第1話:75億人が強制異世界転移
それは、突然のことであった。
赤と白を織り交ぜたような色彩の巨大な光の柱が、校舎全体を覆うように降りそそいだのである。
いや、校舎だけではなかった。少なくとも窓からみえる地域全てに光が落ちてきていた。
誰が見ても異常事態であると明言できるそれに対し、俺はいち早く行動を開始した。
俺の名前は唐沢亮。成績は結構上位に位置していて、スポーツもそこそこできる。
周りの人の評価を総合すれば、顔は、普通とイケメンの間くらいと言ったところか。
ここは、○×高校二年F組の教室だ。廊下にでて少し進むとE組の教室がある。
E組には、この世で一番信頼していて、最も大切な、それこそ俺の命と同じくらい大事な人がいる。
何が起きたのかと動揺しながら窓の外を見つめているクラスメイト達の横を通り抜け、教室のドアを開けて廊下に出る。それとほぼ同時に、E組の教室のドアが勢いよく開き、一人の女子生徒がこちらに向かって走ってきた。彼女こそ、俺にとって命ほどに大切な人、佐川真奈である。
「亮、何が起きてるんだろう?」
不安そうにしながらも、心を落ち着かせ、周りの様子を観察しながら俺に話しかけてきた。
「俺にもわからない。」
そう答えたちょうどそのとき、さらに強まった光が、校舎内の人間一人一人にむかって、不自然な曲がり方をしながら入り込んできた。
瞬時に危機を悟り、真奈に手を伸ばす。
同時に真奈も、こちらに向かって右手を伸ばし、手をつなぎ合った。
そして、体全体が浮かび上がるような不思議な感覚に包まれたかと思うと、視界が白と赤で埋め尽くされ、そのまま意識を失った。
何時間たったのだろうか。目を覚ますと、俺は真っ黒な部屋にいた。
手元にはぼんやりと白く光る宝石のようなものがあり、それをかざしながら周りを見ると、後ろに真奈が倒れていた。真奈は小さなうめき声を上げ、こちらに顔を向けた。どうやらほぼ同時に起きたらしい。
「・・・亮?」ゆっくりと目を開けて何回か瞬きをし、こちらを見ながら言った。
「ここは・・・?」
「なんかの部屋みたいだな、床も壁も全部真っ黒で、見たこともない素材で出来てる。」
「ほんとだ。それにこの石もとても不思議。」
真奈も、ぼんやり光る石を持っており、俺のとは違い、緑色の光を発していた。
ただし異なるのは光の色だけで、二つとも全く同じ形をしている。
このような異常事態であるにも関わらず、俺たちは落ち着いていた。
もし、近くに真奈の姿が見当たらなかったら、心の底から心配し、取り乱していただろう。
だが、今までも、二人がそろえばほとんどのことは出来たし、困難も乗り越えられた。
その自信が、非常時でも慌てることなく、次の行動を考える余裕に結びついている。
様々な可能性を二人で話し合った。
みたこともない不思議な光や、謎の黒い部屋は、地球の常識では説明できない。かといって、夢にしては感覚がリアル過ぎる。突拍子もない話だが、ここは異世界なのではないだろうか。
実際、ありえないことが起こっているのだ。その可能性を考えるのも不自然ではない。だとすると、まずは生きるためにどうすればいいのか考えなければならない。
先ほど気付いたのだが、二人とも食欲が完全に消え去っていて、‘食べる必要がない’ことがなぜか本能的に理解できた。それは不思議ではあるが、黒い部屋からの脱出を慌てる必要がないことはありがたい。
そして、目が覚めてからというもの、体がほんわりと温かく、優しいマッサージを全身にされているような快感が常にあり、眠気も襲ってきていた。それは真奈も同じらしい。しかし眠っているわけにはいかない。いちはやく現在の状況を知る必要があるからだ。お互いに声を掛け合い、何とか眠気を振り払う。
とりあえず、黒い部屋の床や壁をくまなく調べてみることにした。くまなく調べると言っても、その黒い部屋の大きさは小学校の体育館ほどもあり、天井の高さも10メートルを超えている。
そこまでいくともはや部屋ではなく建物というべきなのだろうが、周りの全てが黒く、こちらにせまってきているような感覚がして、なぜか普通の教室くらいのサイズに感じてしまうのだ。
手の届く範囲をすこしずつ照らしながら観察していった。
しばらくすると、黒い壁が一部だけ、微妙に茶色っぽくなっているのを見つけた。
ちょうど壁の真ん中あたりだろうか。
他の壁も見てみると、他の2カ所の壁にそのような茶色い部分があった。
そのうちの一つをそっと手で押してみると、少しずつへこんでいき、くぼみができあがった。
それをみた真奈が、
「あ、この形は・・・。」そういって、手に持っている光る石をある角度で近づけた。
すると、光る石は壁に吸い付くように引き寄せられ、ぴったりとはめ込まれた。
彼女はとても賢く、柔軟な発想力を持っている。
二人とも頭をつかうことが好きで、高難度のパズルをいくつも解いて遊んだものだ。
これだけ聞くととても簡単な作業に聞こえるが、難易度は相当高いと思う。
そもそもくぼみを発見することが難しい。
また、俺たちが持っている光る石は、いびつな形をしていて、いろんな角度から眺めてよく見比べなければ、これがくぼみにちょうどはまるとは気付かないだろう。
「さすがだな。」俺が言うと、
「同時に亮も気付いてたじゃん。」と真奈が返す。
そのとき、部屋に透き通るような声が響き渡った。
「ごきげんよう、人間。僕は君たちが言うところの神様。この世界はね、真っ平らな世界。名前は・・・特につけてないや。そんなことより、今から人間達には、殺し合いをしてもらいまーす。ゲーム感覚で楽しめるようになってるから、そんなに不安がる必要はないよ。というわけで、さっそく、この世界についての説明に移るね。」
普通なら、急に聞こえた声に戸惑い、内容の意味不明さにパニックになるだろうが、二人は集中して聞いていた。どんなものであれ、この状況で得られる情報には価値があると二人は理解していたのだ。
また、石をはめ込んだことによって話し声が聞こえ始めたということは、それが何らかのスイッチだったという可能性が高く、この声は一度しか聞けないかもしれない。だから聞き逃すことはできない。
再度、黒い部屋全体に声が響きわたる。
「まず、こんな世界を作った理由を説明するね。それは、地球のことを放っておきすぎたせいで、人間が好き勝手しまくっているからだよ。これじゃあ、もうじき地球が壊れちゃう。地球が壊れると僕も死んじゃうから困るんだ。本当は人間を消してしまいたいんだけどね、ぼくは生き物を直接殺すことが出来ないのさ。
ぼくに出来るのは、新しい世界を作って平等なルールを用いてコントロールすることだけ。まあこの世界を作るとき、他の神の力を借りることになっちゃったんだけどね。
あ、そうそう、さすがに9歳以下の子供はこっちには呼んでないよ。それと、66歳以上の人は、65歳まで若返らせておいたよ。まあ、正確に言うと、65歳の時の記憶をもとに、体のモデルを作成してそこに魂を入れただけなんだけどね。
だけどそれは、他の人も同じだよ。今もみんなの本物の体は、地球で眠ってるんだ。タイムカプセルに入れられてね。
あと、ここからは朗報だよ。新たにみんなに与えた体には、いろんな機能がついてるんだ。
その一つとして、その肉体は永遠に年をとることがないよ。さらにね、みんなの病気やケガも治ってるはずだよ。感謝してね~。
さてと、それじゃ、この世界でやってもらうゲームのルール説明を始めるね。」
そうしてそこからさらに長い説明が始まり、1時間ほど続いた。二人は一言一句聞き逃さないように耳を傾けた。魔法やスキル、魔物などの地球ではあり得ないものについて、複雑なルールを次々と語られ、やっと説明が終わった。にわかには信じられないような内容だったが、二人の理解をまとめると次のようになる。