プロローグ
「さて、ここに集いし皆様は私とは義兄弟の関係にあります。そこで、あの「三国志」の「桃園の誓い」のように、織田三郎殿を長兄とし、私が次弟、半兵衛が三弟、新九郎が四弟という義兄弟の契りを交わしましょうぞ」
美濃国・岐阜城。俺はその大広間に車座の形で三家の当主と共に座していた。織田家、竹中家、浅井家は共に背中を預ける関係として、同盟を締結した。寺倉家と三家は、いずれも婚姻という強固な同盟関係を持っている。その深い関係が橋渡しとなり、晴れてこの日、緊密な協力関係を築くに至ったのである。
半兵衛が小姓に酒と杯を4つ持ってこさせると、酒を注いで杯を掲げた。長兄である信長の音頭で、誓いの言葉が発せられる。
「我ら4人、生まれし日、時は違えども兄弟の契りを結びしからは、」
「心を同じくして助け合い、戦乱の世を治め、困窮する者たちを救わんと誓う。」
「同年、同月、同日に生まれることを得ずとも、」
「同年、同月、同日に死せん事を願わん」
そして、次弟、三弟、四弟の順に言葉をつなげていくと、揃って杯を飲み干した。
その口元には自然と笑みが綻んでいた。この強固な同盟関係があれば、天下泰平も本当に夢ではなくなる。俺は人生の転機となったあの日を振り返り、今までの道のりを振り返った。自然と涙が出てくるのは、かけがえのない義兄弟を得たからなのか、それともこれまでの波乱に満ちた人生を思い起こし、改めてその過酷さを身に染みて感じたからだろうか。
どちらでもいい、そう思えたのは、信長が浮かべる柔らかい表情が目に映ったからであった。天下泰平を共に志す同盟者、そして同じ価値観を有する仲間を得た信長は、これまで以上に頼りになることは間違いない。率直にそう感じた。
この日、寺倉家、織田家、竹中家、浅井家の四家の若い当主は義兄弟の契りを交わした。天下泰平を志したこの「蓮華の誓い」は三国志の桃園の誓いを模したものだが、この誓約は新たな門出を迎えると同時に、順風満帆とは程遠かった半生を振り返らせるに至る。
俺の波乱万丈な人生が始まったのは、思い返せばこの日の様に風光明媚な山桜が咲き誇る日であった。