ゴミの価値
「どこで手に入れた?」
そんなヒロのことなどどうでもいいとでも言った様子でシゲルは立て続けに質問を繰り出していく、シゲルでさえもこうなってしまうほどにミコの存在というのはとてつもなく珍しい。
ミコ、それに限らずアンドロイドという存在が廃棄場内部で出回ることなどほぼあり得ない、理由としてはその存在がまだ一般的なものとして広まっていないという事が挙げられる。
アンドロイドと呼ばれる存在が世の中に出回り始めたのはごく最近の事、その存在は地上の富裕層であったとしてもほんの一握りの存在しか手に入れることは出来ないとされているような代物であり実物を見たことがないものも大勢いる。
シゲルが腕の中を実際に見るまでミコがアンドロイドであると全く思いもしなかった様に廃棄場内部ではその存在は幻のように扱われているのだ。
ましてや廃棄場の最下層でずっと暮らしてきたヒロに至っては存在そのものさえ知らずに今まで生きてきたとしても不思議ではない。
「拾ったんだよ、最下層で」
食いつくように聞いてくるシゲルにヒロは取りあえず事実をそのまま伝える。
「んな馬鹿なことが……あんたどっから来た?」
「不明、ご主人様にお会いする以前の記憶は記憶媒体破損の為、検索不可能」
「製作者は? 製造後年齢は?」
「前者不明、後者も不明」
「まてまて! んじゃ……そうだ型番――「不明」
シゲルの動揺は収まる事を知らず、ヒロの存在を完全になかったことにするかのようにミコに質問を浴びせ始めていく。
だがミコ本人も詳細が分からないためその全てが「不明」の一言で終わらせられてしまう。
その返事の度にシゲルはいつもとは似つかわしくないぐらいにおたおたとしているので普段の様子を知るヒロからしてみればなかなか笑える光景となっている。
「で、いくらで買ってくれるんだ?」
見ていて飽きない光景であることは確かだがこのままでは何時まで経っても終わりそうになかったので適当に間を見つけてヒロは口をはさんだ。
アンドロイドの存在自体は今まで知らなかったヒロであったがシゲルでさえもここまで驚いているぐらいなのだから高く売れることは間違いない。
世の中にはいくら金を詰んででもそう言う物を欲しがる輩がいるという事はヒロは十分に承知している、もしそんな輩のところにアンドロイドというものを丸々一体持って行ったりしたらそれはもう即刻買うに決まっているに違いないだろう。
さらに喉から手が出るほど欲しがっているのだから多少吹っ掛けた程度でも買うに決まっているだろうし一体いくらで売れるのかさえ想像もできない。
大金を生み出してくれそうな金の卵を手に入れたヒロが急かすのも無理はない、すでにミコを売って手に入れた金をどうするかの方で頭がいっぱいのヒロは急かすような気持ちを滲ませながらシゲルへと返答を求めた。
「駄目だ、そいつは買えない」
「えっ」
しかしその目論見はそうそうにくじかれることとなる。
さも当たり前のように言われたその言葉を聞いてヒロの中でどんどんと膨れ上がっていた熱が喉元から手足の方へと一挙に流れ、体が冷めるかのような感覚を感じる。
「な、なんでだよ? アンドロイド? って珍しいんだろ? 見た目もきれいだし別に壊れてもいない、高く売れるんじゃないのか?」
アンドロイドの価値を正確に理解していないヒロはそう反論する。
長い間ゴミの中で埋まり眠り続けていたらしいミコであるがその環境からすれば奇跡的といってもいいぐらいに機能のほとんどを保っていた。
五体満足なのはもちろんの事、ヒロが掃除したおかげもあって全身の皮膚は白い輝きを放っているかのように艶やか、着ている服も同じように軽く拭きとるだけで元の状態に戻っている。
ミコは廃棄場には全く似つかわしくない美しい見た目を持った文句の付け所のない新品同様のアンドロイドとして蘇りを果たしていた。
だがそのあまりにも完璧な姿が逆に災いしてしまっている。
「ヒロ、アンドロイドを欲しがる奴なんざ確かにごまんといるだろうよ、だがな実際に手にいれた奴なんざいねぇんだ」
「……どういう事だ?」
「まぁ簡単に言えば、貴重過ぎて価格なんざつけられねぇってこった」
「欲しがる奴がいるのに売れねぇのか?」
流通方面には詳しくないヒロはいまいちそれが理解できず、シゲルの言い分に疑問を持つ、するとシゲルはある話をし始めた。
「ヒロ、『大金』って聞いてお前が考えつく分の金を想像してみろ」
「はぁ? まぁ……そうだな……」
そう言われたヒロは取りあえずに自分が金持ちになったと自覚できると思えるぐらいの金額を想像した。
「そのアンドロイドに価格を付けるとするならそこに二つか三つ桁が付くぞ」
「んなっ……」
そんな中シゲルの返答を聞いたヒロはミコを拾った時などとは比べ物にならないぐらい飛び跳ねて驚いた。
根っからの貧乏思考しか持っていないヒロが思いつく精一杯の大金を想像しろなどと言われたところで本物の金持ちというものがどういう物なのかさえヒロは実際のところよくわかっていない。
なので想像した金額も途方もないようなものではなく、一般的な想像よりも少しだけ安めなものであった。
そんなところにそんなに桁が増えてしまったら一体どれほどの衝撃がヒロの中で生まれるのか。
「ここ、コイツそんなにするのか……」
提示されたあまりの金額に驚愕を通り越して恐怖のようなものが生まれ始めたヒロは震える声を漏らしながらミコの方を見た。
「?」
そんな微妙に震え始めているヒロを見てミコは何をそんなに驚いているのか分からないといった風に首を傾げる。
「ああ、えっと、と、とりあえず腕もどしとけ!」
機械部分を外に露出させておいてゴミでも入って壊れたらまずい、そんな考えに息ついたヒロは先ほどまでの口調から一転、慌てながらミコに命令した。
「はい、かしこまりました」
ヒロの命令を受けたミコは言うとおりに腕を元の状態へと戻していく、ズレていた板金が再び小さな音を立てながら元の場所へと戻っていきぴったりと隙間なく収まる。
そして再び柔らかさと長さを取り戻した皮膚が表面を覆っていき服の部分が隙間から伸びてきて、元通り服を着ているのと同じ状態へと戻っていった。
「全骨格再形成完了」
「大丈夫か? 変な所とかないか?」
元通りになった事をミコが告げるがヒロは元通りになったミコの腕を取りながら心配そうな声をかける。
「はい、特に問題は発見されておりません」
「本当だな? なんかおかしくなったらすぐに言えよ?」
ミコの価値を余すことなく知ってしまったヒロは今までの態度を翻すように丁重にミコの身を案じるようにして気を使い始めた。
「そ、そうださっき手を引っ張ったけど何もなかったか?」
「はい、特に問題はありません」
「よ、よかった……」
ヒロが想像できるうえでの最大の価値を遥かに超える価値が目の前に存在しているという事をようやく知ったヒロはもし壊してしまったらまずいという考えばかりが頭に浮かんできて気が気でないという状態になってしまっている。
「アンドロイドはそのぐらいで壊れるほどちゃっちいもんじゃねぇぞ?」
そんなヒロの様子を見てシゲルは呆れを含んだような顔で言う。
「い、いやいやもし万が一壊れたりしたら……」
そんな途方もないものを自分がどうにかしてしまったという事を考えるだけでも恐ろしい、元々売りに来たはずなのにヒロはいつの間にか目的を忘れてしまっていた。
壊れたら売る時に価値が下がってしまうなどといった考えも沸きてきそうなものだが今のヒロには前者の方がよっぽど恐ろしかった。