1 おっさん召喚される
1 おっさん、召喚される
薄暗い石造の広場。中心には巨大な魔法陣が淡い青い光を放っている。その魔法陣の周りには数人の人物が立っている。
人数は6〜7人くらいだろうか。魔法陣の放つ弱い光で照らされた彼らは、年齢は様々だが全員が美男美女である事が見て取れる。
その中で一際容姿端麗な青年が全員を見渡す。おそらく彼がこの集団のリーダーなのだろう。身に纏ったローブを軽く振り払うと、右手に持った巨大な杖を掲げる。やる事が一々様になるのは彼がイケメンの所為だろう。
「ついに我々の宿願が叶い、この世界を救うことのできる勇者を呼び出す事が出来る。呼び出すのは男か女かわからないが我々なら召喚された勇者を籠絡し味方につける事が出来るはずだ」
杖を持った青年が言うと、周りにいた全員が頷いた。そう、彼らは召喚された勇者を誘惑し自分達の都合のいいように操るために用意された人員なのだ。ようはハニートラップと言うやつだ。
汚いやり方のように思えるが、召喚された勇者が正義感のみで命をかけて世界を救ってくれる、なんて考えるのは頭の中がお花畑の人だけである。大抵は嫌がって逃げ出すか、勝手に暴れまわって自滅する。苦労して召喚された勇者がそうなっては意味がないので、なんらかの制御方法が必要なのだ。
「では、始めるぞ」
青年が右手に持った巨大な杖を大きく振りかざすと、魔法陣の光がだんだん強くなる。魔法陣自体もゆっくりと回転を始め青白い放電がおこる。キーンと言うような甲高い音と共に魔法陣の光と回転がどんどん高まってゆき、やがてピークをむかえる。
ドーンと言う轟音と目も開けられぬ程の光が辺りを包む。魔法陣はすでに消え去ったが微かな放電が残るその場所には、巨大な人影があった。
「な、何だこれは」
青年は思わずそう叫ぶ。周りにいた他の人々も驚き騒ぎ出す。何と、そこに有ったのは全高4〜5mはありそうな金属で出来た巨人、人型ロボットが跪いていたのだ。
「人間以外の物が呼び出されることは稀にあるが、それでも人のような生き物だけだった。こんな訳のわからない物が呼び出されるなんて聞いた事がないぞ」最も年配と思われる、それでも30になるか成らないかくらいのダンディな男がそう言う。
「そうよ。私の知る限り生き物以外の物が呼び出されたのは初めてだわ」そう言った少女は12歳くらいに見える。とは言っても横に張り出した長い耳や細く長い銀髪からエルフだと思われる。エルフは人間より寿命が長く歳を取りづらいので見た目の年齢が当てにならない。
「皆、慌てるんじゃない。中に乗っているのかも知れない」キツい目つきの騎士風の鎧を着た美女がそう言うと同時に、そのロボットが急にジタバタと動き出す。
周りの人々が慌ててロボットから距離を取る。ロボットはそのまま、ベシャっという感じにうつ伏せに倒れる。言葉で言うと可愛いが、流石にそのロボットのサイズだとちょっと倒れただけでも結構大量の砂埃が舞い散ることになり、周りの人間を砂まみれにした。
「うわっ」「きゃー」「ちょっと、なんなのよー」「ゲホゲホ」
砂を被った人達の悲鳴やら何やらで辺りが騒然としている中で、リーダーの青年はロボットの後ろのハッチがゆっくりと開いていくのに気がつく。
「皆、ハッチが開くぞ。中に人が居たんだ」
リーダーの青年のその声で皆はハッとしてハッチが開くのを見つめる。ハッチは二重になっているようでひとつ目の扉が開くと更にもう一つの扉が持ち上がった。
「んん?ここは何処だ」ロボットの中から出て来たのは30は遠に過ぎているおっさんだった。
リーダーの青年は唖然としていたが気を取り直しロボットから降りて来た男に声をかける。
「我々の世界にようこそ。勇者様」
ーーーーーー
「いやあ、すまなかった。なんせ未だこのロボの操縦に慣れてないもんでねえ」
ロボットから降りて来たおっさんは頭をボリボリと掻きながら周りの人々に対してそう言った。
「いえ、これくらい大した事はありません、勇者様」
白いドレスを着た17歳くらいの少女が穏やかな笑みを浮かべ、おっさんにそう語りかける。
「さっきから勇者、勇者と呼んでいるが一体どう言う事だ?そして此処は何処なんだ?」
おっさんは訝しげに周りの人々にそう問いかける。その問いに対してリーダーの青年が答えた。
「失礼しました。これから状況を説明いたします。我々はベルマルト王国魔導使役団の者です。私はそのリーダーを務めるイリシャと申します。我々の国ベルマルトは今、アルカトラス魔王軍の攻勢により絶滅の危機に陥っているのです。魔王アルカトラスは大量の魔物を使役し、罪もない我が国の民を襲い殺戮を繰り返しています。我が国の防衛軍が魔王軍に対抗していますが多勢に無勢、戦況は日増しに悪化しています。どうかお願いします。力無き我々を、幼い子供達を助けて下さい」
イリシャは一気にそこまで言うと地面に頭をつけるように平伏し、周りの人々もそれに習って一斉に平伏する。
「おいおい頭を上げてくれよ。なんかヤバい状況だと言う事はなんとなく解ったが、もっと詳しいことを聞かないと俺に何が出来るかわからないよ」
「それでは助けて頂けるのですか」ガバッと頭を上げたイリシャが勢いこんでそう言うと
「だから、それはもっと詳しい話を聞いてからだ。まあ、俺に出来る限りのことはしてやるつもりだが‥‥‥」
「そ、そうですよね。兎に角ここではゆっくりと話も出来ません。それでは我々の王宮に居らして下さい」
イリシャ及び周りの人達がそう言っておっさんを誘おうとしたが、おっさんは背後のロボットを見て悩んでいた。
「エルンファストをこのまま此処に残していくのは不味いしなあ、どうするか?」
「エルンファスト。この巨大な機械の人の事ですか?もしよろしければ我々で管理致しますが、どう致しましょう」
「まだ稼働させて間もないので、色々安定していないんだ。暫く付いていてやらんといけないので、悪いが話は此処で聞かせてもらうよ」
おっさんがそう言うとイリシャは大きく頷き
「勇者様さえ良ければ我々はちっともかまいません。おい、お前達。勇者様がくつろげる様用意しろ」
そう言って椅子やら何やら色々と用意し出した。あらかじめ用意してあったのだろう、準備はすぐに終わり簡単なテントの様な小屋の中に入ったおっさんは椅子に座り、用意された紅茶の様な飲み物を飲みながら色々質問し始めた。
この国の現状、地理、etc。何時間もかけておっさんとイリシャ達との間で説明が続けられた。途中エルンファストの様子を見るため、何回かの中断は入ったが取り敢えずおっさんは状況をある程度理解した様だった。
「わかった。君達が言った事が本当であるならば俺が協力する事は可能だ」
おっさんがそう言うとイリシャ達は喜び、全員が平伏した。
「おーい、だからそれはやめろって」おっさんは苦笑いしながら全員に立つ様に促す。
「ありがとうございます勇者様。ですが本当によろしいのですか?」
立ち上がったイリシャがおっさんに問いかける。
「ん。どう言うことだい?」
「助けてもらう我々が言うことではないのですが、勇者様は見返りを少しも求められていないですよね。戦いによって命を落とす可能性すらあると言うのに。もちろん我々としては勇者様が求められるなら金銀財宝、国中から選りすぐった美女。もしお好みであれば美男でも。地位も名声も我々が与えられるなら全て用意するつもりです。しかし勇者様はそうした事を何一つ求めていない様なのですが、かえってそれが不思議でして」
「ああ、何だそう言うことか」
カラカラと笑いながらおっさんは言った。
「俺は別に戦うつもりはないからな。もちろん魔王軍の攻勢は止めるつもりだし最終的には、それなりの見返りも得るつもりだ」
「え?」
おっさんのその言葉に更に訳のわからなくなったイリシャが首を傾げる。
「これから俺はこの世界を征服する!」
おっさんはそう言い放った。