないと思って……」
「まあ、元の世界にまったく未練がない、と言えば嘘になるな」
「やっぱり〜。本当にごめんなさい、ごめんなさい勇者様」
カラミティは馬を降りると、地面に額を擦り付けるように土下座して謝り出した。
「おいおい、許してあげるからもう土下座はやめろって」
そうおっさんが言っても、カラミティは土下座をやめようとはしなかった。
「やれやれ。なあカラミティ、そうやって土下座すると俺に何か良いことでもあるのか?」
「……」
「ただ謝れば良いとか思うのは思考停止だぞ。今何をしなければいけないのか考えろ」
「ですが勇者様、私は何をして良いのか考えつきません」
「それじゃ、これから昔話でもしようか」
「昔話?」
「そう、むか〜しむか〜し、あるところにおっさんがいました」
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昔々、あるところにひとりの男がいました。彼の仕事は異星人の侵略から地球を守ることでした。
彼には地球で最も強力な兵装と防御力を併せ持った兵器、ゼグライドが与えられ、それを使いこなすことの出来た彼は地球を守ることができました。
彼は英雄として讃えられ、多くの人間から尊敬と羨望を受けました。
ですが、彼の持っていた力は彼自身をも蝕んでいました。異星人を退けた今、その巨大すぎる力の使い道はなく、それが自身に向けられるのではと考えた者達によってゼグライドは破壊され彼自身は地下深く幽閉されたのです。
そして十数年の月日が流れました。幽閉された彼の元に壊されたはずのゼグライドが現れたのです。十年以上の月日をかけ自己修復したゼグライドは、元の力の大半を失ってはいましたが幽閉された彼を救い出すことはできました。
さて、これからどうしたものか。彼は考えました。誰も自分のことを知らない、何処か遠くに行きたい。彼はそう望みました。そんな彼の願いを神は叶えてくれたのでしょう。
ゼグライド、エルンファストと共に彼は異世界へと誘われたのです。
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「まさか勇者様にそんな過去が」
カラミティは滂沱の涙を流し、顔中を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしていた。
「感動しました。だから勇者様は、何の見返りも得ずとも私達を助けてくれようとしているのですね」
「え?なんのことだい?」
おっさんは不思議そうな顔をしてカラミティを見た。
「なんのことって、今の昔話は勇者様の過去の話なのですよね?」
「違うよ。カラミティが全然俺の話を聞いてくれないから、とにかく気を引こうと思ってこの本の話をしたんだ」
そう言って一冊の本を手渡した。その本にはシン・ゼグライド外伝と書かれていた。
「自分で書いたんだ。面白いと思って、自費出版したんだけど全然売れなくていっぱい余ってるから一冊あげるね」
「え、え、え、えっと」
なんと言って良いかわからず、立ちすくむカラミティだった。