とある組織の検証
ライフラインに関して、政府が早々に自衛隊を投入していたため今のところ問題はない。
しかし、インターネットに関しては微妙だった。邪推かもしれないが、人為的に今の状態が保たれている感がある現状である。
人間の殆どは歩く死体と化している現在、運営する人間がいなくなり人の手が必須だったサーバーは当然ダメになり……しかし、問題がない筈のものはなぜか使えなくなっているものが幾らか。
通話やメールといった個人に限定したものは、システムによる封鎖や機能が制限され使用不可となり、掲示板といった不特定多数の人間が閲覧するようなものは快適に動作する。
ネトゲームの類はプレイでき、チャットやその他機能も問題なく──それどころか以前より改善されたと思われる箇所が幾らかある。
個人に対する接触を禁じ、多くの人間が出入りするものの利用を推奨する。
未知の敵を相手に、大勢で協力して勝利しましょう──そんな何者かの意思を感じずにはいられない。
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深夜。
なんの予告もなしにネットに上げられたひとつの動画は、閲覧した者達の以後の行動に多大な影響を与えた。
『さて、おはよう諸君』
その映像は、どこかの一室を背景に若い男が微笑んでいるところから始まった。
『我々は、≪人類文化部≫。そして俺は、そのグループの指導者みたいなことを任されている最上という者だ』
人類文化部──某掲示板にて注意勧告や最新情報の公開を行い、生存者筆頭グループのような立ち位置にいる集団だ。
例の『ヒトかゾンビの見分け方 ~俺等からしたらどっちも強敵な件~』や様々な情報を提供し多くの人間の生存を補助している。
所属する人間は「オタク」と呼称される人間が多く、結成時に定められた行動理念は『人類の至宝を死守する』こと。活動初期にクリエイターをはじめ某産業関係者の保護を実行、彼らに安全快適な環境を提供し物語を展開させ、世に絶望している者に潤いを与えている。
そんな行動もあってか、二次元を崇拝する者達は言わずもがな、必死に命を繋いでいる者達からも英雄視されている者達だ。
『これから流す映像は、とある一人の英雄によって得られた貴重な情報だ。──総員、黙祷』
言葉を合図に画面が切り替わり、広い場所に佇み黙祷を捧げる大勢の人間が映し出された。≪人類文化部≫のメンバーだろう。
少し経ち、ノイズが走ると一人の男性を映し出した。
『私は御堂、以前は警官をやっていた者だ。これから行う“実験”は私自らが志願したものであり、報酬も、私が抱く望みを叶えて貰えるよう確約して頂いている。決して強制されてのものではないと、誤解ないようお願いしたい』
映された男は、堂々とした立ち振る舞いで語っていく。その内容は、どれも『ゾンビに有効な手段』についてだ。
解説が一通り終わり、一つ礼を執る。
『私の行動が、自分の夢を実現するだけでなく、諸君の今後に役立つものであると幸いだ』
顔を上げたときの貌は、言葉にするなら『漢の顔』。なにかを決意した者が浮かべる表情だった。
次の視点は、高い。高所から撮影したものらしい。それには、交差点のど真ん中に陣取り拳銃を握る御堂の姿があった。
この映像を見ている全員が、次の展開に興味を持ち、身体を乗り出してディスプレイを凝視したことだろう。
突如、空気が変わった。拳銃を真上に構え発砲──同時に乾いた音が静かな街に木霊する。
誰もが息を呑む。大きな音を立てる──いまの世界では、それは明らかな自殺行為以外の何物でもなかった。
見た者は全員、驚くと同時に疑問を覚える。そもそも、死者が物音に引き寄せられるという情報のソースは≪人類文化部≫であり、御堂はそこの所属だ、その性質を知らない筈がない。
奇跡でもあれば逃げることも可能だろうが……奇跡は、起こらなかった。数えるのが億劫になるほどのゾンビが生者、御堂を目指して殺到する。まるで、街にいるすべてのゾンビを掻き集めたかのような光景だった。
そんな中でも、御堂は平然と銃口を向けて集団に叩き込んでいく。撃って、撃って、撃ちまくる。残弾がなくなればすぐさまリロード、弾を込めては発砲を再開する。
しかし、まさに焼け石に水といった感じで、集団の勢いはまったくといって衰えなかった。一歩、また一歩と確実に距離を詰めて──
「───っ」
マイクが、終りの悲鳴を拾う。
しばらくして、ゾンビが興味を失ったかのように散っていく。その場に残るのは、御堂のものだろう僅かな肉片とおびただしい量の血だけだった。
大神は、最後にこう締めくくった。
──銃という現代兵器に、奴らに対してアドバンテージはない。
──御堂、元刑事。彼という英雄によって、また一歩、我々は未来へと進む。