ゴミの中身
「じいさん、入るぞ」
扉を開けて視界に入って来るのは小さなカウンターとそのカウンターに併設された小さな椅子が二つ、そして壁際に置かれた小さな光を放つランプだけ。見るからに儲かっていなさそうなこじんまりとした店の内装がそこにはあった。
「いねぇのか? おーい、じいさん?」
いつもはカウンターに肘を付けて年がら年中暇そうにしている店の主人の姿が珍しく見当たらなかったのでヒロは奥に向かって声を掛けた。
「ああ?」
するとヒロの呼びかけが終わらないうちに店の奥の暗がりから一人の老人がうめくようなしゃがれ声とともに姿を見せた。
薄汚れた作業着を着ており、お世辞にも小綺麗とは言えないような雰囲気であったが下手に綺麗な格好をするよりもその方が似合っているようにも見える。
「なんだヒロか」
「なんだってなんだよ、大事な客だろ?」
ヒロの姿を見た老人は如何にも迷惑そうなものを見るような感じで見てきたがそんなことはいつもの事なのでヒロも適当な口答えをして返しておいた。
「最近見ねぇからてっきり死んだのかと思ってたんだがな」
「そりゃご心配どーも、顧客を失わなくてよかったな」
「お前が来ると赤字にしかならねぇからできれば来ないでほしいぐらいなんだが?」
微妙に一触即発となりそうな雰囲気の応酬を繰り返すが二人にとってはこの程度がちょうどいい関係であった。
老人の名はシゲル、廃棄場の中街に自分の店を構え再加工によって生計を立てている「加工屋」と呼ばれる存在の一人である。
廃棄場の仕組みが出来たばかりの頃からここで店を構えているシゲルは廃棄場の時の流れをそのまま吸い上げてきたかのような風貌をしている。
沢山の皺が刻み込まれたその姿は既に人間としての中古並みの状態となり始めているがその内側に潜む精神はまだまだヒロと渡り合えるぐらいの若々しさに満ちたりているかのよう。
といってもこの場合は嫌味ったらしいジジイとでも言った方が正しいのかもしれないが。
「んで、今日はうちにとってどんな損を生み出しに来やがった?」
「今日はちっと買い取って欲しいものがあるんだよ」
皮肉を込めた事をシゲルは言うがそんなことは全く聞こえていないとでもいった様子で無視しつつヒロは答える。
「……お前が売りに来るとは珍しい事もあるな」
全く意にも介していないヒロに咎めるような視線を送り続けてはいたものの話だけならば聞いてやるとでも言った具合にシゲルは答えた。
「買い取って欲しいのはこいつだ」
シゲルの返答を聞いてからヒロは満を持してとでもいった風に後ろで控えていたミコの手を引っ張ってシゲルの前へと突き出した。
ミコが前へと出てくると同時にシゲルの目はいつものような呆れを含んだものではなく明確な不審さを含めた視線へと変わっていく。
「うちは人は買ってねぇんだが? お前はいつの間にそこまで落ちたんだ?」
ミコを売ろうとしているヒロを見たシゲルはヒロが人身売買に手を染めようとしていると勘違いしたようである。
確かにそう思ってしまっても無理はない、ミコはどこからどう見ても完全に人にしかみえないのだ。触って質感を感じたり話し方などを確認すれば人間ではないという事は分かるがただ見ただけで判別するのはほぼ不可能なためそう勘違いするのも無理はない。
「くっ……くくくっ……」
だが目の前の堅物な老人が完全に勘違いして大真面目な表情をしているという姿は滑稽なものでありヒロはそんなシゲルを見ながら笑い声を漏らす。
「何がそんなに面白い?」
そんなヒロを見てシゲルはますます表情を硬くけわしい物へと変えていく。
廃棄場はまごう事無き日陰者達が集まっている場所だが長い時間の中で統制や秩序という物は取れた場所である。
もちろんその辺りに無造作に物が置かれていればすぐに誰かに持っていかれたり、旨すぎる話に乗っかって詐欺にあったりする馬鹿やその詐欺をするような馬鹿がいるような治安ではあるが流通や貨幣制度なども明確な物が作られており最低限のルールも存在している、決して暴力で全てが解決するような無法地帯という訳ではない。
人身売買と聞いても顔をしかめる人間の方が廃棄場内部でも多くシゲルもその一人である。ようはそんな事は止めておけと遠回しに忠告してくれているのだ。
「まぁまぁそう睨むなって、ますます皺が増えるぜ?」
訝し気な視線を受けつつも事情全て把握しているヒロはあっけらかんとした態度で答える。
「ミコ、お前が人間じゃないっていう証拠を見せろ」
そしてヒロはなんの前兆もなくいきなりミコに向かってそう言った。
「かしこまりました」
ヒロからの命令を受けたミコは一切戸惑う事もなくその命令を受諾する。
左腕をまっすぐと伸ばしたミコはそのまま腕を空中で止めた、そしてシゲルの視線がその腕に注目された瞬間、その体を包んでいた服の表面が縮む様にして肌の中へと引っ込んだ。
「うおっ……」
てっきり肌から服が生えている所を見せるのかと思っていたヒロは自分で命令したにも関わらず全く予想外の動きを見せたミコに戸惑う。
そして服が皮膚の中へと収納されたところでその表面にぴしりと亀裂が入っていく。
「おお……」
ヒロが驚く一方、シゲルはため息にも似た感嘆の声を漏らしながらその光景を見つめている、そこには驚きというよりも技術に関わるものとしての関心にも近い感情が見え隠れしていた。
ミコが身に付けている服は正確には服ではなく体と一体化した肉体の一部、ミコの意思によって自由自在に長さを変えることが出来る。ミコはその部分を体の中にまで一旦戻す事によって骨格部分を外へと露出させたのだ。
「外部骨格開放」
服が全て引っ込んだことによって左腕が完全に露出、そこでミコはそう言いながら次の変形を開始した。
今度はその亀裂によって構成された小さな板金一枚一枚が滑らかにスライドしながら中の構造を露わにし始める。
カシャカシャと小さな音を立てながら腕がひび割れていくという光景はまるで生き物が蠢いているかの様、人と見分けが付かないミコの見た目も合わさって無機質でありながらどこかグロテスクな光景を生み出す。
「うわっ……」
それを驚きを通り越して絶句したような目で見つめるのは他でもない持ってきたヒロ自身だ。
「…………」
一方でシゲルは何も言葉を発さずにただじっと見つめている。瞬きも呼吸も忘れたかのようにミコの腕を見つめ続けるその姿からは様々な感情が内側で生まれているという事を思わせる。
「解放完了」
そして少々の時間ののちにミコがそう告げ変形は終了する、皮膚の動きは完全に停止しそこには精巧な機械によって構築された機械の腕がその姿をさらしていた。
シゲルはその機械の腕を何も言うことなくただ見つめる、だがその視線は先ほどまでとは全く異なりまるで腕を視線で嘗め回すかのように激しく動かしている。
腕を構築している配線一本、部品一つさえも見逃さずに記憶に焼き付けようとでもしているかのようにシゲルはただ純粋に興味の全てをそこへとぶつけていた。
「……こいつは、アンドロイド……だな」
ミコが腕の中身を開放し始めてからの時間よりも長く経ったころ、シゲルは思い出したかのようにヒロの方を見るとそう呟いた。
滅多なことでは表情一つ変えない岩のような顔面を持ったシゲルでさえも驚きと興奮が見え隠れしている表情へと変貌している。
「お、おお、だろ? アンドロイド? だろ? スゲェだろ?」
ミコの変化に完全に目を取られていたヒロであったがシゲルの視線を受けてようやく我を取り戻し自慢げにそう言う。
ちなみにヒロはアンドロイドという存在をたった今知ったところであった。