気紛れ
「ねぇ」
「……ん?」
背後から話し掛けられ、俺は足を止めた。声を掛けたのがただの生存者なら、俺はきっと、足を止めることはなかっただろう。
耳が拾ったその声が、大人と比べるとあまりにも高くて、興味が惹かれたからだ。
「…………」
「……なに?」
声で推測した通り、やはり声を発した相手は幼かった。いや、「幼すぎた」と言うべきか。
しかし、想像の埒外だったのは本当で、思わずまじまじと顔を見つめてしまう。
見たところ小学生、それも低学年くらい。身長はやはり低く、容姿はその予想に似つかわしい幼い印象を与える。地獄のような「別世界」にはなったが魔法が使えるハイマジカルな「ファンタジー異世界」になった訳でもないので、普通の日本人らしい黒髪で、それをロングに流している。
そして、小首を傾げる仕草も幼い印象を与えるにより拍車をかけている。
「で、要件はなんだ。黒髪ロリよ」
興味はあったが、時間を無為に消費する気はない。そのため、ストレートに尋ねる。
「ロリは嫌。バカにされてるみたいで嫌い。ただし、幼女は可」
「……幼女でいいのかよ」
黒髪ロリ改め、幼女、頷きを一つ。
(いいんだ……)
「まぁ、それはいいとして。なんだ?」
「なんで殺したの?」
「……こりゃまたストレートな返しで」
まさかそんな質問を、自他共に認める幼女が聞いてくるとは思わなかった。少し返答に困ったが、態々子供向けにする必要はないと思い直した。
「生きるのに邪魔だったから」
「……邪魔だったの?」
「そそ」
立ち塞がる壁や園芸で草花を育てるうえで障害になる害虫・害獣と何ら変わらない。ただの障害。いや、命を狙ってくるのだから、もう少し上に位置づけられる、煩わしく厄介な邪魔者だ。
「外にうようよいやがるゾンビと一緒だ。傍迷惑な害虫」
「敵だから。そう、なんだ……」
ぶつぶつと呟き一つ頷くと、最大の難問を解き明かしたようなすっきりとした表情になる。満面の笑みだ。正直、浮かべる状況が可笑しいと思う。口には出さない。
「まさか、それだけか?」
「うん。そうだけど、なにか問題ある?」
「いやいや別になにも」
興味本意の出来事なので、時間が無駄になろうと何ら問題はない。そういうものと納得できてしまうし、そもそもが自業自得なので最早言葉もない。
「あ、そうだ」
リュックから適当に物を掴み取り、黒髪幼女に渡した。
「これは?」
「飯」
「……くれるの?」
「死にたくなかったら、今ここで食っとけ」
先の出来事の影響で、モラルやらが大分危うくなっていると予測される。そこに争いの種に成り得る食料を、社会的かつ物理的に弱者であるこの黒髪ロリが持っていたら……。
「分かった。食べる」
ポリポリと少しずつカロリーバーを食べていく様子は小動物のようで、可愛らしかった。ロリコンではない、犬猫の心境だ多分。
「ゾンビは頭を潰せば、割と簡単に勝てる。ゲームのレベルアップみたいになんか強くなるし、追々瞬殺できるようになるんじゃないかね?」
食事をしている間に情報を幾らかプレゼントしておく。食べながらも瞳が俺を捉えているので、しっかりと聴いているだろう。
「それと、これはお前の自由だが。他人は極力信用しないで、情報も秘匿して優位性を確保しておいた方が良い。さっきので掛かってた歯止めが外れて、いずれ殺し合いになるかもしれないし。そうならちびっ子は不利だぞ。カモだ、カモ」
後は自分の好きにしろ、と続けて話を終わる。これも、飯も、単なる気まぐれだ。今後どうなっていくのかをこの目で見てみたい気もするが、集団に関わる気は一切ない。なので、この幼女とも会うことはないだろう。
さて、と気分を変えた時には食べ終わっていたらしい。……なんかキラッキラした目で見つめてくるが、当然スルーする。これ以上帰る時間を先延ばしにする気はない。
「んじゃ、精々生き残れよ」
最後にそれだけ告げて、俺は帰路についた。
(無駄に長い一日だった……)
この一言に尽きる。