テンプレ異世界召喚されたらどうなった、こうなった。
私がテンプレを書こうとするとこうなった。
■テンプレ1:死にかけからの異世界召喚
「だから!顕さんに近付かないでって言ってるのよ、このグズ女!」
ドン、と肩を強く押される。
小さな体はそれだけで、バランスを崩して非常階段の踊り場から下へ ──── 鉄製の階段の上で一度大きくバウンドし、コンクリートの地面へと落ちていく。
(あぁ、月が綺麗だなぁ)
落ちていく彼女の視界には、顔を青くして踊り場に蹲る同僚も、そんな彼女の半歩後ろで「誰か!」と叫ぶ後輩もない。
見えるのは、ぽっかりと夜空に浮かぶ、気分がいい時の猫の目のような細い三日月。
『顕さん』というのは職場における彼女、【高遠 玲】の指導係で先輩にあたる。
決して誤解されるような関係性ではないし、第一彼には他に想う人がいるのだが……【顕】と【玲】という同じ読み方の名前がきっかけとなり、彼はよく玲を気にかけてくれるようになった。
ただ、それだけだったのに。
(浅墓だな……こんなことで人生捨てなくても良かったのに)
などと考えていたその時
「えっ、な、なに!?なんなの?」
「きゃあっ!眩しい!!」
スローモーションのように遠ざかっていく階段の上階から溢れ出した眩い光が、宙に体を投げ出されて暫く経つはずの玲を飲み込み
そして、一度意識はホワイトアウト。
■テンプレ2:聖女は一人、呼ばれたのは複数
(うーん、眩しい……あれから、どうなったんだっけ……)
死んだのかな?と冷静に考えられる段階で、まだ死んではいない。
意識が戻ってくると同時に体のあちこちから鈍い痛みが襲ってきて、あぁ階段に叩きつけられたんだっけとぼんやり記憶が蘇ってくる。
と同時に、すぐ近くで女性が二人言い争う声が聞こえ、なんだか聞き覚えのある声だなと癖で首を傾げようとしたところで
「ほらっ!今頭が動いたでしょ!?ちゃんと生きてるんだから、付いてなくても大丈夫よ!」
「でも、貴方は心が痛まないんですか!?先輩がなんで怪我したのか、どうしてまだ起きられないのか、とか気にならないんですか!こんな状態の先輩、一人置いておけるはずないでしょう!?」
「うっるさいわねぇ……でも、こっちの偉い人達が説明してくれるって言ってるんだから、あたし達が行かないのは失礼にあたるじゃないの。……でもまぁ、どうしても嫌だって言うならあたし一人で行くわ。だって、あの時光はあたしの下から出てきたんだもの。ということは、呼ばれた【聖女】はあたしだってことだわ」
(なるほど。なんとなく事情がわかってきたかも。信じたくないけど、異世界召喚かぁ……)
あの時の眩しい光は、異世界から【聖女】を呼ぶためのもの。
呼ばれたのは恐らく一人、だけど現れたのは三人。しかも一人は重体で動かない。
ひとまず事情を説明するからとこの場を離れようとしたところで、心優しい後輩が「先輩を置いていけない」と言い出した。
と、それに対して同僚が「なら自分だけで行く」と主張している、ということらしい。
行っていいよ、と言ってあげたくてもまだ体も口も動かせない。
だが後輩までここに残らせてしまうのは、同僚の【あたしが聖女】という主張を裏付けてしまいそうでそれはそれで嫌だ。
さてどうしたものかと思っていたら、先を行きかけていた異世界人(らしき人)がくるりと振り向いて、「マクスウェル」と呼びかけた。
「はい」と答えた声は彼らとは反対方向……つまりこの場の後片付けか、もしくは警備か、後に残る側だと思われる。
(うん、ちょっと年は上そうだけどいい声だな……)
と、そんなことをつらつらと考えていたら、いきなり胸のあたりがぽわんと温かくなった。
まるで温熱療法で治療されているような、ポカポカとして、ゆるりと全身が暖められていくような。
じくじくと痛んでいた体が、温かな膜のようなものに包まれていくような。
あったかい、と頬が少し緩んだのがわかったのか、体を包む熱はそのままに突然ふわりと持ち上げられたのがわかった。
「お二方とも、ご心配なく。この娘は医局へと連れて行かせます。意識が戻り次第、彼女にも事情をお話し致します故、先にお二方は殿下のお話をお聞きください」
別の、少し年配っぽい男性の声でそう諭された二人は、言い争うのをやめてそれに従ったようだ。
一人は「ほらごらんなさい!」というように足音高く、一人は恐らくまだためらっているのかゆっくりと。
二人を含めたその場の全員が立ち去ったところで、『マクスウェル』と呼ばれた男性がくすりと小さく笑う気配がした。
「もう目覚めて大丈夫だよ。小さなお嬢さん」
(小さな、は余計なんだけど。……でもまぁ、さすがに気づかれてたか)
■テンプレ3:魔物と魔法
この国は今、魔物の侵略におびえているらしい。
この国だけじゃない、大陸中にある各国が魔物の被害を受け怯えながら暮らしているという。
その魔物を指揮しているというのが凄まじい力を持った魔族。
魔物を倒すまでは騎士団や軍でもできる、だが魔族を倒すには伝説級の力を持つ聖女の力を借りなければ難しいらしく、魔法の力に優れたこの国が聖女の召喚を試みたというのが召喚の簡単な経緯なのだそうだ。
というのは、連れて行かれた医局でマクスウェル……見た目40半ばほどの男性が話してくれた内容である。
彼は治癒魔法を使えるため有事の際にはこの医局の手伝いをすることもあるが、普段は文官として山のような書類をさばいたり、各部署の調整であちこちに出向いたりしているとのことだ。
「呼ばれた聖女は一人、だけど来たのは三人。当然他の二人は巻き込まれただけ、ということですよね?」
「そうとは限らない。魔族を倒すなんて大仕事、女性一人の肩に背負えるはずもないだろうから、もしかすると三人とも聖女という可能性だってある」
少なくとも、君にも魔力は備わっているようだしね。
そう言って笑う男性を見上げながら、どうしてわかったのかと少しだけ考えて、あぁそうかと思い至る。
さっき彼女の体を癒やした時、その魔力とやらに触れてしまったのだろう。
(相性のいい魔力は混ざり合う、相性が悪いと反発し合う、だっけ)
治癒魔法をかけてすぐに治る患者と、中々治らない患者がいるのはその所為なのだと確か彼がそう言っていた。
あれだけのダメージを負っていたにも関わらず、今の彼女は普通に手足を動かせるまでに回復している。
つまり彼女と彼の魔力相性は悪くない、どころか良い方だと言えるだろう。
だが彼女にしてみれば、勝手に知らない間に自分の内部に触れられたようなものなのだから、正直面白くない。
己の、同僚に比べれば凹凸の殆どない体を軽く抱きしめるようにして、「軽々しく魔力に触れないでください、エッチ」と言えば、彼はキョトンとして「エッチ、とはなんだ?」と聞いてくる。
「不埒、という言葉で通じますか?」
「ふら、っ…………その、よくわからないが、すまなかった?」
「なんで疑問形なのかわかりませんが」
まぁいいでしょう、と言うと男性は「勘弁してくれ」とガックリ項垂れた。
■テンプレ4:巻き込まれ召喚=役立たず?
そのまま医局でまったり話し込んでいると、先程あの二人と一緒に『殿下の事情説明』とやらに同席したらしい騎士の一人が、慌てたように駆け込んできてマクスウェルに何事かを耳打ちしていった。
(うーん?もしかして聖女がどちらかわかった、かな?)
ちらりと、最後に玲を見て頭を下げていったその騎士は、可哀想な子を見るような目だった気がする。
正直そこまで憐れまれる年でもないのだが、その視線の意味するものが『聖女が分かった』ということなら事情も読めてくる。
「それで、どちらだったのですか?」
「……どうして、」
「否定しないってことはそういうことでしょう?どちらですか?」
ずい、と詰め寄るようにして尋ねると、マクスウェルは困ったように体を反らせて眉根を寄せてから、渋々重い口を開いた。
当事者である以上、知らせないわけにはいかないと思ったからだろう。
「…………マリン、と名乗った女性の方だった、と」
(そう、やっぱりね)
アレだけ自信たっぷりに自分が召喚されたんだ、だから自分が聖女なんだと主張していた同僚……【樋口 蘭子】には悪いが、玲はなんとなく後輩……【七瀬 真凜】が聖女だとわかっていた。
物語やゲームなどでも大体そうなのだ、美人で高飛車な女性は悪役令嬢、控えめでひたむきな可愛らしい女性はヒロイン、そしてその周囲を取り巻く【殿下】を始めとする美形の男達。
(うん、そう考えるとなんだか乙女ゲームの世界っぽい……)
彼女がヒロインポジションで【聖女】なのだとしたら、蘭子はライバルポジションだろうか。
そして玲は…………ただ巻き込まれただけの一般人、モブの可能性が高い。
(役立たずは、養ってもらえない。かと言って全く価値観の違う世界で働きたいと言ったところで……)
せめて、元の世界に戻せると保証してもらえるなら。
そう思ったが彼女はあっさりそれを否定した。
戻ったところで、あのままだと彼女はコンクリートの地面へダイブ中……つまり転落死を迎えるパターンである。
わざわざ死にに戻りたい人など、そうはいないだろう。
ならどうする?どうやって、なんの価値もないモブはこの世界で生き残ればいい?
難しい顔をして考え込んだ玲に、マクスウェルが見かねて声をかけようとした時
「お二人とも。陛下がお呼びです。支度を整えて謁見の間までおいでください」
先程とは違う騎士が扉越しにそう声をかけてきたと同時、何やら布をたくさん持ったメイドらしき女性達が数人、部屋になだれ込んできた。
■テンプレ5:イケメン+世話焼き=恋?
国王の話は至極簡単だった。
召喚された聖女は【マリン】、彼女は王家で保護することになり神官長や魔術師長らによって教育されることとなるが、巻き込まれたらしい他の二人が肩身の狭い思いをしないように後見人をつけるという。
そして希望するなら相応しい教育指導者をつける、という確約もしてくれた。
異世界人を呼んでおいて、いらないから出て行けと放り出すほど無慈悲ではない……と国内にアピールしたいがためだろうな、と言葉の割には冷めた表情の国王を見ながら玲はそう考えていた。
蘭子の後見についたのは、若き騎士団長。
そして玲の後見には、人の良さそうな文官の青年が名乗りを上げた。
どうして何のメリットもない後見を引き受けたのかと後で聞くと、彼は「うちは野心がないから」と笑っていた。
彼の名は、ユーリス・セレイア。
よくよく見ると顔立ちの整った正統派イケメン顔だったが、蘭子の好みから外れていたようで、彼女から何か言われることがなかったのが幸いだった。
そこから先、玲はセレイア家に居を移してまずは片っ端から本を読み漁った。
巻き込まれた立場ではあったが言葉も文字も理解できたのが良かった、元来本の虫である彼女はグングンと知識をつけていき、わからないところは現役文官であるユーリスに聞いたりしながら、この世界のことを学んでいった。
「そこまで頑張る必要なんてないのに」
「いいえ。お世話になっている以上、何かお返しをするのが当然です。……こんなことがお返しになるかどうかはわかりませんが」
次に、彼女は父ともども王宮に仕官しているユーリスの代わりに、邸の細々とした決裁書類の整理や仕分けをやらせてもらった。
それが終わると今度は、ユーリスが抱えている仕事の手伝いを。
片手間に薬草畑を見て歩き、庭師にいらないからと捨てられかけていた薬草を貰って混ぜ合わせ、事典に載っていたような薬を作ったりもした。
(ランさんは武力チート、マリンちゃんは聖女、だから私も何か持ってるかもと思ったけど)
知識を司る精霊の加護があり、錬金術師の才能がある。
そう言われた時は、少しでも役に立てる能力があって良かったと正直そう思った。
ユーリスも協力してくれる、だからこれからもどうにかやっていけるだろう、と。
そんなことをしているうちに日々は過ぎ
「んーっと……魅了解除というより精神干渉系を無効化するアイテムの方が良くない?」
「え、もしかして作れるの?」
「できなくもないけど」
「それを早く言いなさいよ、このおバカ!」
「えー」
あれだけ折り合いが悪かった蘭子……ここでは【ラン】と名乗っている彼女とも、普通に話をすることができるようになった。
マリンとはなにかとすれ違ってばかりであまり会えないが、会えばランも含めて三人で近況報告をしあうこともある。
「そういえばマリンだけど」
「ん?」
「最近、ユーリス様とよく一緒にいるようね。どういうつもりかしら?」
「ユーリス様と?」
はて、と玲は首を傾げた。
聖女であるマリンはどちらかと言えば神官や魔術師と行動を共にすることが多く、文官であるユーリスとは接点がないという話を以前聞いたことがある。
それとは別に親交を深めているということか、それとも何か接点があってのことか。
(まぁ別に、ユーリス様の勝手ではあるんだけど)
ツキン、と胸が痛む。
その理由もわかっている、だからこそ玲はランに礼を言ってふらりと王宮の文官達が詰めている執務棟へと歩き出した。
その行動を後悔するのは、ほんの5分後のこと。
(あぁ、うん…………お似合い、だな……)
寄り添うようにして立つ、ユーリスとマリン。
穏やかな雰囲気のユーリスに、健気でひたむきに頑張るマリンの姿が酷くしっくりと似合っている。
二人が互いに見交わす視線がどこか熱いように感じられるのは、きっと気の所為ではないのだろう。
知らず、玲の頬が熱い何かで濡れていた。
■テンプレ6:逃した魚は大きかった
「ちょっと、これどういうこと!?ちゃんと説明してくださいな、ユーリス様!」
バンッ、といつになく激怒した様子でランがデスクに叩きつけたのは、一枚のメモ用紙。
それはいつも玲がポケットに入れていた手帳から切り取ったもので、紙には『日本語』で走り書きがされてある。
もしメイドや騎士などといった者がこれを見たなら、ゴミだと判断して捨てられかねない……だがランやマリンが見れば明らかに彼女のものだとわかる、そういう相手を試すような手段に出るなど全くもって玲らしくない。
ランに途中で出会って無理やり引っ張って来られたマリンも、その走り書きを読んで顔を青ざめさせる。
ユーリスと、そして直前まで彼と話をしていたらしい彼の父セレイア卿、そして何事かと駆けつけた騎士や王太子殿下の前で、ランは憤りさめやらぬままにそのメモを読み上げた。
「『役立たずの私をこれまで置いていただきありがとうございました。お荷物は出ていきます、万が一にも探そうとしないでください。迷惑です』…………ねぇ、ユーリス様?これは一体どういうことかしら?彼女のこと、まさかお荷物だ役立たずだって虐待してたんじゃないでしょうね!?」
「父上……まさか」
「ああ。聞かれていたようだな」
「なんですって!?」
小一時間前のこと。
この執務室を訪れたセレイア卿は、どうやら聖女とただならぬ関係にあるらしいと噂の息子をまずは賞賛し、そしてこともあろうに玲の後見を打ち切ろうと言い出した。
『多少薬学は修めたようだが、聖女に比べれば見劣りする。あんな役立たずにいつまでもいられては、お前も聖女様をお迎えできないだろう?なぁに、心配するな。あのお荷物は適当にどこかの家に引き取らせるさ』
玲は恐らく、それを偶然聞いてしまった。
そして邪魔になるならと見切りをつけて、しかし言われ方に腹が立っていたのかこんな仕掛けまでして、あっさりとあの家を出ていってしまったのだろう。
「セレイア卿……実に残念だ。父上よりあの娘の後見を託された身でありながら、あのような暴言……探すなと書かれていたということは、相当酷い傷を負っているに違いない。これは父上に報告して、会議にかけてもらう。沙汰があるまで、息子ともども謹慎を申し付けるのでさっさと出て行け」
王太子の言葉に、反論もできずに執務室を出ていくセレイア卿とユーリス。
マリンはその背中を痛ましげに見送っていたが、掛ける言葉もないのかグッと唇を噛んでいる。
「どこに行ったってのよ……バカ」
ランはただ、寂しげに窓の外を見つめるしかできなかった。
と、その頃
「やあ。こんなところで何をしているのかな、お嬢さん?」
「…………マクスウェル様こそ、こんな国境近くで何を?」
「そうだな、逃げた子ウサギを捕まえに、かな?」
ニコニコ、と上品に微笑むマクスウェルはそう言って玲に向かって手を差し出した。
「人嫌いで有名な知識の精霊に愛され、錬金の才まで与えられて、元やり手政治家のご老体とも話が弾む、そんな逸材をあの国はあっさり手放してくれたからね。是非うちの国へ来てもらおうと思って」
どうだろう?と軽く首を傾げるマクスウェルとは鏡写しに、玲も首を傾げる。
「条件次第ですけど?」
「衣食住は完全保証」
「心が動きません」
「美形の従者もつけよう」
「面倒です」
「世界最大級の図書館を無料開放しようか」
「お世話になります」
図書館、と聞いた途端に力強い握手。
顔には笑みまで浮かんでいる。
やれやれこの子は、とマクスウェルは愉しげに瞳を細めた。
「君は、珍しい本であっさり誘拐されてくれそうだな」
「魔導書クラスじゃなきゃ、靡きませんよ?」
「探しておこう」
「何故」
「君を誘惑したいから、かな?」
目眩をするほどの大人の色気を振りまきながらのその言葉に、失恋したばかりのはずの玲も思わず頬を染めて。
「…………楽しみに、してます」
俯き気味にそう呟かれた言葉に、美貌の魔族は声を上げて笑った。
きっとこの後魔族の国の立て直しやら内政やらやらかして、元の国と貿易協定なんか結んじゃったりして、ランさんと仲良くお出かけしたりする。
マリンちゃんはユーリスと結ばれないで、多分王家に取り込まれるパターン。