あの店は男が美人に見える薬でも漂ってるのか?
「美人は大切にしろよ」
闇医者アヴィリオ・ガナーシュは狭い裏路地で唐突に思い出した。
何故だかは分からないが特に意味もないだろう
そんな思いを胸に愁いを帯びた赤い目を血走らせ、汚れた裏路地には似合わない白衣を翻し 裏路地に構えられた一軒の店を見た。
「ここかな…予想してたよりか小さい…」
アヴィリオはそうつぶやいて手元のメモを見た 間違いなく店の場所も名前も一致する
[薬草と薬の店 レオ]
定休日も何も書かれていない看板を一目 最後にもう一度手持ちのメモと地図を直視し アヴィリオは堂々とした風貌で店に足を踏み入れた。
涼やかなベルの音と軋む古い木製のドアの音が混ざる
日のよくあたる内装に所狭しと並べられた鉢植えに入った薬草類はよい育て方をしているのか元気がいい。
少し薬草を眺めていると唐突に隣の部屋から足音が聞こえ 茶色い短髪の少女のような人物が顔を出してきた
美しいショートの茶色の髪に少し小さい背丈 あどけないように見えて鋭い目つきとつややかな唇
肩からきている茶色のジャケットは少し大きいようにも見える
あ、タイプかも そう認識するのにさほど時間はかからなかった。
「いらっしゃい ご用件は?薬草 薬 何でもあるぜ」
「ヘクター・ロッセからご紹介に預かりました アヴィリオ・ガナーシュです」
なかなかの男勝りな少女なのか 口調が男のようであるとアヴィリオは内心そう思ったがそれでもかわいいのは事実
目の保養になるなと思いながら考えていると不意に目の前の少女は何かを思い出したように呟いた。
「ああ、ヘクターのやつが言ってた腕の立つ闇医者か、あいつが褒め称えるくらいの腕前だがずいぶん若いように見えるな」
「はは、ひげの生えたおじ様でなくで申し訳ありません」
「いや、かまわん。どれだけ若かろうが客は客だ 紹介が送れたな 店主のルヴィク・ヴェルディだ
今日は何をお求めだ?」
ほら、といって二枚のリストを唐突に渡される
中身は薬と薬草それぞれがたくさんかかれた商品リストの一覧表であった
恐らく一般用に販売している物と医者専用に売り出しているものだろう 薬品の名称はこういう所でないと手に入らないものばかりである。
「そこに乗ってるやつは基本固定料金だ、1瓶単位で値段を決める。薬草は一本からでも受け付けてるぜ
まぁ少し時間がかかるし値も張るが、オーダーメイドで作ることも可能だ」
「それは助かりますね」
ずいぶんと気前のいい薬屋だと思った それに加えて口調が玉に瑕だが好みお店、通おうか
そう心に誓いながらインクにペンをつけた。
「傷薬と麻酔薬を4瓶ほど それと消毒薬と
それと 火傷に効く薬草の特性薬一瓶 肩に火傷してますよね。塗りますからこれもください」
注文書にペンが走る音に混じり一瞬空気を吸い込む音が聞こえる
「…俺一言も言ってねぇぞ」
「上着が擦れる度に痛そうにしてるの丸わかりです
うっすらとですけど手の甲にも」
「…ありがたいが客がそんなことに気を使うな…別にほっとけば「医者として手当てさせてくれません?出ないとさっきの注文全部キャンセルで」…早くしろよ…」
腑に落ちない表情で代金を受け取り注文書通りの薬を渡し、客の頼みだし 客の頼みだからとルヴィクはうわごとのようにつぶやきながらジャケットを脱いでいく
その後ろではルヴィクに背を向けたアヴィリオが手際よくそばにあった家庭用の医療セットを準備していた
「別に悪いことしてるわけじゃないんだしいいじゃないですか。女性が肌の傷を手当もせず放置なんて医者としても男としても見過ごせない…です…よ…へ?」
唐突に思い出した言葉もあるけどというセリフは唾と一緒に飲み込む
いくら美人でタイプでも無用な詮索をされるのは困る丁度準備も整った
もういいだろうと後ろを振り向いた時アヴィリオの目には先ほどのじゃじゃ馬な少女ではなく、少女に瓜二つ、しかし肩はばは男性のものであり、黒いタンクトップから見えるのは柔らかな肌でもなく硬い筋肉であった
「いや、俺男だし。上着着ていいか?」
数秒間 本人にとっては数分とも感じられる出来事であったように思われるが、明らかに半日以上は放置されただろう肩から腕にかけて覆われる火傷に医者としての自分は即上着を取り上げた
「いやいやいや、これ放置とか嘘だろ嘘だよね!?かなりひどいよ!何日前なの?これ」
「んーたぶん2日前?調合用の湯こぼしてかかった」
「お う きゅ う しょ ち し ろ よ !!!」
ありえない……嘘だろと言いながら慣れた手つきで処置していくアヴィリオにルヴィクは返す言葉も無いのかそれっきり時折痛みで目を細める以外動かなかった
そのおかげか、手当てはスムーズに完了した
皮膚には薬が塗られ 消毒され 包帯を巻かれた
痛々しい後はもう見えないとアヴィリオは胸をなでおろす
「…これでよし…明日また来るから…」
「別にいい「い い わ け な い で しょ う が 」…お節介」
「お節介でもなんでも良いから、今日は安静に!分かった?」
「…おー…すまない、客に手当させるなんて…」
「だから、気にしないでってば」
もー、とうなだれ眼鏡がずり落ちる 慌てて眼鏡を掛け直していると前方からくすくすと笑い声が聞こえてきた
「…何笑ってるのさ…」
「いや、やっぱ敬語無い方が似合ってるぜ、敬語付けてるときむず痒くてさぁ……お前アヴィリオと言ったな」
「……はぁ……そうだけど」
腹を抱えて大笑いするルヴィクを横目にアヴィリオは頭を搔く どうしたものかと考え始めた頃、落ち着いたルヴィクがアヴィリオに向かい合った。
「今回の借りは……そうだな、俺の事を女と間違えた失礼な態度でチャラにしてくれ ま、明日来る時には疲労回復のクッキーでもやるよ 与えられるだけは嫌なんだよ」
カウンターに項垂れるように座り 話す その顔は何処か憂いを帯びており 酷く美しかった
「……はいはい、分かったよ。ならクッキーでも何でも頂くよ とりあえずその肩の包帯には基本触れないで、濡れたら絶対取り替えて。や く そ く だ か らね」
俺たち初対面の人間だろという言葉は飲み込んだ。何故ならアヴィリオの顔は何処かNoとは言わせない威圧感があり、逆らうと面倒なことになりそうな予感がしていたからだ。 面倒事はごめんである
「…了解…」
「明日の午後にまた伺うよ 予約が入ってるからこの辺で 薬をありがとう」
「おう」
足早に店を跡にし表へと出る 目立つ白衣を脱いで手に持ち 先ほどとは打って変わって流れ行く人に紛れ込み 目的地である自宅へと走る 予約なんて嘘だ、この後の予定は全てオフだし元々早々に立ち去って久々に偽造カードでレンタルしたDVDでも鑑賞しようかと思っていた程度である。 ただ無償に、あの場から逃げ出したかったのだ。
(あの目は反則だ……男だぞ 何でこんなに緊張すんだよ)
心臓がうるさい 落ち着け 心で言い聞かせても治らない。とにかく今日はおとなしくしておこう。この様子じゃDVDも見れそうにない
とりあえず
「あの店は男が美人に見える薬でも漂ってるのか?」
今無償にそう思いたいと願う気持ちと裏腹に数時間経っても頭の中はルヴィクに支配されていた。