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黄金の血

「どれもこれも不味いのう……。本当に北の者らがあれだけ大事に貯蔵していた者たちなのか?」



 吸血鬼の始祖から血を引き継いだ四柱の一角を成す、マガツの名を持つ彼女は忌々しそうに呟く。そんな彼女の周りには吸血を受けて気絶している人間たちが倒れ伏していた。


 吸血鬼にとって吸血とは、生命維持に必要不可欠であると同時に至福や快楽すらもたらす行為である。そのため吸血鬼は血を何よりも求め、その中でも味の質や噛み心地の良い人間を確保することを生き甲斐としていた。


 だがマガツは生まれてこのかた、吸血を心地良いと思ったことがなかった。彼女にとって吸血は生命維持のために必要なだけの苦痛な行為であり、いわばこれも吸血鬼の始祖が遺したとされる巻物に記された修行の一環なのだと捉えてすらいた。


 しかし他の吸血鬼たちは今もより良い血を求めて質の良い人間を巡り争っていて、その動向についてはマガツが長期に渡る一人での鍛錬を終えて外に出た時に初めて知ったことだった。


 そして彼女は今まで自分が質の悪い人間から吸血していたからこんなにも苦痛だったのかと思い至り、物は試しと北を拠点としていた四柱の一人が住む根城に乗り込んで丁寧に扱われていた人間から吸血をしてみた。


 だが結果としては多少味の違いはあれど分類でいえば泥水のような味わいであることに変わりなく、マガツはこの雪が降りしきる中を我慢して来たことを後悔していた。紫色の鉄扇で顔を隠しながら悠々とその城を出た彼女は背中に翼を生やし、三日月を背に飛び立つ。



(あれならばまだ妾の修行場の方が飲み慣れてるだけ良い。無駄足だったのう……)



 自分が苦行の一つとして長年行わなければならなかった吸血が至福の喜びなどというものに変わるのかもと期待していただけに、彼女は心底がっかりした様子で着物をなびかせながら自身の拠点でもある東へと向かった。


 四柱の一人があれだけ大事に扱っていた人間でさえあの酷い味ならば、南と東に出向いても期待は出来ないだろう。しかし巻物に記されていた鍛錬もほとんどこなしてしまったので、特にやることもなくなってしまった。



(東の地も見飽きてきたしのぉ。収穫こそなかったが、北の地に赴いたのは悪くなかった。西に向けて旅をするのも一興か……)



 想定していた目的こそ果たせなかったものの、初めて北の地へと足を踏み入れて新たな景色を見ること自体は新鮮な体験だった。なので何日か慣れた東の地で血を吸い溜めしてから、今度は果ての西にでも出向こうかとマガツは考えていた。


 巻物に記されていた自身と同じような立ち位置である四柱の存在については気になるところであるし、せっかく長い年月をかけて様々な鍛錬をしたのだからその力を振るいたい気持ちもある。


 北を支配している狼男とやらは生憎と留守だったので今日は眷属と戦うことになったが、相手としては不足もいいところで武具を使うまでもなく退屈だった。今度は四柱なるものと戦いたいものだと考えながら、マガツは闇夜の中でその姿を身綺麗な少女へと変身させた。



(さっさと済ませてしまうか)



 そして何度か来訪したことのある街中で人混みに紛れ込み、適当な人間から気づかれないように吸血を始めた。


 もし普通の吸血鬼ならば吸血対象の性別や年齢、健康状態に噛む箇所の肉付きなどそれぞれの好みに合致しない限りは吸血を行わない。それにこのような人混みの中で吸血を行うことなど皆無に等しいだろう。吸血鬼にとってはそれほどまでに吸血とは重要なことであり、道端で適当に済ませるような行為ではない。


 だが彼女からしてみれば血が美味いだとか、至福を感じるような吸血だと思ったことがそもそもない。なので変に人を攫い家畜のように飼ってまで吸血をしたいとも思えないし、それで吸血鬼狩りに嗅ぎ付けられて吸血鬼対策を張り巡らされる方が面倒だった。


 むしろ自分の縄張りで派手な吸血騒ぎを起こす吸血鬼を成敗すらし、マガツは東では生粋の吸血鬼狩りとして知られるほどだ。彼女からすれば吸血よりも人が築く文化の方がよほど価値があるので、最近では吸血鬼狩りの対価として自身の屋敷を完成させるくらいには活躍している。


 それからマガツはいつものように多くの人から少量ずつ泥水のような血を摂取し続け、西に行くぐらいまでの血量は確保できた。ただそんな中、東の地に住んでいる者にしては少し違和感のある服装の男を見つけた。



(何とまぁ、粗雑な吸血鬼対策をしておるものだな。そもそもあんな貧相な身体では、吸血鬼に目を付けられることもないだろうに)



 その男は物乞いのようにみずほらしい恰好をしているのにもかかわらず、首元には不釣り合いに輝く銀の十字架が提げられていた。それに大した力もない教会が売り捌いている聖水を浴びているようだが、その質は大分悪い。



(他の地方から来た者にしては、ちと対策が甘すぎる。大袈裟な吸血鬼の話を聞いて感化でもされて、なけなしの金をはたいたといったところか? 何とも哀れで、滑稽な奴じゃのう。他の吸血鬼からもまるで相手にされていないではないか)



 自分の他にも獲物を吟味している吸血鬼は何人か見受けられたが、年こそ若いが男で健康状態も悪そうな彼には当然見向きもしていない。そんな男がマガツには何だか哀れにも思えてきた。



(しょうがないのぉ。妾が吸ってやるとするか。あの十字架も不快だしの)



 どうせ誰の血を吸ったところで不快なことに変わりはない。不快ついでに血を吸ってやる代償として銀の十字架でも引き千切ってやろうと考えながら、マガツは彼とのすれ違い様に腕から血を吸った。



「な、なんじゃこれぇぇぇぇ!!!!?」



 その瞬間、マガツに今まで感じたことのない衝撃が走った。


 そして突然少女が人混みの中で大声を上げたことに周囲の者たちは驚いたような視線を向け、地面に蹲っている彼女を心配し始める。だがマガツはそれどころではなかった。



(なんじゃ、なんなんじゃこの血は!? まるで意味がわからん!! 凄すぎる!! こんなのは初めてじゃ!!)



 吸血鬼である自分の身体がもっと血を求めていることが本能的にわかる。今までは血の渇きを覚えて仕方なくせざるを得なかった吸血への価値観が、今この時に一変した。


 それからマガツは初めて吸血鬼としての本能が目覚めた反動で、しばらくその場を動くことが出来なかった。


 そして気づいた頃には十字架を提げていた男の姿は消えていた。



(まだこの街の中にいることは間違いない!! 絶対に見つけ出す!!!)



 それからマガツは吸血鬼狩りのことなど考えの端に追いやり、自分の持てる限りの力を使って先ほど血を吸った男の捜索をし始めたのだった。


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