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ゴミ箱の中の街  作者: 藤柵かおる
第一章
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ゴミ箱の底

 

 そんな中でヒロは必死に生きてきた、例に漏れることなく才も地位も持たないヒロは拾い屋として生きてきたがそれさえもそう簡単にいくものではない。

 廃棄場ドレインの下層の闇を知らなかった頃にどれほどの煮え湯を飲まされてきたのかは説明するまでもない、それこそ暴力や罵声などと言ったものは日常茶飯事の出来事であった。


 結果として幼いヒロは下層でさえも生きることが出来ずさらに下の最下層アンアンダーに引きこもる様にしてゴミ拾いをする事で何とか生き延びてきた。

 そんな安定とは無縁の暮らしでは常に危機は付きまとう。ろくな収入もない日が続けばあっという間に野垂れ死ぬことは常として、不安定な通路に身を任せる事になる最下層アンアンダーでは運が悪ければ崩落に巻き込まれ生き埋めになる可能性もある、だがそれを恐れていては元も子もない。

 水を一杯飲んだヒロは食事もなしで部屋を出ていき最下層アンアンダーへと降り立つ。

 初めてここを訪れる人間であれば延々とあてもなく歩き続ける事になる細い通路をヒロは見極めて歩いていく。

 毎日をここで生きているヒロは全く目印となるようなものがない最下層アンアンダーの通路であっても自然と記憶している。

 そのまま同じような通路を下って左右へ曲がり時には少々登ったりもしつつヒロは目的地へとたどり着いた。


 最下層アンアンダーでは上から落ちてくるものを拾うのではなく、すでに埋まっている物を掘り出して拾うというのが基本的な方法である。この無数に伸びた通路も元はと言えばヒロが長年を掛けて少しずつ掘り進んで来た歴史でもある。


 その歴史の最先端部分に到着したヒロは生きるために手を動かし始める。

 一世代どころか三世代は前の古いヘッドライトを頭部に付けたヒロはがさがさと手を動かしながらトンネルの行き止まりを掘り進む様にして進んでいく。


 大量の廃棄機械類が上から落ちて来ては積もり積もる最下層アンアンダーでは上で拾われずに埋もれていった機械部品などが埋まっている、それを拾って売ることがヒロの唯一の収入源。

 と言っても下層で拾う人間もいる以上ヒロの手に入るようなものはゴミの取りこぼしのおこぼれとでもいったようものばかり。

 そんな場所にろくなものがあることなど滅多にない、だが探さなければ見つかることもない、せめて今日だけを生き抜くことだけを目標としてヒロは毎日手を動かし続けていく。


 重い鉄くずを両手で掃きだしては端の方へと押しやり、通路のわきに置いておいた建築材の破片を使って崩れないように支えを作る。

 いずれもかなりの重労働だがすでに幾度となく繰り返してきたヒロは黙々と作業を行っては先へと先へと進んでいく。


 するとその時、不意に通路の中に地響きのような音が鳴り響いた。


「ん?」


 一心不乱に行き止まりを手で解きほぐしていたヒロだったがその音には敏感に反応し素早く振り向く。

 この場所では物音一つが生死にかかわることは珍しくない、誰かが珍しく奥まで入って来たのかそれともどこかで崩落でも起きたのか注意深く耳を傾けながら周囲を見回し様子を探る。


「…………」


 ヒロの脳裏に後ろから殴られた幼少期の記憶がよみがえる、あの時は換金するべく取引所へと向かう途中で無防備に歩いていたところを襲われ、ようやく手に入れた貴重なスクラップを犠牲にして何とか体の方は事なきを得た。


 その後収入を失ったヒロは比喩でもなんでもなく次の収入を得るまでの間、泥水をすすって暮らす羽目になった。

 それを思い出し身構えるような格好を取ったがヒロは体の力を抜いた。取引所の近くならばともかくこの最下層アンアンダーへ降りてきてまで襲うような物好きはまずいない。狙うのならば最下層アンアンダーの出入り口付近で待ち構えている方がよっぽど効率が良い。


 そんな事を考えつつ待っていたがそれ以降何かしらの音が聞こえて来ることもない、何処か遠くで崩落が起きただけと判断したヒロは再び作業へと戻ろうと体を正面へと向けた。


 だがその時、先ほどとは明らかに近い場所から崩落音が鳴り響き、それと同時にヒロの鼻腔に廃棄物特有の鉄臭い香りが沁みこんできた。


「っ!」


 それを感じたヒロはすぐさま振り向く、すると少し離れたところにある横道からほこり交じりの黒い粉塵が舞い上がっているのが見えた、どうやら一本隣の道で崩落が起きたらしい。


 もし一本道を変えていたならば――。


 そんな考えがヒロの脳裏に一瞬浮かんだがすぐにその出来事は幸運として捉えられる。

 しばらく待ち崩落が完全に収まったところでヒロはその場所へと向かって足を進めていく、崩落した場所は手で掘る手間が省けるのでヒロにとっては効率がいい場所へと早変わりしたに他ならない。


 足元に注意しつつ崩落が起きたであろうその場所を見てみるとそこは明らかに売れそうな部品類がちらほらと見えている場所であった。


「今日はついてんな……」


 それを見てヒロは思わず声を漏らした。


 廃棄場ドレインには上から絶えず廃棄物が流れて来るがここは一番下であるため、途中で大体の廃棄物は拾われてしまう。

 だが時折この場所のように沢山の有用なものが固まっている場所という物が存在しているという事をヒロは経験的に知っていた。

 何が起きているのか下に住むヒロには知るよしもないがこれは短時間に大量に廃棄物が落ちてきたことによって回収される前にすぐに堆積してしまうことが原因で起きるという現象である。


 とは言え仮に知らされたとしてもそんな知識などヒロにとってはどうでもいい、ヒロにとっては金になるものが手に入ればそれでいいのだ。

 いつもは無表情で黙々と拾い続けるヒロだが穴場を見つけたこの時は珍しくふんふんと鼻歌を口ずさみながら廃棄物の中を手さぐりで探って見つけた小型部品をバックパックへと収めていく。

 長年積み重なった廃棄物の山は凄まじいまでに混沌としており、いくら沢山あるとはいっても決して楽に探せるものではないが普段からすれば雲泥の差である。


 そのまましばらく拾い集めていたヒロであったがふと気が付く。


「…………」


 足元の部品の方に目を取られていたヒロは今まで気が付いていなかったが明らかに場違いな物がそこに存在していた。

 崩れたことによって内側の方まで明らかになったゴミの山の中、もし山が崩れなかったら絶対に気が付くことはなかったであろうその山の奥深くの中心部付近。


 そこに肌色の物体――腕が突き出ていた。


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