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11 おっさん、そろそろ動き出す。

 ブラキオスは傷だらけの2人を面白そうに見ながら、ゆっくりと呪文を唱え出した。小さなつむじ風が巻き起こり、その中心は運動エネルギーに変換しきれなかった魔力がほの青い光となり、溢れ出した。チェレンコフ放射と似たような理屈である。

 嗜虐的な笑みを浮かべたブラキオスの顔が、魔力放射によって青白く照らし出される。

 ブラスはボタボタと血を垂れ流しながら槍を杖にしかろうじて立ってはいたが、出血多量でもう数分ともたないであろう。それでも目の前のブラキオスを見つめる瞳はまだ力を失っていなかった。地面に刺した槍を引き抜き、投擲するチャンスをうかがっている。槍を投げて仕舞えばもう攻撃する手段は素手しか無くなる。詠唱の終わった瞬間の一瞬の隙にブラスは賭けていた。

 ブラスとブラキオスの間に張り詰めた緊張が走った。その時、黒い大きな物体がブラキオスに吹っ飛んできた。ブラスに集中していたため予想外の方向から吹き飛んできた物体に気がつくのが遅れ、ブラキオスはその物体をかわしきれなかった。いや、かわしたことはかわしたのだが、その瞬間に出来た隙をブラスは見逃さなかった。ブラスの投げた槍はブラキオスの腹部に深く突き刺さった。


 「助かった。あれが吹き飛んで来なければ、ブラキオスは隙を作らなかっただろう」そう言いながらブラスは目の前に転がる二人の人物を見た。一つはブラキオスだが、もう一つは四天王第二位、ガイラムだった。




ーーーーー


「うーん、俺の思い違いだったのかなあ。全然強くなかったなあ」


 おっさん勇者はポリポリと頭を掻きながら残念そうに呟いていた。ガイラムの攻撃をかいくぐりガイラムにパンチを当てたおっさん勇者。パンチを受けたガイラムは驚くべき事に数百メートル程吹っ飛ばされ見えなくなってしまった。


「何コイツ。ちょっと普通じゃないよ」


 魔王アルカトラスは現実離れした勇者の力を見て、パニックになりそうな自分を落ち着かせようとしていた。パニックなればガイラムの二の舞である。そもそも漫画やアニメじゃないのだからパンチ一発であんなに吹っ飛ぶはずはないのである。通常の人間ならあんなパンチを受けたら体がバラバラになって砕け散ってしまう。仮にも四天王であるガイラムでも結果は同様だろう。魔力で防御したとしても即死したのは間違いない。

 こんな化け物じみた男が勇者というものなのか。

 魔王は頭をブルっと降って怖気付きそうになる自分を鼓舞した。詠唱の短い魔法でちまちまと削るしかない。近づかれたら終わりだ。そこで魔王が選んだのは百鬼雷雨と言う魔法である。数百もの雷弾が包み込むように敵を襲うこの魔法は、詠唱も短く面で敵を狙えるのでかわすことが難しい。魔力消費が大きいのが欠点だが、腐っても魔王。魔力量には自信がある。

 魔王は百鬼雷雨を勇者に叩き込む。文字通り雷雨のように襲いくる数百発の雷弾を勇者はかわせず、ただ魔法を受けるのみである。


「よし、いけるぞ」


 魔王は続け様に勇者に百鬼雷雨を浴びせる。このままゴリ押ししていけば、いかに勇者と言えど倒せるはず。そう魔王が思ったのも束の間。雷弾の雨を突っ切り、黒焦げになった勇者がこちらに突っ込んでくる。思わず後ろに後ずさる魔王。

 ゴン。魔王の背中が何かに当たった。気がつくと魔王の背後には大きな壁があった。こちらが攻めているようで、いつの間にかにここに誘導されていたのだ。もはや魔王には逃げ場がなかった。


「あ、あ、あ、あああああああああ」


 狂ったように魔法を打ち続ける魔王。ジリジリと近づいてくる勇者。その黒く焼け爛れた手が魔王の喉元に伸びる。


 しかし、その手は魔王を掴むことはなかった。魔王は誰かに抱き抱えられている事に気づく。


「助けにきましたよ。魔王様」


「エルネイト、エルネイトー」


 あまりの安堵感から幼児退行を起こしエルネイトに抱きつく魔王であった。


 エルネイトは魔王に微笑む。ギリギリ間に合って良かった。得意の隠業で勇者に見つからず横から魔王をかっ拐う事になんとか成功した。


「しかし困った事になったわね」


 勇者の魔の手(?)から魔王を助け出したエルネイトだが、勇者がここまでの化け物とは思っていなかった。とにかくここは魔王を連れて、この場をさっさと逃げ出すしかない。


「覚えていなさいよ」


 そんな三下が言うような捨て台詞を残し、エルネイトと魔王は消え去った。見事なほどの隠業で消えてしまったエルネイト達を追いかけることのできる者は居らず、勇者も他の者もただ立ち尽くすのみだった。


 残されたおっさん勇者にようやくイリシャが近づいてきた。黒焦げになった勇者を見て愕然とするイリシャ。


「だ、大丈夫ですか。おい誰か医者を急いで呼んでこい」


 その姿を見て普段馬鹿にしているような態度のイリシャですら気遣って声をかける。全身が焼き爛れ、焦げた肉の間から骨が見えている。普通に立っていることすら不思議に思える。


「来るのが遅いんだよ。お陰でこの有様だ。今日が満月でよかった」


 そんな体でありながら、いつもと変わらぬ様子で勇者はイリシャに話す。勇者の体からシュウシュウと音立てて湯気のようなものが立ち上り、黒く焦げた皮膚がボロボロと剥がれ落ちている。焦げて剥がれ落ちた皮膚の下にピンク色の皮膚が見える。驚くべき事に勇者の体は異常な速度で回復していた。


「一体どうなっているんですか、その体?」


「秘密だ。とにかく服も燃えてボロボロになってしまったので、何か代わりに着るものを用意してくれ」


 そんな勇者たちに近づいてくる人影があった。魔法で切り裂かれた鎧を着た男女。ブラスと、ブラスにお嬢と呼ばれていた少女だ。


「あんたが俺たちを助けてくれたんだな。この距離を人ひとりぶん投げるなんてどんな馬鹿力だ」


 出血多量で死にかかっていたブラスだが、応急措置を済ませた後自分達を助けた者の姿を見にここまで来たらしい。


「とにかく有難うよ。俺はともかく、お嬢の命を助けてくれた事には礼を言う」


 そう言うとブラスはヨロヨロと歩きながらその場を去っていった。


「それで勇者様、これからどうなさるおつもりで?」


 既に怪我も完全に治り、焼け落ちた服を脱いでイリシャから借りたマントを羽織った勇者はあぐらをかき、顎に手をかけて考え込んでいた。真面目にしているつもりだろうが、素っ裸にマントを羽織っているだけの勇者の姿はただの変質者だが、あえてそれは言うまい。イリシャはそう思った。


「そうだな、まずここは魔王がこの先どうするか様子を見るしかないだろう。あれだけ脅かしてやったんだ。奴が取る手は二つしかないはず」


「二つというと?」


「俺を恐れて、この国と休戦し同盟を組むか。俺を恐れて総力を上げて叩きにくるかのどちらかだろう」


「全く逆じゃないですか。対策の取りようもないですよ」


「それをなんとかするのがお前の仕事だ」


 そう言って勇者はガハハと笑った。






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