規格外の人、桜田モンブラン。
桜田・モンブラン博士。
正式名称は、桜田・エレンディーナ・デ・パステロラ・フランデ・フランソワ・スティアーナ・ゼベス・ゲドル・ゲシュタルト・アランゲルト・モンブラン。
僕はその名前を聞くたびに、畏怖と狂気と狂喜と愛を同時に受ける。
完全な人間、不自由のない人間、つまりは瑕疵のない人間というものを目の前にしたとき、傅き、平伏し、足の甲に接吻すらしたくなるあの感覚。
それは彼女が持っている圧倒的なまでの知性と知識量を、無意識に感じ取ってしまうからだろう。飛び級に飛び級を重ねて、マサチューセッツ工科大学へと15歳で入学、主席で卒業。20歳にして、電気工学の分野において革新的な発見を繰り返しては、お偉い方の革張りのチェアを張り倒している。
だが、そこにはエリートがまとう品、角を削られた石のような、素朴さを失った洗練はない。
彼女は根本的に子供っぽいのだ。無邪気というよりも、無防備。楽観性と空想癖と大言壮語。
だから、主食がディアボロ風ハンバーグであることを全く恥に思わないし、むしろ美味しいものを毎日食べて何が悪いとすら思っているのだろう。そして、ワールドワイドに出張をポンポンと繰り返しては、その地にあるバンジージャンプ台の上で狂喜乱舞をして、変顔で奈落へ身を投げる。「きゃっほう」と笑いながら。
こんなひと、「こんな」と言っては馬鹿にしているように見えるが、助手の僕は彼女をとてもリスペクトしている。なんなら、傅き、平伏、足の甲へ接吻は僕の願望なのかもしれない。
「なんか、今回のハンバーグ、ぐじゃあとしてるっていうかさ。口の中でウニみたいになるよね」博士は、リスみたいに口に食べ物を詰め込みながら話す。
ファミレスのボックス席で僕たちは向かい合いながら、話し合っていた。奥の壁に取り付けられた時計を見ると時刻は二十三時を回っている。
「まあ、冷凍ですからね」
「それで分割リング共振機のデータ測定。あと何回?」
「30回くらいじゃないでしょうか」
僕がこの人の助手になって2年になるが、ようやく、三元茶屋からワシントンD.Cへと移るような論理ジャンプにも慣れてきた。
「大詰めだね」
「はい。このデータさえ取れれば、博士の論文に使えます」
「そうなれば、君の名声も上がる。きちんと売り込めば、教授のポストだって硬いだろう。なんせ私の助手なのだからね」博士は、ハンバーグのソースを右頬に付けながら神妙な顔で喋る。
僕は、ジェスチャーで右頬を示し、紙ナプキンを渡す。博士は黙って受け取ると、顔を拭いた。
突然、僕のスマホからアラート音なる。特に驚くこともなく、周りを見回すと斜向かいのくたびれたサラリーマンの携帯からも音がなっているの聞こえた。
「空襲警報、切っておきないよ。どうせ政府のアプリじゃ、空襲のタイミングなんて誤報だらけだし」
「ですね」僕はスマホの設定画面から、アラート通知を切る。
「しかし、こんな大事なときに、ミサイルとはねえ。この前は品川のビルに着弾したんでしょ?」
「ええ、東京全土の強制退去も時間の問題なんでしょうね。実験のために、僕らは御茶ノ水から自主的に離れないけど、強制退去でも残るってなると大学当局どころか、国の制服連中に諭されかれないですね」僕は、締めのコーヒーゼリーの弾力をスプーンで確かめる。「やっぱり、研究拠点を中立国に移したほうが……」
その言葉を聞くと、博士はいきなり立ち上がり、声を張り上げた。
「そんなことなったら、今までの実験データがオシャカじゃないか!」
「博士……自重して」
「……ごめん」おとなしく座り込むと、ブツブツと博士は何か言っている。
僕らの研究が、将来的に終戦に直結するかもしれないこと。分割リング共振器という素子は、将来的には戦闘ドローンを無力化する電磁波遮断機関砲、博士が言うところの『ドローン・バタンキュー・マシーン』に使われるかもしれないのだ。
そういう意味では、僕らの研究は大切なのかもしれない。
けれど、博士はそんなことを使命感に思ってすらいない。というか自分の命すらどうでもいいのだ。この人は。




