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野良田の戦い④ 六角承禎

「申し上げます。お味方の奮戦により、六角軍は壊滅。六角承禎も退却を始めたとの由にございまする」


史実通り。六角承禎は浅井長政に敗れた。


「左様か」


俺は宇曽川において長政と久秀が六角を壊滅に追い込んだことを知らされ、まずは安堵の表情を浮かべた。しかし驚きはなかった。勝つということはわかっていたが、その報せを耳にするまでは不安で不安で仕方がなかった。


蒲生の裏切りにより六角は予定通り大混乱に陥り、程なくして大軍は瓦解し兵たちも一斉に逃げ出したそうだ。


「正吉郎様が予想した通り、承禎はこの東山道を南下しているようにございまする」



そして承禎は恐慌状態に陥りつつあった本隊を渋々放棄し、寡兵にて退却を始めた。



ーー俺たちが陣を置くここ、東山道を下って。



これで六角は浅井への支配権を失い、大きく衰退する……というのが歴史の筋書きである。しかし、みすみす六角を逃がす真似はしまいと、寺倉軍1000の兵のうち500を大倉久秀に任せ俺が残りの500を率いていた。ここ、東山道を六角承禎が退却した際に通ると考え、道の途中に陣を張っていたのだ。


陣を張るといえど、道の真ん中に堂々と居座るわけではない。道を挟むように目立たぬよう兵を置いていた。承禎自身かなりの焦りと動揺があるはずだ。周りを見渡し、正確な判断をすることはかなり難しいだろう。


そこに付け込むように鉄砲や弓、投石によりトドメを刺す算段なのだ。


「将兵の様子はどうだ」


「今か今かと待ち構えております。勝ち戦なので士気も十分。動揺に包まれる六角軍などもはや敵ではないでしょう」


退却する兵を遠距離から襲うだけの、命の危険が少ない作戦だ。だが油断は禁物だ。どんな勝ち戦であっても何があるかわからない。だがこれも今回の戦で実感したことでもあるだろう。


しかしそんな事を知る由もない六角承禎は、後ろの兵を置いていっていることにも気を留めることなく、一目散に金堂城へと向かっていた。金堂城は観音寺城から東北東に一里程の距離に位置する平城だ。まずはそこに入り身の安全を確保しようと目論んでいた。



そして四半刻が経った頃、承禎を含む100騎の六角兵が姿を表した。


こちらに目を向ける事もない六角承禎を睨みつけながら、俺は声を張り上げた。


「皆の者、放てぇーー!!!!六角承禎の首を取るのだ!!!」


息を潜めるように屈んでいた寺倉500の兵が一斉に立ち上がり、各々の武器を構える。そして狙いを定め、僅か100騎の六角兵に最初で最後の攻勢をかけたのだった。



◇◇◇



「はあっ、はあっ……」


六角承禎は走っているわけでもないのに、肩で息をしながら顔に汗を滲ませていた。馬の状態なぞ気に留める事すらなく、ただひたすら逃げることだけを考えていた。


(儂は……。負けたのか?)


承禎自身、未だ実感が湧いていなかった。それもそのはず、これは完全な勝ち戦であったし、誰もがそう信じてやまなかったのだ。


自分が死んでは全てが終わりだ。そう思ってひたすらに馬を走らせる。


(観音寺城へと一旦帰還し体制を整えてから再び浅井に攻勢をかける!)


そんな決意を胸に顔を上げた時であった。


「皆の者、放てぇーーー!!!!六角承禎の首を取るのだーー!!!」


異様な静けさがその声によって一気に裂けた直後、視界には十倍は居るように思える軍勢が突如入り込んだ。


(な、なんだ!!!)


ここで止まってはいけない。本能でそう感じた承禎は、全身を縮こませることで自分という的を小さくまとめた。


鉄砲の耳をつんざく轟音が左右から轟き、馬たちが驚いて二足立ちになり将たちも堪らず振り落とされていく。


承禎の乗る馬は比較的鉄砲に慣れており、音によって馬が暴れ出し振り落とされることはなかったが、兵たちが乗る馬はそうはいかなかった。なんとか振り落とされず耐えていた兵たちも、馬同士が衝突しその衝撃で落馬する者も出ていた。


承禎自身あとは銃弾に当たらない事を祈るばかりであった。目を瞑りながら願っていた承禎だったが、敵は多数。絶え間なく行き交う銃弾や弓は容赦なく身体を掠めていく。そしてついに一つの銃弾が馬の胴を捉えた。


堪らず馬は暴れ出し、承禎は投げ出され背中を強く打ち付ける。勢いよく地面を転がった後、弓矢が肩に突き刺さる。


「くっ……」


背後に付いていた六角の精鋭が銃弾と弓矢が行き交う中承禎を守るように囲んだ。しかし、そんな献身的な抵抗は虚しく、次々に倒れていく。


「よし!撃ち方やめ!」


正吉郎の合図で銃声は鳴り止み、静けさが辺りを包んだ。


そして運良く銃弾や弓を受けなかった兵たちが逃げ出した。


「逃がさねえぜ!!!」


前田利家が残党を狩るために槍を持って兵と共に駆け出した。鬼の形相を浮かべる利家に兵は萎縮しきっており、逃げ出した兵は次々と利家の手によって捕らえられていった。


そして亡骸が転がるその場所へ、一人の男が堂々と歩み寄るように近づいていった。



◇◇◇



銃声が止み、俺は死体が転がる戦場を生まれて初めてその目に収めた。初陣の鎌刃城攻防戦は夜戦であり、ほとんど全てを家臣に任せていた。しかし今回は違う。血の匂いで溢れる戦場。現代ではもちろん、この世界でもこれまで味わったことはなかったものである。


とはいえ、俺はこの時代で育てられた“武士”。気持ちを強く持ち毅然な表情を保つ。


承禎の親衛隊で息のある者は他の兵たちに任せた。血塗られた地面に嫌悪感に近いものを感じながら、大きく息を吐く。


そして俺は決意を固め、撥ねたものと肩に受けた弓によって血塗られた承禎の体を見ながら一歩ずつ近づいていった。


俺と承禎は初対面である。だからこそ一気に憎悪が膨れ上がっていた。


「俺は寺倉掃部助蹊政。この名前、忘れたとは言わせぬぞ」


俺は心から見下すように鋭い目つきで見つめながら、威圧の念を込めて名乗る。


「くっ……。貴様は……寺倉の小倅か!!!」


最後の力を振り絞るよう、憎悪のこもった声で返す。俺はそんな承禎を冷ややかな目で見つめながら刀を抜き、静かに首筋に当てた。


「承禎。お前だけは許すことはできぬ。お前は……父・政秀の仇だ!!!」


手に思い切り力を込めて刀を振り上げる。承禎はもはやこれまでか、というように命の終わりを悟った表情を浮かべていた。


承禎は巖應を誑かし父を暗殺するよう仕向けた。自らの手を汚さず、権力を盾に命じるだけ。その魂胆が俺はただただ許せなかったのだ。


俺にはもう迷いはなかった。振り上げた刀を思い切り振り落とし、承禎の首を刎ねた。


血しぶきが上がるのを無表情で見つめる。内心気が気ではなかったが、大将たるものこのようなことで動揺するわけにはいかない。俺は腕を抓り、折れそうな心を無理矢理留めた。


「寺倉掃部助蹊政が、六角承禎を討ち取ったり!!!皆、勝ち鬨をあげよ!!!」


「えいッ!えいッ!応ッ!!!!」

「えいッ!えいッ!応ッ!!!!」


勝ち鬨の歓声は、俺の心中を他所に、延々と長い間続いたのであった。


六角承禎、討死。


これが歴史に大きな影響を与えることになるのは、言うまでも無い。寺倉家は六角承禎の首を取ったことで、武においてもその名を轟かせることになる。













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