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ゴミ箱の中の街  作者: 藤柵かおる
第一章
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ゴミの目覚め


 目印も何もない細い通路を再び戻って数十分、ヒロは自らが寝泊まりしている場所へと戻って来た。

 入るのは自殺志願者ぐらいであろうという最下層のさらに奥、そこに突如として現れた扉を押し開けると目に見えて来るのは狭いが明らかに人が生活する事を前提として作られた部屋。


 子供の頃にここを見つけたヒロはそれ以来ずっとここで暮らしている。最下層アンアンダーともなれば拾ったスクラップでテントを自作するのが当然な事を考えればこの場所を見つけたのはヒロの人生でも有数の幸運と言える。


「っと……」


 部屋に入ったヒロは持っていた道具をその辺りに適当に放り投げる、元々床に散乱していた別の道具にぶつかって室内に金属音が鳴り響いた。

 ヒロはいつもこのように適当に放り投げることが癖になっている、元々片付けたりするような癖もないヒロの生活のせいで最下層にあるまじきまともな住居はゴミ屋敷の一歩手前の状態と化している。


 だが別に文句を言うような人間も誰もいないし、拾ってきた物も所詮はゴミの慣れのはてである丁重に扱うような理由もない。


「よいしょっ……」


 だが先ほど拾って肩に担いできたこれだけはそのように雑に扱うわけにはいかない、ヒロは肩に担いだまま足で床に広がっている雑多な物たちを壁際へと押しやる。

 ガラガラと音を立てて物が積みあがっていき壁際で混沌の極みのような状態となっていくが特に気にしない。


 そうして久しぶりに顔を見せた床の上にヒロはゆっくりとそれを寝かせていく。

 天上にはヘッドライトと同じくバッテリー駆動のライトが吊るされており、照らされたそれは灯りによってその造形をさらにはっきりとしたものへと変えてヒロの目に映る。


 何度見てもそれは生きて眠っている美しい女性と言わざるを得ないような造形であった。


「取りあえず売るとして……拭いとくか」


 美しい造形の物を目の前にしたヒロは眺めるのもそこそこにそう言いながら先ほど押しのけた混沌の渦の中へと手を突っ込んで適当な布を探し始める。


 ヒロがこれを持ってきたのはもちろん売る為、触った時の感触からこれが人間ではなく物であると判断したヒロは何か珍しい廃棄物の可能性があると思ったので拾ってきた。

 廃棄場に落ちてくる廃棄物はそれこそ多種多様であり、スクラップや小さな機械部品のようなものは当然として巨大な建設機械のアームなどがそのまま落ちてくる事もある。

 目の前の人にしか見えない物が何かは知らないヒロだったがそれは少なくとも物である以上売却して収入とすることは出来る、そのために少しでも高く買い取って貰うためにも綺麗にしておくのは自然な事と言える。


 適当に布切れを引っ張り出したヒロはそれを使って人型の物の体を拭いて綺麗にしていく。拭いていく途中で必然的に女性の体を模している部分にも触れる事となるが特に気にする必要もない。


 体を拭いていくに従って徐々にその物体が持つ違和感をヒロは把握し始めていく。

 まず驚いたのが汚れ、ゴミの中に埋まっていたにも関わらずほんの少ししか汚れていない事の違和感は最初からあったのだがそれの答えが布で拭った途端に判明する。


 対してきれいでもない布でそのまま軽く拭きとっただけにも関わらずまるで汚れを自らはじいたかのように一挙に汚れが消え去ったのだ。

 目の前で起きる未知の光景を見てヒロはそれがそこらへんに落ちているような廃棄物ではないと徐々に感じ始めていき、高額で売れる期待感も高まっていく。


 そのままヒロは布を使って全体を掃除していく、もちろん見た目は女性の形をしているので少々いかがわしいような光景となっているように見える。


 だが服の下を覗き込んでも服と体が一体化している状態ではむしろ不気味さの方が際立っている、わずかに出っ張っているだけの胸を模した部分に触れると土嚢でも触っているかのような固さを持っている上に股の間を見てみてみれば穴的なものも全くない。


 ようはその物体は見た目だけならば美しい女性ではあったが色気も何もあった物ではなかった。


「ま、こんなもんだろ……」


 しばらくして掃除が終わった所でヒロはそう呟く、見事に汚れが落ちたその人型の物体は、白い肌へと蘇り完全な美しい姿を取り戻す。

 そのせいで死体から一転して生きた人間そのものに近いような存在となっている。

 だが触った感触からするにこれは人間ではなく物なのは明白である。ならば目の前にあるこれは一体何なのか。


「はぁ……」


 だがそんな事をヒロが知る必要はない、それが何であろうと売れてしまいさえすればその過程で生じるようなことなどヒロには一切興味がなかった。

 掃除を終えたヒロは疲れたようなため息を付きながら手に持っていた布を再び放り投げる、山から引っ張り出してきた布は再び混沌の中へと沈んでいくが気にしない。


 そして綺麗になった物体を放置してヒロは部屋に置かれている古ぼけたソファの方へと行くとそのまま身を投げだすようにして横になった。

 疲れを感じたら寝る、それをいつもの事としているヒロはいつものように疲れたので寝ることにした。


 最下層アンアンダーは入ったら行き倒れる事を覚悟しなければならないほどの場所であると同時に人を寄せ付けない場所であることをヒロは知っている。だからこそヒロは好きな時に好きな事をする生活でここまで生きてくることが出来た。

 ここには誰もいないし誰もこないという確証がヒロにはある、その貴重な安堵の中でヒロは睡魔に身を委ねた。


 それから幾何かも立たないうちにヒロの思考は揺さぶられる。


「――――」


 欲求に従順となってその身を委ねていたヒロであったがその耳に不意に何かが聞こえて来るのを感じ委ねていた身を少しずつ自分の方へと持ってくる。

 もちろんヒロにはそれは夢の中で聞こえてくる不明瞭な環境音としか認識されなかったので無視して意識を再び欲求の方へと押し付けようとした。


 だが聞こえて来る音はだんだんとはっきりとしたものとなり始め、明確な意味を持った言葉へとなっていく。


「――様、ご主人様」


 はっきりと聞こえる澄んだ美しい声は陰鬱な廃棄場の中ではおよそ似つかわしくないような響きを持ってヒロの耳に染みわたって来る。


「なんだよ……」


 幻聴にしてはやたらとはっきりと聞こえてくる声は目覚めの悪い眼球の後ろを刺激するような不快な感覚を与えてくる。だんだんと嫌気がさしてきたヒロはしぶしぶ目を開けてその源を追った。


「ご主人様」


 するとそこにはさきほど掃除した人の形をした物体の顔部分があった。その二つの水晶のような瞳に陰鬱な顔をしたヒロの顔面が映っている。


「…………」


 ヒロは何も言わずにただぼんやりとその二つの瞳を見つめ、どう反応したものか逡巡する。


「おはようございます、ご主人様」


 黙っているヒロを尻目に目の前の物体はそう言い深々と頭を下げる。


「お初にお目にかかります私の名前はミコ、生活の全面的サポートを目的に作られた自立型アンドロイドです」


 横になったまま訝し気な視線を送るヒロを無視するかのようにミコと名乗る目の前の物体はひとりで勝手に話し始めていく。


休眠状態セーブモードからの再起動リスタートプロセスを開始いたします――記憶素子リメンバランスの破損により過去のデータを遡っての参照が不可能、再起動プロセス手順第七条にのっとり、初回起動スタートプロセスへのフィードバックを開始いたします――初回起動スタートプロセスへのフィードバック完了、主人マスター設定の項目を開始、個人名称を音声にて入力して下さい」


「…………」


 次々と喋り出す目の前の物体だがヒロには何を言っているのかさっぱり分からない、黙ったまま体を起こすとそのまま立ち上がってこう言った。


「どうでも良いからついてこい」


 設定だかなんだが言っているがさっさと売ってしまうのだからヒロには関係ない、そう言って部屋を出ようとするが何故かミコはついてくることはなくソファの傍でただ立ち尽くしているだけであった。


「来いって言ってんだろ」

「初回起動プロセスが完了しておりません、個人名称設定が終了するまでは命令の受諾は不可能です」


 寝起きの不機嫌もあって若干粗目の口調でヒロは言うがミコは淡々とした口調を崩すことなく返答する。


「……ヒロだ、これでいいのか?」

「声帯認証、声紋認証完了、設定設立まで残り二秒――主人設定完了、これにて初回起動プロセスを終了いたします」


 諦めて名前を突き付けるように言うとまたしても早口でこまごまとしたことを言い始めるミコだったが当然ながらヒロは真面目に聞くこともなくほとんど聞き流してそのまま歩き始める。


「これにて詳細設定の開始を――」

「んな事どうでも良い、さっさとこい、後黙ってろ」


 後ろでは未だにミコが何かを話し始めるがヒロはそう言って押し黙らせる。


「かしこまりました、ご主人様」


 ミコは途端に従順となり命令従って一言も言葉を発することはなくなる。そのまますたすたと歩いて行ってしまうヒロの後ろをついてくる。


「離れるなよ?」

「承知しています」


 さきほどはぶっきらぼうな言い方をしたものの売りに行く以上行方不明になられても困るヒロは時折後ろを振り向いてはそんな事を言う。

 黙っていろと言われたミコも主人の気遣いの言葉には丁重に返事を返しながら後ろをついて来る。


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