収束と不穏
「ふぅー……」
大きく息を吐いて、緊張で入っていた無駄な力を抜く。
周囲は死屍累々。飛び散った肉片や血で、黒に近い赤色ばかりが目に入る。臭いも酷い。
数日前、いや、もしかしたらほんの数時間、数分前だったかもしれない。そんな最近まで『人』だった者達が無様に倒れ、その屍を曝している。
これだけでも慣れていない精神が弱い人間なら、確実に参ってしまうだろう。実際、今日一日だけで濃密な経験を積んだ俺でも、気分が悪いくらいだ。
亡骸は、お世辞にも綺麗な状態とは言えない。首から上を、失っているか潰れているのは、倒す手段のため当然として。
臓物が腹部から飛び出していたり、身体の一部が欠損していたり、関節が可笑しな方向に曲がっていたり、骨が折れていたり砕けていたりと酷い有様だ。人間を辞めた時には既にそうだったかもしれないし、さっきの戦闘で俺がこうしたのかもしれない。
なにがともあれ、戦闘は終わった。『敵』は全て殺したから。
それに罪悪感は湧かない。
『人』だった面影はあるが、いまは『ヒト』ではない。『生者』はなく、ただの動く『屍』。……そういうものだからだ。
そもそもな話。殺さなければ、奴らに喰い殺されるのだ。
俺のようにキッパリと割り切れる人間も珍しいだろうが、後々俺のような生存者とたくさん出逢うだろう。割り切った者は生き残れ、出来ない者はその躊躇ゆえに自らの身を危険に曝す……この世界はそういう『地獄』へと変わってしまったのだから。
「そこの君、助かったよ。礼を言う。ありがとう」
俺が助けに入った、十数人規模の生存者の集団。そこから中年の男性が一人、近づいて来て頭を下げた。
「いえ、必要なことだったので」
言葉少なめに返し、この場での交流をサクッと終わらせる。
触らぬ神に祟りなし。厄介事の種がわんさか潜在的に存在する人間のコミュニティに、わざわざ近づくつもりはない。
が、男は妙に俺を引き留めにかかり、結局は俺が折れる形でこちらを窺う残りの生存者とコンタクトをとることになった。
「紹介しよう──」
俺を連れてきた男がこのグループ、総勢十数名を紹介していく。
リーダー格、及び、幹部格と思われる者の名前のみ記憶の片隅にでも置いておく。他はどうだっていい。というか、もうこのコミュニティと接触するつもりはないので、名前を覚えておく必要は正直ない。
ついでに、俺は名乗らなかった。
「では、俺はこの辺で」
群れる必要性は、俺にはない。集団でいることで発生するメリットは、そのほとんどがデメリットに転じ、結果デメリットの方が多くて目立つ。
「おい」
そんなあっさりとした俺の態度が気に食わなかったのか、俺に助けを求めた不良のような少年が突っかかってくる。眉を顰めており、かなり不機嫌そうだ。
「……なんで」
「ん?」
「なんでもっと早く助けに来なかった! 近くで見てただろうが……っ。それに、あんなにも強いのに!」
内に秘めていた感情を解き放つように、早口で捲し立てる。感情が爆発する原因の他にも、ゾンビが徘徊する生命に直結する危険性から、慣れ親しんだ家に帰宅できないストレスだったりがここに発露したっぽい。
その言葉に、感謝するムードだったのが、不良少年の言葉にも一理あると思ったのか、俺の行動(の遅さ)に「疑念」を覚えるという少々どころではない傍迷惑な一要素が追加され、場の空気が居心地の悪い微妙なものへと一変した。