ぶらんこ
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ある日、ぶらんこは考えた。
何故自分は存在しているのだろうか。
寂れた公園において、自分以外に他にあるのはペンキが剥げた石でできた滑り台、錆び付いて赤黒くなった鉄棒、犬猫の糞が腐るほどある砂場。
今の子供はみんな、やれゲームだ、やれアニメだと自分達には振り向いてくれない。ぶらんこは悲しかった。
昔は、みんな自分達で遊んでくれた。
学校が終わったらみんなランドセルを下ろさずにここに来て、お菓子を食べたり、駆け回ったり。
夕方になるまで遊んで、六時のチャイムが鳴ると名残惜しそうにしながら帰っていく。
そんな子供達を見るのが大好きだった。
だが。
今はそんな子供はもういない。
長い間風雨にさらされて錆びだらけになった自分に振り向いてくれる人はもういなかった。
悲しかった。
苦しかった。
辛かった。
遊具は、遊ばれる為に産まれてきたのだ。
遊んで貰えない遊具は遊具にして遊具に非ず。役立たずも良いところだった。
びゅううっ、と寒い風が吹く。
キィ、と錆び付いたチェーンが鳴った。
ぶらんこは、昔を思い出していた。
………………
ざっと三十年ほどまえ。
名を何と言ったか。
確かたくや。
たくやだった筈だ。
額に傷痕がある。最初に見たときに思ったことだ。最初…彼が4、5歳の時だろう。
それからというもの、彼は毎日のように、この公園に友達と遊びに来ていた。
そして、毎日のように自分を漕いでいた。
正直、ガムを支柱にくっつけられる悪戯には閉口だったが、それすらなければ概ね良い子だった。
逆上がりが出来ないからと辺りが暗くなって母親が呼びに来るまでずっと練習するその健気な姿には心を打たれたものだ。
そんなある日。
たくやはかくれんぼをしていた。
たくやがオニで、4人が逃げることになっていた。
ところが、あろうことかこの4人、帰ってしまったのだ。
ルールを聞くところによれば、隠れる範囲は公園内だけだったから、あれは帰ってしまったのだろう。
4人は笑いながら堂々と公園から出ていってしまい、後にはたくや1人が残されたのだ。
最初は真剣に探していたたくやだったが、途中からおかしいことに気付いた。
それはそうだろう。幾ら探しても見付からないのだから。
「おかしいな…」
ギイッと自分に腰掛けるたくや。
そう、君は置いていかれたんだ。
たくやがそれを理解するのに大した時間はかからなかった。
「みんな帰っちゃったのか…」
公園が夕陽で紅く染まる。
たくやは精神力が強いのか、泣いてはいないようだった。
寂しそうに、ゆっくりと、自分を漕ぐだけだった。
彼にかけられる言葉は無かった。あったとして、話せないから変わりはないのだが。
「ふぅ…」
溜め息を吐くたくや。その姿は、時々公園に酔っ払って来るサラリーマンにも似ていた。
軈て漕ぐのを止めたたくやは、またも噛んでいるガムを、人の目につきにくい所にぺたりと付けた。
またか。今度清掃のおじちゃんに取って貰えるのはいつになるかな…。
「よし!今日僕を慰めてくれたぶらんこを…僕は忘れない!その印!」
そう言って、たくやは支柱をばしばしと叩いた。
…まあ、1つぐらいは良いか。
たくやが引っ越したことを彼の友達の話から立ち聞きしたのは、それから5日後のことだった。
………………
気付くと、すぐ近くに、スーツでびしっときめこんだ男が立っていた。
額には、傷痕。一目見て分かった。たくやだ。
彼はゆっくりと自分に腰を下ろそうとして、ふと何かを思い出したように、真ん中の支柱の一番上を見る。
そこには、今でも彼が付けたガムが残っている筈だ。
案の定、自分からぺりっと何かが剥がされる音がする。
「残っていたか…懐かしいな…」
ああ、この声だ。
声変わりして低くなってはいるが、忘れはしない、この声。
彼は懐かしそうに目を細めて、ぎぃ…と自分を漕ぐ。
「ぶらんこ、俺を覚えているかな?怪しいか…たくやだよ…?」
こつん、と彼の額が支柱に当てられる。
ああ、勿論だよ。
ここで一度でも遊んだ子供の顔は全て覚えている。
名前が分かった場合は、名前も。
忘れる訳、ないじゃないか…。
軈て、たくやはぺたぺたと鉄棒や滑り台を触りながら去っていた。
ずっと忘れないからね…。
………………
「もうあそこも良いかな」
彼は呟いた。
ここはとあるビル。
彼はそのビルの会議室に向かっていた。
「おい、たくや」
呼び掛ける声が聞こえる。彼は振り向いた。
振り向いた先に男がいた。
「どうだった?」
男がたくやに向かって問うた。
「あの公園ですか?
再開発対象に加えて良いと思いますよ…だって滑り台も鉄棒もぶらんこもぼろぼろですし、今更公園で遊ぶ奴なんていないでしょうしね」
Fin.
三作目です。