10.おっさん、魔王に合う
おっさん勇者の前に現れた人物は自分のことを魔王と名乗った。
「僕が魔王アルカトラスだ!」
「僕が魔王アルカトラスだ」
「……」
「僕が魔王アルカトラスだ……よ?」
「いや、何回も言わなくてもいいが。ってか、何で疑問形なんだ?」
「何回名乗っても無反応なので、ちょっと自信がなくなってきて」
魔王はすねたようにおっさん勇者に言った。それに対しおっさん勇者は面倒くさそうに目の前の少女に言う。
「当たり前だろう。魔王は男だと聞いたし、そもそもお前のようなしょんべん臭そうなガキが魔王には見えない」
「以外に口が悪いんだねえ今回の勇者は。それに僕は女じゃないよ。これでもれっきとした男だ」
どうやら魔王は男の娘らしい。
「うちの四天王を返してもらいに来たよ」
なるほど、この騒ぎは四天王を助けるために魔王が起こしたものらしい。下手に拉致るんじゃなかったな。心底うんざりした様に、おっさん勇者は嘆息した。それでも魔王に向き直り武器を構える。四天王が脱走し衛兵が出払った今、ここはおっさん勇者が一人でなんとかするしかなかったからだ。
すると魔王を庇う様に後ろにいた男がするりと前に出て来た。
「魔王様、ここは私にお任せください」
その男は剣を抜くとおっさん勇者に斬りかかってきた。後ろに身を引きギリギリでその斬撃を躱すが、その刃は止まらず二回、三回と続けざまに剣が振られおっさん勇者は防戦一方になる。たまらず、大きく横に飛び距離を取る。
「貴様何者だ」
魔王軍にもかかわらず、魔法を使わず剣だけで向かってくるその男は無表情な顔を向けて言った。
「魔王軍四天王第ニ位、無のガイラム」男はそう名乗った。
ーーーーーー
その頃、城内は脱走した二人の四天王が暴れ回り炎と破壊を撒き散らしていた。
「お嬢、大丈夫ですか」
「う、うるさいわね。だ、大丈夫よ」
へっぴり腰で剣を構える鎧姿の少女と、彼女を心配そうに見つめる重鎧の男が槍を構えて立っていた。
「そろそろ来ますよ、お嬢」
男がそう言うと同時に彼らの横を熱風が凄まじい勢いで吹き抜けた。その熱風の背後から二人の四天王がゆっくり歩きながら現れた。
「かかかか、この俺様をいつまでも閉じ込めて置けると思うなよ」
「何言ってんのよ。私が来なければあなた、あのまま鎖で簀巻き状態で放置されていたのよ。少しは感謝なさい。……あら、まだここにも衛兵が残っている様ね」
エルネイトは彼らを遮る様に立つ、二人の衛兵を見つけると嬉しそうに笑った。チリチリと場内を燃え盛る炎がエルネイトの頬を赤く照らす。
ブオン! そのエルネイトを掠める様に槍が突き込まれる。
「貴様らをここから通すわけにはいかん」重鎧の衛兵は二人の四天王に向かって言い放つ。
「おい、エルネイト。こいつらなんて言ってるかわかるか?」ブラキオスがエルネイトに尋ねる。
「あなたは人間の言葉がわからないのでしたね。彼らは、私たちをここから通してくれないそうよ」
「ほおお、なんか面白いこと言ってくれるねえ。なあ、こいつら俺が片付けちゃっていいかな」
「好きになさい。私は先に行くわよ」そう言うとエルネイトの姿はかき消す様に消え去った。
重鎧の男は消え去ったエルネイトの姿を求めて、あたりを見渡す。
「あははははは、大丈夫。オイラは逃げたりしないから」そう言うとブラキオスは風の魔法を叩きつける様にして地面に撃ち放った。解き放たれた風の魔法は辺りの砂や小石を巻き込み小さな竜巻を作り出す。
「お嬢、ワシの後ろへ!」
重鎧の男は竜巻から庇う様に少女の前に立つ。竜巻が通り過ぎると二人の鎧は傷だらけになっていた。特に重鎧の方は竜巻を真正面から受け止めたため、ひどい有様になっていた。
「ブラス、大丈夫。……あ」少女は自分を庇ってくれた重鎧の男ブラスを見て驚いた。ブラスの体から滴る血が足元に血溜まりを作っていたからだ。鎧の隙間から吹き込んだ風の魔法が彼の身体を切り裂いたのだ。
「これくらいたいしたことはない」強がって言うブラスだが多量の出血が、彼の体力を奪っていた。
「爺さん、歳のわりに頑張るねえ。んじゃあ、もう一発行ってみるか」ブラスが何を言っているか判らないながらも、その様子からまだいけると見てとったブラキオスは二発目の魔法を打とうとした。