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ゴミ箱の中の街  作者: 藤柵かおる
第一章
5/32

ゴミ箱の中の街


 いつもの様に歩きなれた狭い通路をさっさと歩いていくヒロ、途中何度も曲がり角に差し掛かりミコの姿が見えなくなりそうになるたびにヒロは立ち止まって後ろを振り向いた。


 それなりにしっかりと付いてくるミコだがその歩き方からは不慣れな様子なのは見えている。入り組んでいる上に足場もおぼつかないような最下層アンアンダーの通路で慣れているヒロに付いていくのには少々辟易しているようであった。


 それを見てヒロは少しだけ速度を落としながらさらに通路を歩いて上へと昇っていく。

 今ヒロはミコを連れて廃棄場ドレインの上の階の方へと足を運ぶべく外周に設けられている通路をひたすら上へと昇っている最中である。


 廃棄場ドレイン内には地上付近まで一気に移動する事も可能なエレベーターなども所々に設置されている少し上下するような後付けの物でも当然金はかかる上に地上まで一気に出られるようなものになると使用許可書までもが必要になって来る。


 そのどちらも持っていないような人間であるヒロは当然歩いて登るのが当り前である。


 少しずつ補強や改装がされたであろう通路をどんどんと昇っていき最下層アンアンダーから離れていくにつれて周囲の光景は次第に雑多で騒がしい物へとなっていく。

 最初に目に見えて変わるのはやはり人の数、ただでさえ人が立ち入らない最下層アンアンダーは言うまでもなく、その上の下層でさえも廃棄物が良く落ちてくる場所を除けば他の人間とすれ違う事すらまれである。


 そんな殺風景の極みのような状態から上に行くにつれて人の数は指数関数的に上昇していく。

 最初はちらほらと見えていた程度から視界の何処かには常に人の姿が見えるようになり、最後にはぶつからないように意識しなければ確実に衝突事故を起こすと確信できるほどの人の波が形成されていく。


 同時に周囲には見上げるような高さの建造物が見え始めてくる。


 ヒロは地上には出たことがないのでいわゆる「街」という存在がどのような物なのかは分からないが人が多く住んでいてその為の建物が密集している場所、というものを指すのであればここはまさにそのような場所と言えるだろう。


 地下にあるとは思えないほどの広大な空間には大小さまざまな建物が建ち並び最下層アンアンダーとはまた違った意味での混沌とした様相を醸し出している。


 ここが下層に存在している『下街アンダーサイド』と呼ばれる一大空間。


 広さはちょうど直径数キロの廃棄場ドレインと同じ大きさ、深さにすると一万メートル付近に近くという深さに存在している廃棄場ドレインで最も人口密度の多い場所。

 取引はもちろんの事、生活に必要な物品の売買などを行っている店なども数多く軒を連ねており、少しは安定した仕事口を手にしているような人間の大半もここで暮らしているため住居としての建物も数多く軒を連ねている。


「ああ……だる……」


 そんな街を前にして足を進めるヒロは人の波に押しつぶされ既に精神的に疲労困憊とでもいった状態に陥っていた。


「やっぱ上になんか住むもんじゃねぇな……」


 ヒロは金がないのも理由の一つだが元々他人という存在が苦手なタイプである、常日頃からこんな状態にされてはヒロの精神はストレスで死にかねない、多少不便でも人の少ない静かな場所にいることをヒロは好んでいた。


 だが上へと行くための通路は下街アンダーサイドを挟んで向かい側に存在しているため上へと行くためには必然的に街の中を通らなければならない、ヒロは仕方なくその人込みの中へと足を進めていく。


「…………」


 そんなヒロとは対照的にミコはどこか口元に微笑みのようなものを浮かべながらヒロの後を律儀についてくる。

 実際この辺りの様子は足を止めてじっくりと見るだけの余裕があるのであればそれだけの価値があると言えるようなものではある。


 浮浪者が勝手に住み着いている最下層アンアンダーとは異なり人間が生活することを前提として作られているこの場所は所々に街灯としてのライトが取り付けられており廃棄場の中でも特段に明るく狭さとは裏腹に妙な安心を与えてくる。


 人が通る事を前提とした通路は両端に露店が開かれていたとしても大人数名が横に並んで悠々と歩けるほどの余裕があり窮屈さは感じさせない。

 そしてそこを歩く人々は薄汚れた格好をしてふらふらと人込みの中を泳いでいく浮浪者の男にせわしなく声を上げる商人らしき女、小綺麗な服を着て黙々と人の波をかき分けていく取引の仲介人など千差万別である。ちなみにヒロは浮浪者側に入るような人間と言えるだろう。


「周りを見るな、さっさといくぞ」


 興味津々と言った風に周囲をキョロキョロと見ているミコに向かってヒロがそう命令する。


 この辺りは人が多く交流も盛ん行われている場所ではあるがそれは同時に善くない存在も同時に存在しているという事になる。店があれば盗もうとする輩は出てくるし、客がいれば高く売りつけようとしたり物を掏ろうとする輩も出てくる。

 興味がありそうな目で見ていて絡まれでもしたら面倒なのであらかじめくぎを刺しておくことにしたのだ。


「かしこまりました」


 するとミコはすぐに周りを見るのをやめ、ヒロの背中を穴が開きそうなほどに見つめるだけの存在へと移行した。

 背中に刺さるような視線を受けつつヒロは街の中へと足を踏み入れていく。


 目だけを動かして左右を見れば大小さまざまな露店が並び食料品はもちろんの事日用品の類なども一通りそろっているのが見え、上を見上げれば通路の上をまたぐ様にして貼られた鉄板によって作られた二階部分の床が見える。

 すさまじいまでの密集した空間の中を通り抜けていくと、下街の中心部を十字に通っている大きな通路へと出た。


 するとまた一段と人の数が増える。先ほどの脇道でもそれなりの広さを持っていたがこの大通りはその数倍の広さがあり、東西南北へと延びる大通りはまさに下街の交通の要ともいえるような存在といえるだろう。

 ふと後ろを振り返れば先ほどは興味深そうにキョロキョロとしていたミコが今度は呆気にとられたように固まっているのが見えた。


 ぼやぼやと突っ立っていると周囲から邪魔者を見るような目線を向けられるのは目に見えているのでヒロは人の流れに乗る様にしてその隙間へと入り込んでいく。固まっていたミコもそれを見てすぐに後を追うようにして人込みへと飛び込む。

 そのまま人の流れに乗って進んでいくと徐々にそれが姿を現す。


「あいかわらずデケェなぁ……」


 下街アンダーサイドを通り抜けるたびに嫌でも目に入ってきてしまうその巨大な建造物は何度見たか分からないほどに見飽きた物であるがそれでもヒロは思わずそう声を漏らしてしまう。

 それは下街アンダーサイドの中心部、四方へと延びる大通りが重なる位置に存在している超巨大な塔、高々とそびえたつその巨大な塔は見上げても全くその高さが判定出来ないほどの長さを持って天高く貫いている。


 この巨大な塔こそが廃棄場ドレインの生命線たる存在。


 塔は地上から下層アンダーまでを一気に繋ぐエレベーターとしての役割を持っており上から来たゴミを下へと流し、再加工した物品を上へと戻す役割を担っている。この巨大な塔の中には数百ものエレベーターがそれぞれの役割を持って二十四時間上下移動を繰り返している、まさに廃棄場ドレインという存在そのものを一手に支えている存在といえるだろう。


 もちろん先ほど言ったようにヒロはこの中にあるというエレベーターには乗ったこともないし利用する権利すら持っていない、それでも本当に天を貫いているかの様なその姿を見れば目を奪われるものである。


 一しきり見たところでヒロは来た方向とはちょうど反対側に位置している方向へとさらに向かって行き上へと続く通路を昇っていく。必然的に下街からは離れる事となり人の数もまばらとなっていく。


 そしてたどり着いたのは下街アンダーサイドからさらに二千メートルほど登った所にある階層。

 広さは下街アンダーサイドとほぼ同等で敷かれている通路の幅や数も似通っているが先ほどのような喧騒は明らかに少ない、だがその代わりに金属同士が打ち付けられているかのような甲高い音や火花が散る音などが代わりに耳に響いてくる。

 そしてそれらに起因するであろう様々なものが焼けたことによって生じた独特の匂いが周囲に充満しておりつんとした刺激が訪れた者の鼻腔を刺激する。


 この辺りは廃棄場ドレイン内部で加工を行う者達が最も密集している階層『中街インサイド』塔が物や人を運ぶための要であるとするならばここは塔で運ぶための物を生み出す場所といえるだろう。


「こっちだ」


 その階へと足を踏み入れたヒロはすぐに広い道から離れて脇道へとそれていく、それに遅れを取らないようにミコもまたそそくさとその後を追っていく。


 大人数人が並んで歩けるような道からさらに一歩外れれば人一人がようやく通れそうなほどの狭い小路となってしまっており油断するとすぐに方向感覚を失いかけそうになる。通りから比べると音も匂いも強く、足元にはくず鉄の欠片のようなものも落ちている。だが最下層と比べればはるかにましなのは言うまでもない。


 そんな場所をしばらく歩いていくと奥まったところに錆と汚れで煤けた一つの扉が見えてくる。

 いつも通りの光景だ、ヒロはそう思いながら扉を押し開けた。


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