月夜の演奏会
太郎は病弱で家から出ることはほとんどありません。外で元気に遊びまわる子供たちの声が、寝間まで聞こえてくると、太郎は窓辺に近寄っては羨ましそうに外を眺める日々を送っていました。
ある日、いつもより体の調子が良かった太郎は、久方ぶりに外に遊びに出かけたのです。季節はまだ葉が赤く染まり、地面にふんわりと落ち葉が積もっており、まさに秋の風情といったところでありました。しかし晩秋も過ぎようとする時期でもありましたので、山奥にある太郎の村落にはすでにうっすらと冷たく白い塵が降り積もっていました。誰の足跡もついていない新雪を太郎が陽気に踏むたびに、シャクシャクと心地よい音が鳴りました。その音色が何とも楽しく、太郎は夢中になって雪を踏みしめながら歩いていきました。
真っ白な羽毛を被せたような野原に太郎がたどり着くと、大きな台車を引いた行商人に出会いました。
「おう、坊主!こんな辺鄙なところでいったい何をしてるんだい?」
見知らぬ人に突然話しかけられた太郎は気おくれして、しばらくの間もじもじといじらしくその場で足踏みをしていましたが、行商人のふっくら太ったまん丸い顔と裏表のない快活な態度に勇気づけられて自分の身の上を話しだしました。病弱な体のこと、元気に遊ぶ近所の子供たちのこと、久方ぶりの外出や、雪を踏んだ時にどんな音が鳴るのかまで、これまでの幼い人生を振り返って思い感じたことを、足らない言葉でつっかえつっかえ一生懸命に話しました。その間、行商人は太郎の一挙手一投足に何度もうなずき、にこにこと人の好い微笑を浮かべながら真剣に聞いていました。
太郎の話に感じ入った行商人は、引いてきた台車に敷いてあった布を取り去り、おもむろに手を突っ込みました。なにやら無造作に台車をかき回し、あれでもないこれでもないと何かを探し続け、ようやく台車から手を引き抜きました。その手には一本の小さな喇叭を掴んでおりました。
「こいつは不思議な喇叭でな。その音色を聴いていると、楽しい気分になって幸福の土地へいざなってくれるそうだ。坊主の快気祝いだ!くれてやるよ」
そう言って行商人は台車を引いて行ってしまいました。
太郎は嬉しさのあまり小躍りしながら喇叭を吹きました。太郎の吹く喇叭は玩具のような安っぽい音色で、決して美しいものとは言えませんでしたが、ベルから音が放出されるたびに太郎は気分が高揚していくのを感じました。気持ちよく喇叭を吹きながら、太郎は広い雪原を歩き続けます。
シャクシャク、ピープー
太郎が歩を進めるたびに、誰もいない広野にどこか間の抜けた音色が響き渡ります。夢中になって太郎が歩き続けると、いつしか辺りは暗くなり、丸いお月様が現れました。
周囲の様子など一切気にせずに、気の向くままに歩く太郎が道に迷わないように、お月様は道を指示してあげました。舞い散る雪がお月様の光に照らされて銀色に輝いています。夜天から照らし出され、宙に舞う光る雪の結晶の中で、喇叭を吹く太郎のさまは、まるで立派なステージの上で人々に感動の音楽を響かせる演奏家のようです。
ふと気が付くと太郎は見知らぬ子供たちに取り囲まれていました。それぞれにヴァイオリンや打楽器を持って、太郎の演奏に合わせて演奏しています。太郎と同じ年頃の子供たちは、この寒空にも関わらず、みんな薄い布きれ一枚を羽織っているばかりでした。しかし誰も寒さなど感じさせず、むしろ一生懸命に演奏して額には行く筋もの汗を垂らしていました。
太郎の隣にやってきたヴァイオリンを持った少年は、太郎を見つめながらそれは素晴らしい音楽を奏でました。少年の意図を正しく理解した太郎は、口から喇叭を咥え直し周囲の子供たちに負けないくらい一生懸命に演奏しました。
夜がだんだんと白みをおび、お日様が一日の始まりを告げようと地平線から顔を出しました。お日様があたたかい光を子供たちにそそぐと、雪原で演奏しいた楽団は煙のように掻き消えてしまいました。
子供たちのいなくなった雪原にはたくさんの足跡を残して誰もいなくなってしまいました。
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