まだ見ぬ懸念
俺はコンビニの自動ドアの前にいる。
『世界事変』初期の段階で、自衛隊の皆様が重要施設を確保してくれたために電気は通っているので、透明なドアは開いては閉じて、閉じては開いてという工程を繰り返す。当然として、それと連動する店内に響く入店音も同じくだ。
掲示板で囁かれていた「ゾンビが音に釣られる」という性質は、ここに来る路地を含め何度目も実証された。
つまり。
「……ぐぁ……」
「とっくに気付いてんだよ。お疲れさまDEATH!」
音に呼ばれて背後から接近してきたゾンビの頭に、振り向きざまに遠心力でいい感じに威力がブーストされたバットをくれてやる。
狙ったとはいえ、バットは目標にクリティカルヒット。めり込んだバットはそのまま頭部を粉砕し、赤黒い血をはじめ様々な“見せられないよー”が飛び散る。死者であれ、決して無視できないほどの損傷を負った襲撃者は倒れ、そのまま動かなくなった。
一撃粉砕はやった本人としても正直アレだが、小説に感化され始めたトレーニングや昔やっていた部活の恩恵、もしくは慣れによる作業効率の向上を思い満足感に浸る。人間は進化していく生き物なのだよ。
「これで十……なん匹だっけか?」
なんのアクシデントもなくマンションを抜けた後、ここまで来る道筋の中で、それなりの数の『敵』を仕留めた。
『何度か殴らなければ倒せない』のは、“高橋さん”で実証済み。それをコンビニに行く程度の距離と時間で、『一撃で潰せる』ほどにまで向上するとなれば、どれだけの障害にエンカウントしたかは想像が付くだろう。
答えは、とにかく“いっぱい”である。
傷一つなく来られたのが、心底不思議なくらいだ。正直なところ、カウント数と倒した累計は、『=』で結べない。
生憎だが、俺には戦闘中に討伐数を数えられるほどの余裕などないのだ。もしこれが王道ラノベ主人公なら、武術の達人や特異体質だったりして、超余裕を持って完勝するのだろうが。
「それでも──少ない」
それでも、明らかに足りていない。
店内は、意外ながらゾンビの姿も、荒らされた形跡もなかった。
緊急時とはいえコンビニだ。一人や二人、見張り役としてレジにいただろう。客もそれなりにいたはずだ。しかし現状、ゾンビと化したそれらが見当たらない。無事に逃げ切ったのだろうか。
(いや、それはないか)
ゾンビは人を襲い、喰らい、殺し、仲間を作り出す。つまり、“全人類の数=ゾンビの数”だ。日常的に見られる人たちの全員がゾンビに変わる、といった方が想像がつくか。
あまりにも欠損が酷すぎてゾンビ化しなかった者“無残で最悪な終わり方だが人間として死ねた個体”という稀なケースもあるだろう。が、そんな希望的観測は捨てるべきだ。
実際に、音に釣られたゾンビ君その二は、頭の一部が欠け手足も使い物にならないにもかかわらず、俺を貪ろうと這って一生懸命に近づいてくるのだから。頑張って這った先にいる俺の手よって殺されるのだから、ある意味で殺されに来ているともとれいっそ滑稽だ。
これほどまでに執拗に、ゾンビは人を追い続ける。例え、自滅する可能性が高かろうともだ。
そんな捨て身覚悟の頭可笑しい(そもそも機能しているのかすら怪しい)奴等を相手に、無事に逃げ切ることなど容易ではない──そんな考察を打ち切ると、可能なだけ素早く店内にある目的の物資を確保する。
これでも『世界事変』から数日が経過しており、前回ここに来たときと間が大分空いてしまった。正直なところ、食料を中心とした“生きるのに必要な物資”は残されていないと思っていた。ここら辺には、予想よりも生存者がいないのかもしれない。
容量一杯になったリュックサックを背負い、俺はコンビニを後にする。嫌な予感をひしひしと感じて帰りを急いだ。
ゾンビの姿をあまり見ないことに加えて、『食料庫』ともいえる店内がまったく荒らされていないこと。
“嵐の前の静けさ”的な前振り臭と未だ確認できない生存者の存在は、例え気のせいだったとしてもこれから起こるだろう面倒事を確信するのに十分すぎたファクターだった。