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ゴミ箱の中の街  作者: 藤柵かおる
プロローグ
1/32

廃棄場(ドレイン)

 

 金があれば幸せになれる。そう信じてヒロは今までの人生を生きてきた。

 成功した人間が手に入れ、手に入れられない者は落ちぶれるという非常に分かりやすい指標である金。それはどんな場所においても存在しておりゴミ箱の中であっても変わることはない。


 ゴミ箱、それは機械技術産業の発展とともに比例するかのように排出されることとなった大量の産業廃棄物の処理場として使われていた場所の別称。

 直径数キロにもわたる巨大な露天掘りのような入り口から始まるその巨大な地下空間は地上から湧き上がる大量の廃棄物を巨大なプロペラで破砕し穴の底へと蓄積させていくという単純な造りの埋め立て地。

 だが建造物という枠組みを超えた超巨大な処理施設はその中だけで一つの世界が出来上がっているほどの規模を誇っていた。


 廃棄物は分類ごとのレールを通ってゴミ箱の下の方へと流れていき道中で拾いとる者達がそれを回収、回収されたものはゴミ箱の中で腰を据えている加工技術を持った者達へと送られ、再加工されたのちに再び地上へと送られる。

 地上から送られてくる廃棄物の大半は破砕し堆積するよりも前にそのほとんどが再加工され再び地上へ戻されていく、そのような高度な循環システムを兼ね備えた巨大なゴミ箱。


 回収する者達、加工する者達、そしてそれを取引する者達が集まりそれを顧客とした第三次産業までもが発展しまさに一つの世界としての循環が成り立っている場所。


 街すらも含んだ巨大なゴミ箱「廃棄場ドレイン」の名でその場所は呼ばれている。


 ヒロは記憶がある限り、廃棄場の中だけで生きてきた人間である。

 自分自身の持つ最も古い記憶まで遡っていっても廃棄場以外の光景は見たことがなく、さらに言うなら自分がどこの誰なのかも分かっていない。


 自分が一体どこの誰によってこの世に産み落とされたのか全く分からない。もしかしたら分かっていたのかもしれないが本能的に記憶を奥底へと押し込めてしまったのかその辺りの記憶は全くもって存在していない。

 捨てられたショックで記憶を失ったなどと言えば少しは聞こえも良くなるのかもしれないが親の顔も忘れるほどに一人で生きてきた時間の方が長くなったと言った方がまだ自尊心には優しいようにも思えてくる。

 そのぐらいの自尊心が無ければヒロは生きていく活力さえも見いだせない。


 廃棄場ドレインは今もなお高度な循環システムを兼ね備えた街として機能しているがその大本には地上から追いやられた人間が巣くう溜まり場といった方が正しい。

 回収屋とはレールの上を流れてくる廃棄物の中から拾い上げるような仕事をしている者達の事を指すがそのような事を行っている時点で廃棄場ドレインではかなり恵まれた地位にいる者達である。

 大抵の人間はすでにそのような者達に拾われた後、つまりすでに埋め立てられるという未来が確定し下へと落ちてきたゴミの中から拾い上げるという方法で生計を立てている。


 幸いにも廃棄場ドレインは余りにも規模が大きいせいで上で拾いきれずに零れ落ちてくるものはそれなりに多く、生きていくことは不可能ではない。

 それでも廃棄場の下の方で暮らす者達がゴミをあさって生きているということは変わらない事実である。

 地位も才も技術も持たない者が身一つで生きられる方法を探してゴミと一緒に廃棄場の下にやってきて、下に行くにつれてその地位も比例するように低くなり生活の質も低くなっていく。


 そしてその日その日を生きていき、いつか死んだとき自分自身もそのゴミと一緒になってゴミ箱の底に埋もれる。

 ヒロが生きてきたのはまさにそのようなゴミ箱の底であった。


 直径数千メートル、高さ数万メートルにも達すると言われる廃棄場ドレイン。特に一万五千メートルを超えたあたりは「最下層アンアンダー」と呼ばれる廃棄場ドレインの中でも最も地位やコネがないものが暮らす場所。

 そこはまさに堆積したゴミが落ち着く最終的な場所でありまさに奈落の底とでもいったような場所と言える。


 廃棄場ドレインの最下層と聞くと落ちてきたゴミが溜まっている平野のような場所を想像するかもしれないが実際はそうではない。最下層というのは堆積したゴミの上ではなくそのさらに下、つまりは積もり積もったゴミの中の事を指している。

 廃棄場ドレインの底に溜まっているゴミはそのほとんどが破棄された機械部品や建築材などであり当然大きさも大小様々である。巨大なプロペラで攪拌してはいるがそれも所詮は大雑把なものであり人の背丈を悠々と超えるような建築材などがそのまま下まで落ちて来ても珍しくはない。


 一体誰がそんな事を考え実行したのかは今となっては分からない。だがそれらを利用した通路が廃棄場ドレインの一番下には広がっている。

 大きさも太さもまちまちで複雑に入り組み、時には崩れたりすることも珍しくないその場所こそが真の廃棄場ドレインの底である最下層アンアンダーと呼ばれる場所。


「はぁ……」


 最下層アンアンダー、常人が入り込まないようなまさに最底辺といった場所にやる気のないため息が響く。

 それは最底辺の狭い通路をさらに奥へと向かって行ったさらに奥、何も知らない物が来たら方角はおろか上下さえもわからなくなりそうなほどの入り組んだ場所に不自然に存在する扉の中から聞こえて来る。


 扉の中は明らかに人が住むことを前提とした構造の部屋となっておりやや大き目な部屋ともう一つの少し小さな部屋が繋がった造りをしていた。

 大きい方の部屋には小さいながらも最低限の機能を持ったキッチンの様な場所や棚のようなものも設置されており最下層という場所からすれば破格の物件といえるだろう。


 その部屋の中に置かれたソファの上で一人の男が寝転がっている。

 線の細い顔立ちではあったが寝起きに由来する不機嫌さと無頓着さを表したような不格好な格好が合わさってお世辞にもマイナスの第一印象を与えてくる。


 時刻としては昼過ぎだが巨大な穴の底には太陽の光などといった物は全く届かない、何となく起きた時が朝で何となく眠くなってきたら寝床で寝る。それがヒロにとっての時間という物であった。

 今日もまた起きたという事は今が朝に当たるという結論を出しつつヒロは寝ぼけた思考もそこそこにソファから体を起こし、軽く伸びをして体を覚醒させていく。


「行くか……」


 一通り体が動くようになったところでヒロはすぐ近くの机に置かれていたバックパックを手に取る。中に入っているのは作業用のヘッドライトなどの一通りの仕事道具。

 道具を手に取った所でヒロはキッチンらしき場所へと向かうと近くに置かれている箱の中から容器入りの水を取り出して口に含んだ。


 ゴミ場の中であっても、むしろゴミ箱の中に住む者だからこそ水という存在は重宝される。人が生きていくためには水は絶対に必要となるが当然のことながらこの場所に水道が引かれているなどと言うことはない。

 といっても廃棄場ドレイン内には水道という物は存在しておりむしろ上の方へと行けば貸し住居一室に水道が一つ付いているようなことは当たり前である。

 水道という物は高低差を利用して流れという物を作り出しているため高さが数万メートルもある廃棄場の最下層までは水を循環させることが出来ない。


 そのため廃棄場ドレインの下の方にいる者はこのような容器入りの水を買って飲むしかないのだ。

 ただでさえ困窮した最底辺に暮らしているというのに経費が掛かるという仕組みに文句も言いたくはなるが覆すすべなどはあるはずもなく受け入れることだけが唯一の選択肢である。


 ヒロもまた少しでも節約をするために無駄なことは必要最低限を除いてしない、一日三食の食事も娯楽も金や時間を持てあましていないヒロには単なる無駄としてしか映らない。


 廃棄場ドレイン最下層アンアンダーという場所はあらゆる周囲の状況がどんどんと追い込まれていくような仕組みとして成り立っているのだ。


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