不穏Ⅱ
「よくも留美を!」
(ああ、面倒臭ぇ……)
場の雰囲気から察せられる不信感。感謝の念と憤怒の感情が入り交じった複数の視線が俺を射抜く。中には理性的な──この場合は「合理的」というべきか──な判断を下して仕方がないと納得して純粋な感謝だけを抱く者もいれば、感情的になって憤るどころか敵意すら抱く者までいる。
……こいつはこいつで俺に対して純粋な殺意を向けてくるし。しかも、よくわからんこと口走っている始末だ。
「ごめん、意味わかんない」
「っんだとっ!!」
そんな訳で、俺が抱える心境を率直に伝えただけなのに怒られたんですが……なんなんですか、この理不尽は?
「説明ぷりーず」
「……え?」
俺は振り向いて、そう訊ねる。というか、解説を求める。
こいつと違って話が通じ、事情を知っていそうな人間──他の生存者達に質問することにした。
振り向いたのだから、自然不良に背を向ける形になる。面倒だという考えを吹っ切るためにか、まるで遊ぶような、楽しむような思考になっていることを自覚する。テンションが割と高めというか、口調が阿保っぽいものになってるのはそのせい。
相手にされなくて激高したのか、なんらかの武器を構えたのが感覚でわかる。分かり易い。
「お、お前ぇ……っ!!」
(あーあ、戻れないくらい怒っちゃった)
少し神経を逆撫でした結果がこれである。
踏み越えてはいけない人としての一線、奴はそれを踏み越えた。法やモラルやらで禁じられ、育まれてきた、他者を傷つける・殺すことへの忌避感を己の激情に従って掃いて捨てた。
奴は、躊躇することなく俺を殺すだろう。
しかし、俺の楽観的心情なのは変わらない。こいつが『敵』であることも同様に、俺にとっては些事に過ぎなかった。
「はい。では、どうぞっ」
「え、えっと、彼の言う留美さんという方は、そこの彼の彼女さんで、その……さっきの襲撃で、えっと、お亡くなりに……」
満面笑顔の俺に詰め寄られた彼は、戸惑いながらも答えてくれた。
「……マジかよ」
「は、はい。本当なんです」
手を顔に当てて、軽く項垂れる。
その時漏れた感想に、彼は律義にも返してくれた。まあ、湧いた心情はまったく異なるだろう。
(なんだ……その程度の理由か)
在り来たりというか、お約束というか。
「下らない」
実に下らない。責任転嫁、ただの逆怨みじゃねえか。
察してはいても、その矛先に選ばれた人間にとって堪ったものではない。理由がしっかりとしたものならば諦め程度には納得できたかもしれないが、それすらない逃避に使われるのは我慢ならない。
「それで、よく踏み出せるな」
理解できない。
そう吐き捨てながら振り返り、不良を見る。彼は血走った目で俺を睨み付け、手に光る物──さっきまでゾンビを切り捨てていた刃物を持って構えていた。
武器を構えたあたりから、敵意の質が殺意のようなドロドロとした気持ちが悪いものに変わっていたのは感じていた。
「人を殺す」という行為のハードルは、そう簡単に越えられるものではないと思っていた。それを案外あっさりと越えた様を見せられて、脱帽というか、失笑を禁じ得ない。
「それも、ただの復讐のためときた──どうせ堕ちるなら、背を向けた時点で。さっさと殺せばいいものを」
自然と、声が低くなる。
口調が大分悪い、我慢だって効きにくい。以前は、合理的に、無駄を嫌って、柳に風と受け流し、それが無理なら相手を全面的に肯定し、自分の世界に籠る。そんな人間だった筈だ。
人格が、思想が、『世界事変』以前と比べて大分過激になっている。人に似た物を殺した影響か、元々俺の中で眠っていたものなのか。
「──責任、押し付けないでもらえるか?」
憂鬱を振り払うために、逆に楽しむというプラスのスタンスに変えた。しかし、もうそんな気分ではない。
疑問は消えた。
相手は、覚悟を決めた風に見えて実際全然そんなことはない半端者。なんも、面白味がない。
余興は、終わり。
「話を総合すると。ゾンビがここを襲撃。目の前にいて怒り狂ってるお前を含めて、生存者はそれに対抗。俺は途中参戦」
話を纏める。事務的に、端的に、それぞれの立場を述べていく。
「で、さっきの彼の話やお前の態度から察すると、だ。その留美という方は死んで、お前は何故か俺を目の敵にしている」
察するもなにもない。説明は自身な下げの男から聞いている。聞いたうえでの知らんぷり、さぞや良き燃料になることだろう。
ついでに、「何故か」の部分を敢えて強調して並べた。
「何故……だと?」
歪んでいた不良の顔が、俺の言葉にますます歪む。そして。
「お前が留美を殺したんだろうがっ!!」
という、謎理論で自己完結された暴論を告げてきた。”妄想癖がある人”って、こいつのような人種を示すのだろうとつい納得してしまった。本当、理不尽極まりない害悪だ。人の言葉を聞き入れやしない。
「直接人を殺した記憶はないんだよなぁ。確認しようか、留美さんとやらを殺したの……本当に俺か?」
どれだけ思い返しても、生きた人間を相手にした記憶はない。そんなことは分かり切っている。
自分でも意地の悪いことに、敢えて問い質す。例え思い込みだとしても、敵対してくる奴に遠慮する必要なんて感じない。物理的・精神的を問わず、徹底的に潰そう。
(……俺、結構根に持つ性格なんだよね~)
まぁ、そういう訳だ。観念してもらおう。