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六芒星が頂に~星天に掲げよ! 二つ剣ノ銀杏紋~  作者: 嶋森航
天下布武の黎明

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繁盛の近松屋と狼

一月も中旬に差し掛かると、吹雪の日も多くなった。


夜の気温も急激に下がる日が続いている。これまでこの程度の寒さは、元々体の上に薄い浴衣を掛けて寝ていたこの時代の人間にとってはごく当たり前のことで、皆慣れたものであった。


とはいえ、今年から布団を導入して寝るようになっていた。寒さは殆ど感じることなく、寝心地の良い夜間を過ごせていた。市も俺もこれなしでは眠れない程になっており、俺自身領外に出た時が不安にさえなっている。


試作として庶民向けに安価な布団を売り出した。第一弾で新作ということで、庶民にはかなり高価な値段をつけての販売だった。しかし、これが驚くほど早く売り切れた。慣れていると言いつつも、冬の極寒をどうにかして凌ぎたいという考えが、心の奥底には常にあったのだろう。


一番安価なものでは水鳥の羽毛を2割、鶏の羽毛を8割の合成で、やはり俺たちが使っている布団とは何もかもが段違いだったが、それでも従来の夜着に比べれば何百倍も暖かいものだ。誰もが喉から手が出るほど欲しいと言うに違いない。


水鳥の羽毛の割合が多いものはより高価な値をつけていたが、これもすぐに売り切れている。羽振りのいい商人で布団を手に入れることができなかった者には10倍出すから作ってくれ!と直談判しに来た者もいた。


昨年から木原十蔵と慶松平次郎を正式に雇い入れ商業組合を結成していた。


不正ができないよう、西尾藤次郎を加えた三人が相互に監視ができる体制を作り頂点に置いた。そして寺倉家直営の巨大な商店を松原湊の一等地に出店し、その経営も一任することにした。


名前は近松屋。「近江の松原」からこの名がついた。


直談判しに来た者には相場の数十倍の値を吹っかけ、購入の予約を取り付けたこともあったという。豪商は金の使い方が豪快だが、それ以上に商人の気質に身震いがした。需要が高いとそれを好機と見て法外とも言える値段を吹っかける。恐ろしいことこの上ない。


平次郎は俺の側近だった藤次郎と寺倉家のお得意様だった十蔵をライバル視しているようだが、それが良い相乗効果を生み出し互いに切磋琢磨しているようだ。この調子なら不正などが起こることはなく、健全な運営がこの先も続いていくことだろう。


軍事面では、大雪で身動きが取れない日以外は、田植え以降の戦に備え虎高と政長に命じて、訓練をし兵の強化を図った。


これまでは格上との戦ばかりで、真正面からの衝突を避け奇策に手を出さざるを得なかった。しかし、目賀田は今の寺倉からすれば格下だ。勿論油断をすることは一切ない。だが、兵数でこちらが優っているとなれば、相手が油断することはよほど暗愚でない限りまずない。奇襲で倒すことはより困難になってくるわけだ。目賀田貞政は元六角六宿老の一人だ。会ったことはないが、かなり手強い相手だとすぐに推測ができる。


必然的に真正面から戦う以外なくなる。だが、それでは無駄に多くの兵の命を散らすだけになる。そうならないためにも、虎高と政長の手腕を期待し、最小限の犠牲に抑えるための戦法を俺の口から詳細に伝授し、兵の統制を任せることにした。



◇◇◇



「正吉郎様、最近近隣の村々で狼が畑の作物を荒らしたり、人間に危害を加えたりするとの苦情が相次いでおります。どう致しましょうか」


ある日、巖應から相談があった。狼が村を襲うなど現代では考えられないことだ。それは当然のことで、そもそも現代の日本では狼は絶滅して存在しないのだ。おそらくここで言う狼はニホンオオカミのことだろう。


「ふむ、狼か」


狼は害獣として見なされているが、積極的に狩られているわけではない。寺倉家は猟師を雇い、害獣の駆除、捕獲を命じているが、その大部分は猪になっている。理由は猪の方が金になるからだ。捕獲して寺倉家に渡せば庶民としては破格の報酬が手に入る。一方狼は大して金にならず、労力の無駄だと考えられつつあるのだ。勿論雇われの身であるが故、見つけたら狩るのが絶対とはなっているが、猪はそれとは違いむしろ見つけたら喜ばれるほどになっているのだという。


領内でウリ坊から育て、人間を襲わないよう調教しており、食料としての安定供給も可能になりつつあるが、狩るのなら狼よりも猪、というような偏ったものになってしまうのも良くない。


その結果猪ばかりに気を取られる猟師の目を簡単にかいくぐり、冬場で餌を求めた狼が村へと出てくることが増えているのだろう。だが、それをむやみに殺すのもまずいだろう。狼は未来では絶滅の運命にある。それを対策せずそのまま放置というのも偲びない。何か有効活用はできないだろうか。


大人のままではとてもじゃないが凶暴で手に負えないだろう。


ーー子供なら。


猪の時に似たそんな考えが頭を過る。


「狼の子供を調教してこちらの戦力にできないだろうか?」


「と申しますと?」


「狼の凶暴さは当然理解しておろうが、その凶暴さを我らの思うようにできれば戦での戦力になり得る、ということだ。狼は人間と比べても遥かに素早くもある。戦場でも有効に利用できると考えた」


時間はかかるだろうが、狼の子供を躾ければ狼の部隊まで編成できるかもしれない。ものは試しだ。大人になって村を襲われるよりも断然良い。


「なるほど、目から鱗とはこのことですな。そのようなことを考えつくとは驚き申しました」


その言葉を表すように、巖應は目を丸くしている。


「猟師には猪だけでなく狼も平等に狩るように触れを出せ。狼の“親子”を同時に捕獲し、連れてきた者には猪以上の報酬を与える、と。尚、子供の狼が生きている場合に限り、大人の方は自由にせよと追記しろ」


親だけ連れてきても意味がない。これまでは両方が一緒にいた場合はどちらも殺していたようだが、親を失った子供の狼を放っておけば逆に人間に恨みを持ち、襲う可能性も十分に考えられる。子供の狼は大人よりも金にならないからだ。金にならないから子供は逃す、ということもあったはずだ。


捕まえるならば幼ければ幼い程よいが、現時点でそこを選り好みするつもりはない。


生まれたばかりならば復讐心が芽生える可能性は極めて低いと言える。これは人間にも言えることだ。オムツが取れないくらいの時に親を亡くしたとしても、子供が覚えていないことも珍しくないだろう。


「はっ」


巖應は頭を垂れて返事をした。内政担当官として悩んでいたのだろう。これで問題が減れば良いのだが。


猟師はこの触れをきっかけに狼も猪も満遍なく狩るようになり、村への襲撃も少しずつ減少し始めたのだという。


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