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寺倉郷の戦い① 復讐の幕開け

六角軍を迎え撃つ準備を進める間に、3月には雪解けして田起こしが始まり、田植えの季節の4月になった。


既に鎌刃城から寺倉郷を直線的に繋ぐ棒道は3月末には完成した。寺倉郷の南側の堰堤も3月上旬には完成しており、今は雪解け水が半分ほど溜まり、ダム湖が出来始めている。


順蔵によれば、冬の間に"処置"した六角の物見の素破は2人だそうだ。積雪に足跡が残るため、たとえ侵入できても簡単に追跡できたらしく、どうやら途中からは南側からの侵入を諦め、除雪された北側の街道からの侵入に転換したらしいとの話だった。


南側の堰堤が完成した後の3月中旬からは北側では城壁が建設中で、北側の街道から侵入した六角の物見も当然城壁に気づいたはずだ。もし寺倉郷の中に入った者がいれば、遠目から南側の堰堤も見えたかもしれないが、見た目は似ているので北側と同じ城壁だと思うはずで、まさかその向こう側にダム湖が出来始めているとは思わないだろう。


北側の城壁の建設の方は、伊吹山の石灰石で試作したモルタルを使って順調に進んでいる。基本的には城の石垣を積むのと同じだが、大きな岩の間にモルタルを接着剤として使って強度を高め、工期短縮も図れている。


4月からは田植えで領民男性の人手が減ってしまうため、常備兵と傭兵だけで建造することになるが、モルタルを使うことによる工期短縮で何とか4月末までには完成する見込みだ。いずれは前世のコンクリートも再現して、前世の戦後に再建された大阪城のようなコンクリート製の堅固な城塞などの建造に役立てたいが、もうしばらくは時間が掛かりそうだ。



◇◇◇



そして、あっという間に5月を迎えた。5月に入ってすぐ、六角領に忍び込ませた志能便たちからの情報が届き、植田順蔵から六角が戦の準備を始めたという報告が入った。


俺はすぐさま鎌刃城の大広間に重臣たちを召集し、戦に向けた緊急の評定を開いた。


「皆に集まってもらったのは他でもない。聞いてはいると思うが、六角がいよいよ戦支度を始めた。言うまでもないが、此度の戦いは寺倉家の存亡を掛けた重要な戦いだ。今日はこれから六角と戦う上での作戦や配置を決める故、気を引き締めて臨んでくれ。では順蔵、詳しい説明を頼む」


「はっ、ではまず、六角が攻め込んでくるのは寺倉郷だと思われます。寺倉郷は背後の三好家も警戒せねばならぬ故、六角もあまり多くの兵を動員せず、精々2千ほどの軍勢で侵攻してくる模様にございまする」


「ほう、2千か。狭い街道を行軍する故、妥当なところだな。山間の小さな寺倉郷を占領するくらいならば、十分な数だと考えるであろうな」


順蔵が2千の兵数を伝えると、大倉久秀が顎に手をやりながら声を出す。


「左様。大将は六角左京大夫義賢の嫡男、右衛門督(六角義治)とのこと。左京大夫は此度の戦を非常に楽な戦と捉えておりますれば、右衛門督に家督を継がせる前に戦功を挙げさせ、家中の信頼を得させようという左京大夫の目論見かと存じまする」


「致し方ないことではありまするが、その油断が命取りになると左京大夫に教えてやらねばなりませぬな」


六角の思惑を聞いて、不敵な笑みを浮かべながらそう言うのは浅井巖應だ。六角義賢への敵意と憎悪は並々ならぬものがあるに違いない。


「我らは兵数的に圧倒的に不利にございます故、そう考えるのが至極真っ当かと存じます。元主家であり、今もなお寺倉家に好意的な蒲生下野守殿でさえ、小勢力に過ぎない寺倉家を潰すのは容易いと考えているはずに存じまする」


「堀殿。おそらく蒲生家の兵は2千の兵には動員されぬでしょうな。我らに手加減したり、万が一にも寝返りされては困ると考えましょう」


「ああ、十兵衛の申すとおりだ。六角は寺倉郷を占領して奪い、浅井家と同じように屈服させたところで、再度臣従させようというのが左京大夫の魂胆だろう。……いや、北近江の大名であった浅井家とは違い、一介の国人領主に過ぎぬ寺倉家など、他の国人衆に対する見せしめのために一族郎党根切りにされるやもしれぬな」


「くっ、正吉郎様。この大倉源四郎が命に代えても根切りなど決して許しませぬぞ!」


この戦で負けは絶対に許されない。負けは滅亡を意味する。俺がこの戦で敗れた場合に寺倉家がどういう扱いを受けるかについて予想をわざと深刻な表情で話すと、血相を変えた大倉久秀が発言する。


「源四郎の意気や良し。だが、根切りなどさせぬためにこれまで冬の間に念入りな策を講じてきたのだ。此度の戦は如何に正面から戦うことなく、六角軍を撃退するかだ。道中で奇襲を仕掛け、徹底的に敵の戦意を削ぐのだ。皆、良いな」


「「「ははっ!」」」


その後の評定では、光秀から今回の戦の作戦が詳細に説明され、寺倉郷では陣中指揮官の大倉久秀と寺倉郷代官の初田秀勝、そして籠城戦に強い堀秀基の3人が中心となって兵を率いて戦うこととなった。


そして5月10日、ついに六角義治率いる2千の兵が寺倉郷へ侵攻を始めたとの報せが届いた。




◇◇◇



角井峠を越えて寺倉郷へ続く山中の街道を進む六角軍。初めて大将として2千の兵を率いる六角右衛門督義治は、一糸乱れぬ行軍を見せる六角軍を余裕に満ち溢れた表情で馬上から見つめ、気分は高揚していた。


(寺倉正吉郎よ。気の毒だが、俺が六角家の次期当主となるための見せしめとなってもらうぞ!)


前日に父・義賢から今年中に六角家の家督を継がせると告げられたとおり、義治は今回の戦を"生意気にも六角家に反旗を翻した目障りな国人領主を叩き潰すだけの楽な戦"であり、武功を挙げて名実共に六角家当主の座に就くのだと確信していた。


昼過ぎには六角軍は寺倉郷の南の街道にある関所とも言えるような小さな砦に到着した。しかし、砦には守備兵の姿は見えず、異様な静寂に包まれていた。


「……何だ? 小さいとは言え、砦のはずだろう? 人が隠れておる気配もないな」


15歳と若年ではあるが、さすがに義治も疑念を抱かざるを得ない。本来そこにいるはずの守備兵が一人もいないのだ。本来ならば、最前線の砦は何としても守備すべきところだ。これほど違和感を与えるものはない。


「斯様な小さな砦で戦っても無駄だと、町に引き籠っておるのでしょう。よもや恐れをなして、戦わずして降伏するはずもないかと存じまする」


「寺倉は寡兵故に、分散させずに一つ所に兵を集めたという訳か。奇襲とは言え、さすがは寡兵で鎌刃城を落とした奴だ。暗愚な男ではないようだな」


副将兼お目付役として六角義治の横で馬の轡を並べて進む「六角六宿老」の一人、平井定武が義治の呟きにそう具申すると、正吉郎の"神童"という評判を知らない義治は、不敵に口角を吊り上げた。


六角家が商人の町として栄える寺倉郷を接収した暁には、街道の通行を邪魔するだけの砦は不要なため、定武は敵の罠かと疑いつつも、兵たちに砦を焼き払うよう義治に進言する。四半刻後に砦の焼け跡を確認すると、六角軍は北に向けて整然と進軍を再開した。

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