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時間回帰の荒御霊  作者: 佐守 竜空
ぐだぐだな序章編
2/16

本日ファーストエンカウント

 必要な荷物を確認して、借りている部屋を出る。しっかりと施錠し、一応メッセージを残しておくことも忘れない。


『我、食料調達へ逝くつわもの也』


 そんな、一見悪ふざけのような一文を発信しておいた。


『軍曹の働きに期待する』

『Good luck』

『I'll be back』

『やめれwww』

『まぁ、いいんじゃないかな』

『↑帰れよ』


 さすがは数々の情報が集まる最前線。画面に張り付いていただろう廃人、いや“廃神”たちが、すぐさま温かい言葉を掛けてくれた。……温かい言葉も最初だけで、後は普段通りに話題が迷宮化していったが。


 閑話休題。


 僕が借りている部屋は、このマンションの三階の一番奥にある。なので必然的に、出かける際には階段かエレベーターを使わないといけない。

 場所的には非常階段がすぐ傍にあるのだが、正面玄関から出る方が都合が良く、そもそも滅多に使わない階段は違和感があって精神疲労が溜まりそうだ。


 『慣れないことはしない』。それが一番リスクの少ない、堅実な選択である。

 そもそもが数日ぶりの外出だ、警戒するに越したことはないだろう。


 階段があるエレベーターホールに向かう途中、黒いビジネススーツの見慣れた姿を捉えた。


 前回会ったのは、ほんの数日前か?


「高橋さん、こんにちは」

「…………」


 お隣さんに住んでいる高橋さん、名前のほうは知らない。奥さんとは現在別居中。なので同居人は、ペルシャとマンチカンの猫二匹だ。職業は……確か、『何処にでもいる普通の会社員』だったはずだ。挨拶の際に、笑ってそう名乗っていたのを覚えている。


 一人暮らしの俺をなにかと気にかけてくれて、夕食にご招待、なんてこともよくあった。高橋さんも、調理の手間暇が面倒に感じるタイプの人だったらしく、招かれたときのメニューは大概が出前の寿司やピザ、稀にウナギだったけど美味しかったし、なによりも楽しかった。


 ウナギだった時に活性化する可愛い猫たち。高橋さんは、そんな愛猫の様子に苦笑しつつ、付いているタレを除いたウナギを与えていた。体に悪いのではと思ったが、高橋さんの『幸せならいいじゃない』という一言に、ついつい共感してしまった。なぜか寿司のネタは狙わない(与えれば食べる)というのが、やけに印象的だった。高橋さん猫たちは、きっとブルジョアに違いない。


「今日は良い天気ですね。引き籠もってばかりの僕には、少し辛いですが」

「………ぁ…」


 返事がない、ただの屍のようだ──。……そんな風に笑い飛ばせたら、どんなに楽だっただろうか。


───このときの俺の脳裏には、掲示板に羅列されたある言葉が浮かんでいた。



 何度声を掛けようと、彼らが応えることはない。


 その双眸には、生きる者としての光は既に消えている。


 その表情は、一切変化することはない。


 覗く皮膚の、どこの血色も悪く青白い。


 喉から紡がれる掠れた声は、そのすべてが意味のない喘ぎに過ぎない。


 致死量の出血を物ともせず、体に大きな損傷を受けても動き続ける。



──廃神と呼ばれる賢者達(別名『分析班』)が集結したスレで確立された『ヒトかゾンビの見分け方 ~俺等からしたらどっちも強敵な件~』。それに綴られていた『人類の敵』の特徴の数々が。


 当人の高橋さんは、ただただ無言でたたずみ、時々息が漏れるような喘ぎが聞こえる。その身体に外傷どころか血の痕すら見当たらないが、見える肌のすべてが病人以上に血色が悪い。目は虚ろで白く濁っているようにも見え、生気がまったく感じられない。人が発するのとは違った気配を放っており、どこか得体の知れない恐怖を覚える。常人からは感じない異質さがそこにあった。


「屍の“ような”、じゃなくて“そのもの”か……」


 そう。今の彼は屍そのものだった。


 意識のピントを合わせれば、周囲に漂う生理的嫌悪感が湧く異臭──なにかが腐ったような臭いや血生臭い鉄の臭い──それが感じられる。血が乾いてできた染みや赤黒く変色した肉片が、壁や地面の至る所にこびりついている。


「話には幾つか聞いていたけど……それが身近だと、やっぱキツいな」


 彼はもういない、死んだんだ。襲ってくる『敵』になったのだ……目の前の光景が、そう訴えてくる。それらの事実が『現実の出来事』だと、どこか他人事のように楽観していた俺の意識に強制的に認識させる。


 それを踏まえて。俺の出した答えは、ある意味非情で、とても合理的なもの。



──諦めて、思考を切り替える。



 ならば。いま問題なのは、“その『敵』がこちらに接近している”ということ。


「じゃ、殺るか──」


 そう結論付けた途端、意識が冴えた。先程まで感じていた知人への親しみなど消え失せ、情け容赦など甘い考えは浮かぶことすらない。


 敵性存在──『死人』一体

 距離──目測で六メートル

 武装──荷物の一つとして所持していた金属バット一本(他のめぼしいものは、中身が少ないので軽いリュックやそのポケットの中なので『補助武装サブ』扱い)


「さすが素人。冷静に状況把握してもこれか……ま、問題なんてないけど」


 なんせ、手慣れた工程だからな。


 とはいえ。あまりの素人加減──己の能力の低さに嘆息する。当たり前ではあるが、いま嘆いていても仕方がないことだ。


 そのまま僅かに身構え、しかし適度に力を抜いた、最適とは程遠い姿勢のまま近づく。しかし、これでもまだ素人にしては上出来だろう。混乱して動けず、もしくは恐怖によって硬直し、そのまま化物共に食い殺される人間だっているのだから。


 なにより──こういった戦闘が初めてという訳でもないんだ。




─────




「はぁ、はぁ……」


 鼓動は普段より速く、呼吸も随分と荒くなっている。思考は──酸欠か疲労の影響か──霞がかかっているように、空白に支配されている。相手が元知人だったということもあって、無駄に力が入ってたり、焦ったりしたのだろう。


 唯一の武器であったバットは、いまでは鮮血に濡れて、そこから滴る赤い雫がタイルの床を染める。衝撃がうまく流れたのか、それとも性能が良かったのか、折れ曲がることはなかった。多少の歪みはあれど、大したへこみは見当たらない。


 俺の足下には、高橋さんだった『怪物』が転がっている。再び暴れ出す気配はなどなく、いまは大人しく自らが流す血の池に沈んでいる。


 その顔は原形を留めておらず、もはや判別がつかない。頭蓋は割れて、そこから流れ出た様々なのものがヌラヌラとその存在を主張し、行動阻害の目的で折られ、砕かれた手足は、常人なら生じる痛みで動かす意思すら起こらないくらい悲惨な状態だ。


 部屋を出発して初エンカウントした『敵』は、いまやそんな無残な姿を曝していた。


「……『まぁ、良い奴だったよ』」


 悲しみや寂寥が混じった声が空気へと溶けていく。目の端に溜まる雫は、意識してはいけない。


「……このセリフ、一回いってみたかったんだよねー」


 そんな茶化した言葉が、誰もいない廊下に寂しく響いた。 それ以上の感慨に浸ることなく、俺は──前に歩き出す。


──思考を、切り替えねばならない。


 そもそも。(おまえ)、人だったモノを壊すの。初めてじゃないだろうが。


 どこか、嫌に冷静というか冷徹な部分が。そう(どくづ)いた。



 生ける屍、動く死体、怪物、化物、魔物、怪異、妖魔、ゾンビ、アンデッド、僵尸キョンシー、エトセトラ……そう様々に呼称される『死んだはずの人間』。ほんの数日前、この世界はそんなモンスターが闊歩する『地獄』へと変わった。

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