1話 厨二病っぽい
突然だが、僕は漆黒の片翼。またの名を、蕾野青菜という。そしてまた突然のことだが、僕は朝起きたら女になっていたのだ。心なしか、力が湧いてくる感覚がある。気のせいか?少し世界がざわついている。そんな気さえ感じる。これは…時が来たと言わざる負えない。
「ふふっ…ふははははは!」
おっと…僕としたことが…あまりの昂りに声を漏らしてしまった…。まあいい。
─13年間。私があの平凡な日常を送ってきた時間に、とうとうお別れしなければならないようだ。少し寂しい気もするが、僕は…いや、私はここを去るとしよう。
「ゲート・オープン!!!」
そう青菜が叫ぶと同時に、彼女の部屋の扉が開く。そこには、細身の青年の姿があった。青年は、表情がない。死んだ魚のような目をしている。
兄…か。別に、部屋の扉を開けようとしたわけではないのだがな。それにしても、何も言わずにここを去ろうとする弟の元へ自然と寄ってくるとは、素晴らしい兄弟愛。見せてくれるではないか。
「蕾野 緋晴」
緋晴と呼ばれる青年は、まゆひとつ動かさずに青菜の元へとそそくさと近寄った。
「9時。」
それだけ言って、彼はさっさと部屋を出ていった。
…兄はいつから恥ずかしがり屋になったのか。最後の最後に、いいものを見れた気がするよ。…名残惜しさが溢れる前にこの世界に別れを告げようか。
青菜は勢いよく扉を開く。
「待っていろ!私の愛しき世界!ユグドラs…」
扉の先には、今の青菜にそっくりな女性が立っていた。
「え、え?」
その女性を前に、青菜は混乱した。何せその正体は彼女の母親であり、
「青菜…ちゃん?」
彼女の厨二病を知らない身内であるからだ。
「今日は学校よ?」
「休む」
そのまま、彼女はターンして自分の部屋へと戻っていった。
「あら、そう?お休みの連絡入れとくわね?」
青菜・緋晴の部屋にて。彼女は今、布団にうずくまっていることは無かった。もちろん少しも引きずっていない訳では無い。ついさっき起こってしまった事件、親に隠していた恥ずかしいことがばれて恥ずかしい事件、はとても耐え難いものがあった。悶えることがなかったのは、青菜が特殊であったからではないだろうか。
ここはとある町のとある一軒家。剣もなければ武器というものがそもそもなく、魔法もなければ、むしろ科学と言う名の魔法に頼っている普通。まさに普通の場所である。そこに住んでいるのが、蕾野青菜。中学2年生の女子だ。そう、女子だ。僕っ娘ではないが、女の子なのだ。
「やっぱりゲートって言うのはベタ?…というか古いかなぁ?」
そして青菜には珍しい趣味があった。…確かに、ネット小説を漁っているが、それはネタを集める行為に過ぎない。珍しい趣味、それが厨二病だ。中二病では無い。そしてさらに正すと、青菜がやっているのは厨二病のフリである。今もこうして、スマホで厨二病ノートと書いてあるフォルダーにメモをとっているのは、青菜が分かっていて厨二病を演じている証拠と言えるだろう。
「ひぃ兄も冷たいよ!毎週土曜日の朝は【突然目が覚めたら力を取り戻した妹(魔王)が、世界を取り戻すためにユグドラシルに帰ってしまう設定】だって言ってるのに!」
そして、もう1つ彼女を特殊たらしめるものがある。兄、緋晴の存在である。
「確かにゲリラTsはしたけど…「9時」だけはないよー。」
「うるさい。」
「またまたぁ、本当は楽しいくせに?」
「うん。ありがとう。」
「えへへ、どういたします!」
青菜の兄、緋晴。年齢は15だけれど、高校生では無い。一番の特徴は毎日部屋にこもってゲームを作っていることだろうか。外に出るのはバイトと買い出しの時だけで、ほとんど外に出ない。ニートでは無い。しっかり生計を立てて生活しているあたり、エリートなのだ。(by緋晴)
「…ひぃ兄いつから居たの?」
「さっき」
「あお、信じるか?」
突然の問いかけに青菜はよく分からないと言いたげな表情になる。彼女が返答する前に、緋晴はもう一度口を開く。
「異世界」
「信じる!」
今度は早かった。青菜は目を輝かせて緋晴に詰め寄る。緋晴は青菜を見つめ、自分のパソコンのディスプレイを指さした。
「何?」
青菜が指先の方を向くと、そこには一通のメールが表示されていた。件名:ユグドラシルへようこそ!と、ある。
「迷惑メールだ。」
冷えきった声で緋晴は言った。夢など見るものでは無いと、子供を泣かせるような本音が、ずしりと乗っかっているのかもしれない。輝いていた青菜の瞳からハイライトが失せた瞬間だった。そして肩を落とす。
「まて。」
スマホに向き直ろうとした青菜を抑止する。それにはもう一声いるようで、青菜はベットに倒れこんだ。
「キャラメイクしよう。オモイエガクキミダケノキミジシンになろう。」
「ファンタジー?」
適当な呼びかけではあったものの、キャラメイクというワードに引っかかった青菜は素早く起き上がり、元の位置へと戻った。改めて、青菜はPC画面上のメールを読むことにする。
「マウス貸して!」
青菜は強引に、緋晴からマウスを奪った。少し長い文章に戸惑うことなくさっさと目で読み上げる。文末に詳しくはコチラとあるURLがあった。
「ポチり」
もちろんクリックした。すると画面はプツッという音と共に一瞬でブラックアウトした。
「あれ?おかしいな?ユグドラシルは?」
(しまった…またやってしまった…)
青菜は恐らく怒っているだろう緋晴の方をゆっくりと振り向く。
「ひィッ」
思わず声を出した青菜の目には、ただ一点を、青菜を見つめている緋晴の無表情があった。控えめに言ってとても怖い。
「やると思った」
「で、でっしょー?」
緋晴は大きな溜め息をついた。ディスプレイに向き直り、PCの電源をつけ直した。そして、もう一度ため息をつく。
「反省。」
いつもよりゆっくりと発せられる声には、怒りがこもっているに違いない。小さくなっていく青菜は泣きそうになりながらも引きつった笑みを作って返事を返した。
「ごめんねー…。」