12 おっさん、最後の戦い?
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さて、結局その後どうなったか話そう。
魔王軍と人類との戦いは休戦協定を得て、人類側が魔王軍に食糧の配布を条件に今後人類側に攻め込む事をやめ、魔王軍はそのかわり魔獣を安価な使役獣として様々な労働を行うこととなった。
もちろん、人間と魔物の確執が無くなったわけではないがこれまでよりも少しはまともな状態に着地出来たと俺は思っている。
俺が見ている限り、少なくても表面上だけでも双方は協定を守り平和保とうとしている。力で押しつけて強引に行なっている和平ではあるがこのままこの状態が維持できれば、後は時間が解決してくれるだろう。
THE END
なんて、簡単にことが済めば良かったのだが現実はそんなに甘くはなかった。よりに寄って魔王軍は近隣の魔物、魔獣類を全てかき集め総攻撃を開始したのだ。
王国を支配した後は人間を使役し食糧を作らせようと考えていた魔王は、農地や人間を極力減らさない様に戦っていたのだが、ここに至ってそんな余裕すら無くなってしまった。気が狂った様な攻勢はまさにスタンピードだ。
全てが完全に裏目に出た。
とは言え、全く悪い事ばかりではなかった。農地を守るため、なかなか退避しなかった住民達も流石に諦め素直に退去した為、人的な被害はかなり少なかった。国民を全て集めて完全に防御状態になった王都は、最後の手段として国民全員の祈りを力に変え王国最大の秘技、絶対魔法防御を使うことになった。絶対魔法防御により王都は不可侵となり、魔族の侵入は不可能となった。食糧の備蓄も多い為、しばらくの間は立て籠ることが可能だ。
王都に立て篭もり数日が過ぎる。住民の避難とその護衛を行なった最後の部隊が王都に着く頃、遂に魔王軍は王都周辺に到達した。王都から出た国防軍は王都前に陣を敷き魔王軍を迎え撃つための準備でおおわらわだ。国防軍が全員出立した後、王都は絶対魔法防御によって完全に封鎖された。
王都の周りは、何処にこれだけいたのだと思えるほどの膨大な数の魔獣がひしめき、その背後には魔族が虎視眈々と控えていた。
「勇者様、大丈夫なのでしょうか? 」
「大丈夫も何も、ダメだったら国が滅ぶだけだ」
「しかし……」
気休めなど言っても意味はない。絶対魔法防御をかけた以上、もはや王都に入ることも出ることも出来ない。絶対魔法防御が解かれるのは俺たちが勝利した後だけである。
王都前に集まった国防軍に対して何処ぞの優秀な指揮官なら、ここで勇壮な演説でもして部下を奮い立たせる物だが、流石に俺にはそんな器用なことは出来ない。
仕方なくイリシャが俺の代わりに、部隊の前に立つ。
「勇壮なる国防軍の諸君、これが最後の戦いだ。敵の数は多い。だが我々が勝たねば残された民たちは王都の中で飢え死にするしかない。君たちにも恋人、家族、友人が居るだろう。その愛する者たちを守るために石に齧りついても勝たねばならぬのだ……」
背後にイリシャが檄を飛ばすのを聴きながら、俺は前方を睨みつけた。この魔獣たちの群れの何処かに魔獣を操るものがいる。おそらくはそれが魔王だ。
この絶対的に不利な状況で唯一の勝機、それが魔王を倒すことだ。
この前に戦ったばかりの少女の様な男、魔王。黒焦げにされながらも不思議と憎しみの情は湧かなかった。
だが今回は確実に奴を倒さねばならない。
「おおおおお〜!!」
イリシャの檄が終わったのであろう。部隊から歓声が上がる。
「すまないな」
戻ってきたイリシャに俺が一声かけると
「流石に勇者様との付き合いも長くなりましたがからねえ。コミュ障のくせに、人前に出ると考えなしにものを言う勇者様にこう言うことをさせちゃいけないのはわかってますから」
酷い言いようである。とは言え真実も混じっているので言い返せない。
「それで勇者様、作戦に変更はないと言うことで良いのでしょうか?」
王都に立て篭っている間に、何度も交わされた軍議によって既に作戦は決まっていた。
「今頃になって何故そんな事を聞いてくる?」
「いえ、別に」
魔族とは言え、俺が殺しを好んでいないことが既にイリシャにはバレている。魔王や四天王に対峙しておきながらその場で倒せず捕獲して捕虜にしたり、詰めが甘く逃してしまったりしているのだから、当然だろう。
今の質問は作戦変更が無いかを尋ねたのではなく、俺に覚悟が決まったかを確認したのだろう。魔族全員を滅ぼす覚悟が。
俺は俺に問うた。覚悟は決まったか。
ーーーーーーーー
伝説によると、その戦いは三日三晩にわたって続いた。稲妻が大地を破り、流された血は赤い川となって流れた。
黒い闇が辺りを覆い、闇を貫き青白い光が天に昇る。凄まじい轟音と、その後に訪れる静寂。
天と地、光と闇。全てが入り混じり混沌を成す。
そして最後に残ったものは……
「だ〜、マジでキリがないな」
城の外壁から巨大な弩や投石機で攻撃をしているが、敵の数は全く減った様子が見られない。簡易的に作った魔獣用の罠も先陣を切って進んできた魔物がかかったが、その死体を乗り越えて次から次へと押し寄せてくる。投擲用の石も既になくなり、弓矢で攻撃しているが大型の魔獣には弓矢程度では焼石に水。
本来で有ればこちらの投擲武器が尽きた時点で城門を開き、兵士たちが直接戦闘に入る予定だったが敵の数が予想外に多いため、このまま接近戦闘を行なっても数ですりつぶされてしまう。
この膨大な量の魔物を退けたとしても、背後には魔族が控えているため魔法使いたちは出来る限り温存しなければならない。
「勇者様、このままでは遠からず城壁は破られます。魔法使いの部隊を出します」
「しかし、今魔法使いの部隊を出せば魔族との戦闘時に魔力切れになる」
「そうだとしても、今出さなければここで終わってしまいます。なに、私たちも意外とタフですから、なんとかなりますよ」
なんとかなるはずもない。それでもやるしかなかった。
「すまん……」
イリシャはニコリと笑い、魔法部隊に命令を出す。
「大規模殲滅魔法、詠唱開始」
魔法使い達が声を揃え詠唱を開始する。彼らの周りには余剰魔力による放電が青白い光を灯している。
「撃て〜!!」
炎と雷と竜巻が魔物の群れの中に発生する。
「第二波、撃て〜」
即座に次の魔法が詠唱され、魔物の群に撃ち込まれる。それが何度も繰り返される。
そして城壁の周りには炎と雷によって焼かれ、竜巻によって引き千切れられ転がる魔獣達の阿鼻叫喚の地獄絵図が広がる。
だが、その代償は決して少なくはなく、城壁には過剰に魔力を使い廃人同然になった魔法使い達の姿があった。
「よし、残敵を片付けるぞ」
魔法使い達を後に残し、わずかに残った魔物を掃討するため俺たちは城壁の外に出た。
「イリシャ、魔法使い達の様子はどうだ?」
「完全に魔力を使い切ったため、当分の間使い物にはならんでしょう」
当分?あの様子だと、魔力使いすぎて一生廃人になった奴もいるんじゃないのか。
「お前は大丈夫そうだな」
「鍛え方が違いますよ」
そんなわけあるか。おそらく立っているだけでやっとだろう。全くプライドだけは高い奴だ。
そんな時、偵察に出た兵士からの連絡があった。
「魔王軍の第二波が来ます。その数、魔獣三千匹、魔族だけでも数百人」
「なん、だと」
まだ、それだけの軍勢が残っているのか。なんてこったい、絶望的だ。
「魔法部隊、出るぞ」
イリシャが掠れた声で呟く。
「ば、馬鹿野郎。これ以上魔法を使ったら死ぬぞ」
「魔法の過剰詠唱で死ぬのも、魔族に殺されて死ぬのも同じ死なら最後まで戦って死ぬ方がマシです」
ちっ、どうやら本気のようだ。仕方ない、少しでも時間稼ぎをするしかない。
「乗馬部隊! 決死隊を募るぞ」
俺はやりたくはなかったが、残った部隊の中から決死隊を募り、強引に魔族本体に突っ込む無謀としか言えない作戦を決行することにした。
エルンファストを先頭にして、魔獣の群れを突っ切り魔族本隊に切り込みピンポイントで魔王の首を取る。成功の確率は低いが、最低でも時間稼ぎにはなる。時間さえ稼ぐことができれば魔法部隊も回復可能である。
問題はエルンファストはともかく、追従する乗馬部隊はほぼ助からない。まさに決死部隊なのだ。
そんな絶望的な状態にもかかわらず、決死隊の希望者は多かった。
「ここでろくに何も出来ず魔王軍にすり潰されて死ぬより、少しでも戦って死ねる方がマシです」
とか言っている。
なんかみんなヒーロー的な行動に酔ってるな。理性的に考えているようで実は自己犠牲な行動する俺カッコいいとか思っているあたり、ちょっとやばいかもしれない。
こう言う考え方する奴って、俺本当は好きじゃない。まあ、性格が天邪鬼だからなあ。こうなったら全員無茶苦茶カッコ悪く、生き残らせてやる。
俺は心の中である作戦を思いつき、実行することにした。