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ゴミ箱の中の街  作者: 藤柵かおる
第一章
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ゴミの価値(2)


「で、どうすんだ?」

「え?」

「お前それ売りに来たんだろ? でも俺は買えない、後はなんかあんのか?」

「いや……別に」

「んじゃついでだ定期点検してけ、どうせ次はいつ来るかわからんしな」


 そう言うとシゲルは手招きをしてヒロを奥の部屋へ来るように言う。


「いや、金ないぞ」


 そしてヒロは進めてきたシゲルにノータイムでそう返した。

 ヒロが金に困っているのは今に始まったことではない、ヒロとシゲルはそれなりに長い付き合いがあるがその間に行為と代金のやり取りがその場で行われたことなど片手で数えられる程度、時折シゲルが怒鳴りつけて数回分の付けをまとめて払わせることは何度もあったが一向に返済の兆しは見えそうもないのが現状である。


「いつもの事だろ、どんだけ付けが残ってると思ってんだ、まぁ今回の分だけは珍しいもんを見してくれたからそれでチャラにしといてやるよ、受けてけ」

「マジか? んじゃ頼む」


 一回分チャラにしてくれるという話を聞いてヒロはすぐに承諾した、本人は気が付いていないかもしれないが貧乏性なヒロは適度なサービスをされると断らない。


「ただし、次来るまでに最低でも三回分はまとめて持って来い」

「ぅぐ……わかったよ」


 そして引き留めたのちにくぎを刺しておくのもシゲルのいつものやり方である。

 そんな事を話しながら奥の部屋に向かって行く二人だが一人蚊帳の外にいるミコはその場で突っ立ったまま動こうとしていなかった。


「そんで、そのアンドロイドはどうすんだ?」


 放っておけば何時まででもそこに居そうな態度を保ったままのミコを見たシゲルがヒロに尋ねる。


「そ、そうだった、ミコお前もこっちに来い! どこだろうが俺のそばを離れるな!」

「かしこまりました、お供させて頂きます」


 すっかり一回分無料の方に頭が行っていたヒロが慌ててミコに命令を出すとようやくミコがヒロの後に続いて奥の部屋の方へと歩き始めた。


 そうして三人が奥の部屋に入ると同時に先ほどの部屋でも少し匂っていた独特の香りが一段と強くなり、嗅覚を刺激してくる。

 一見狭いように見えた先ほどの部屋は正確には店ではなく店の裏口、この部屋がシゲルの本来の仕事部屋であり反対側に本来の入り口が作られている。

 シゲルは加工を中心とした仕事を請け負っているので工房の方を広く取っている、その広さは中街でも有数の広さと言えるだろう。


「(相変わらずこの匂いは頭痛がしそうになる……)」


 ヒロがその匂いを受けて微妙に顔をしかめる中、ほぼ一日中この匂いの中で生活しているシゲルは嗅覚を麻痺しているのか何一つ変わった様子は見せず、ミコは嗅覚という感覚を持っていないのかあるいは無表情を装っているのか表情一つ変えずに黙ってヒロの後ろをついてくる。


 広い工房には金属の加工に使用するであろう窯のような形状をした機械類がどっかりとその姿を鎮座させ、壁には大小さまざまな道具が掛けられ雑多な雰囲気が一面に広がっているので広さ以上にゴテゴテとした雰囲気を放っている。


「おいシオリ、客だ」


 そんな室内に向かってシゲルはその年枯れた低い声を張り上げる。


「あいよー」


 すると微妙に薄暗い加工場の奥から返事が聞こえてくる、その声はシゲルとは似ても似つかない様な高い声。


「あれ、ヒロじゃん」


 そして姿を現したのは若い女性、体にはシゲルが着ている物と大差ないような薄汚れ色あせた作業着を纏っており、手には金属加工用の工具をぶら下げている。


「師匠、さっき今週分の加工は終わったから後は取りに来るように連絡しといて」

「おう、相変わらず手は早いなお前は」

「まぁね」


 ちょうど作業を行っていたところなのか額や鼻先、口元には加工作業を行うときに使うマスクを着けることでできる跡がくっきりと残っていた。


 顔に跡は残ってはいるもののすっきりとした鼻筋や汚れることを前提として短かく切られた髪などはしっかりとその存在を主張しており、可愛らしさというよりも凛とした快活な印象を持たせるような顔立ちをしているのが分かる。


 だがそんな顔立ちなどよりも注目するべきなのはその体格、ヒロは年齢の割には身長があまり高くない部類ではあるが特段小さいという訳でもない。それにも関わらず目の前のシオリはヒロよりも頭一つ分は跳びぬけており、女性としては段違いの身長を持っている。


「いつぶり? こないだ師匠に怒鳴られて付け払いに来た時だから……一ヵ月ぶりぐらい?」


 ヒロの元にやって来たシオリは軽い口調でヒロに話しかけてくる。


「ま、そんなもんだな」


 それに対してヒロも視線を上に上げつつ返事をする。


「定期検査にはこまめに来てって言ったよね?」

「ああ~……そうだったか?」

「ったく、あんたのは旧式なんだからちゃんと来るようにいってるじゃん!」

「悪い悪い……次からは気を付けっから……」

「それこないだも言ってた気がするんだけど?」


 ヒロがもごもごと言い訳を始めるとシオリはその身長に合わせたような大きな手でヒロの頭を小突き始める。可憐そうな名前にはそぐわない大きな体とそれに合わせたような尊大な性格はなかなか手厳しいものがある。


 彼女はシオリ、シゲルの孫娘であり同時にシゲルの弟子としてここで加工技術を学び実際に仕事の請負も行っているという若き加工屋の一人である。


 身長はかなりあるがシゲルの孫にはとても見えないほどの美貌を持っている。だがそんなものには一切興味がないと言わんばかりの機械マニアっぷりを発揮したシオリは家を飛び出して廃棄場へと降りてきてまで加工の世界へと飛び込んで来た。


 加工以外の素質をうまく使えば別の世界でも十分に渡り歩ける可能性は十分にあるにも関わらずわざわざ廃棄場にまで来る辺りシオリはいわゆる変人という人種と言えるのかもしれない。


「まぁいいや、定期検査でしょ? さっさと横になって……って……」


 ヒロへの説教もそこそこに検査の用意を始めようとしたシオリだったがその目がヒロの後ろにいたミコの姿を捉える。それと同時にシゲルとはまた違った意味での訝し気な視線がヒロに向けられる。


「あんた、懐事情は寒いくせに……」


 シオリの視線はどちらかというと軽蔑にも近い、どうやらこの孫娘はミコの事をヒロの女だと思ったようである。

 ろくに生活も成り立っていないようなくせにそんな部分だけは無駄に先へ進んでいるという事に対しての軽蔑がじりじりとヒロの体に突き刺さる。


「違う、そんなんじゃねぇ」


 シオリが何を思っているのか把握したヒロは速攻で否定する、だがもちろんそんな言葉程度で視線がやむわけはない。


「じゃあなんなのよ」

「このやり取りさっきもやったよな……あ~ミコ、すまんもう一回腕をみせてやってくれ」

「かしこまりました」


 再びミコがアンドロイドであるという事を証明するためにミコに人工皮膚を開かせることにしたヒロが命令する。そしてミコが腕をシオリの方へと伸ばそうとした時、ヒロは慌ててシオリに確認を取り始める。


「あ、気をつけろよ! ここ加工やってるから金属の粉塵が舞ってて……シオリ! ちゃんと換気してるよな? 何かあったら責任とって貰うからな!」

「一人でなに騒いでんの……」


 ミコが壊れるような事態を考慮して慌てているのだが事情を知らないシオリからすればいきなり一人で慌てふためいているに等しく呆れ果てている。


「外骨格解放開始」


 そんな周囲の様子など全く気にした様子もなくミコは先ほどと同じように左腕を伸ばし内部構造を露わにし始めていく。


「えっ……」


 ミコの腕の表面がひび割れると同時にシオリはジト目の呆れ顔から一気に目を見開いた驚愕の表情へと顔を変化させミコの腕にくぎ付けとなった。

 ぬるぬると動く金属板とその周囲を取り囲んでいる複雑な機械構造、それはシオリの興味の全てを引き付けるには十分すぎる代物と言えるだろう。


「解放完了」


 ミコがそう告げ、動きを止めた後でもシオリはその一点だけをただ見つめ続けている、まるでそのまま硬直してしまったかのようだった。


「おーい? 大丈夫か?」


 全く動かないシオリに向かってヒロが呼びかける、するとその声を聞いてようやくシオリが反応を見せた。


「こ、これ……」

「ああ、アンドロイドだ」

「う、うそ……は、始めてみた……すご……」


 ミコの腕を見せた時、あの堅物なシゲルでさえも表情を変えて口早に質問を浴びせてくるほどの驚きを与えていた、シゲルよりも表情豊かで興味も尽きないシオリともなればその驚きっぷりは相当なものであった。


「あぁはは……すごいすごいなぁ……はぁぁ……」


 普段の強気な口調はなりを潜めまるで欲しかったおもちゃを目の前にした子供とでも言ったような様子となったシオリ。

 きりっとしたような目つきも今はどこにいったのやらとろんと蕩けたような柔らかなものへと変わっており口元は微妙に薄気味悪いような笑みを浮かべており恐怖とは違った意味での不気味そのもの。


「顔すげぇ事になってんぞ……」

「ね、ねぇ? さ、さ、触ってみてもいい?」


 ヒロが微妙に引いたような態度で忠告したが全く聞こえていない様子のシオリはその状態を保ったままそう言いだす。

 よだれでも垂れてきそうな半開きの口と半目で出来た笑顔と言った状態でミコに両手を伸ばしてくるシオリの姿はどう見ても変質者に近いような格好と化している。


「まて! 勝手に触るな!」


 ヒロはそう言って制止しようとするがミコは全く止まる気配はなくむしろその制止を振り切ってでもミコに触ろうとしているような状態となり始めている。


「別にいいでしょ~減るもんじゃないし~」


 しまいには変質者同然の大義名分まで振りかざしてその手を伸ばし始めてくるという始末であった。


「待てっておい!」


 あともう少しでミコの体にシオリの両手が触れそうになったその瞬間、ヒロが間に割り入ってミコの前に立ちふさがりシオリの行為を妨害する。


「ミコは俺のだ! 勝手に触るな!」


 そしてそのままそう言い放つ。


「独り占めはずるい!」


 だがシオリは一切引く気はないようでありそのまま伸ばしていた両手を振りかざしヒロをその場からどかそうと押し始める。


「おるぁぁぁぁっ!」


 女子らしからぬシャウトを放ちながらシオリは目いっぱい押し返してくるがヒロも負けてはいない。


「落ち着けって!」


 ヒロも負けじとシオリの手を取るとそのまま真っ向から押し返す。


「うりゃぁぁぁッ!」


 最終的にシオリとヒロはお互いの両手で相手の掌をがっちりと掴みあってそのまま押し合うという状態になりよくわからない意地の張り合いが展開されていた。

 だがこの勝負においては残念ながらシオリが勝てる余地は全くない。


「よっと」

「いっだだだッ! いたいいたいっいだだだだだっ!」


 がっちりと絡み合っていた掌にヒロがちょっと力を加えるとたちまちシオリが痛みで悶え始める、それによって力を抜いてしまったシオリの手をヒロはさっと振り払う。

 そしてお互いの手が離れたところでヒロはシオリの近くへと寄っていき、そのままシオリの腰のあたりを両手でつかむとそのまま軽々と持ち上げていく。


「ほいっと」

「うわぁっ!」


 ヒロよりも大きいシオリだがもちろん身長だけでなく女性的な出ている部分もそれ相応に成長している、体重もヒロよりも重いのは明らかである。

 それにも関わらずヒロはシオリの体を軽々と持ち上げそのまま頭の上あたりまで持ち上げている。


「ヒロっ! やめろっ! 降ろせっ!」


 腰のあたりを両手でも持たれてそのまま持ち上げられているシオリはまるで高い高いを

されているような状態となっている。シオリは何とか降りようとしているが空中でバタバタと手足を振り回すばかりでどうにもならずにいた。


「暴れんなって、落ちるぞ」

「わかったから、早く降ろせ!」


 空中で文字通り手も足もでないシオリは早く降ろすようにヒロを急かすがヒロは早々と降ろす気は全くなかった。


「ほれ、高い高~い」

「ぎゃ~ッ! やめろ~!」


 手を真上まで一杯に伸ばした状態でヒロは軽く左右に振り始める、当然その手の先端にいるシオリは腰だけで支えられた状態で左右に振られる事となる。


「おちっ、落ちるっ落ちる! ストップストップ!」


 シオリがいるのは高さとしては二メートルにも満たない程度であるがそれでも十分に高い位置であり落ち方によってはそれなりの怪我をしたとしてもおかしくはない。

 そんなところで左右に振られればいくら高所恐怖症でなかったとしても恐怖心を煽られるには十分といえるだろう。


「反省したか~?」

「分かった、分かったから! 勝手には触んないから降ろして!」


 シオリの懇願をしっかりと聞いたところでようやくヒロはシオリを地面に降ろした、床に脚が付いた所でシオリは安堵したように深くため息を付く。


「いや~、面白かったな」

「どこがよ……ったく、一回やられる側になってみてよ……ほんとに怖いんだから……」


 二人で立ち周りを終えヒロはいつもと違い表情を崩しており、シオリも口では怒っているような事を言ってはいたもののその雰囲気はどこか楽し気なものを振りまいている。


「…………」


 そんな二人の姿を見ていたミコは当然何一つ言葉を発する事も表情を変えることもなかったがその視線は確かにヒロの姿を追っていた。


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