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薄幸の魔導師オメガが冒険者になったら、最強勇者の子供を授かりました  作者: 碧木二三
第一章 オメガの俺が最強勇者の子供を身ごもるまでの話

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3-1




 ──その夜、俺はレオスによってオメガの純潔を奪われた。

 こんな言い方をすれば卑怯だと取られるかもしれない。この場合、見方を変えればレオスの方が被害者だったともいえるからだ。

 実際に、そのときの俺は本気でそう思っていた。

 あとでレオスにどうやって詫びればいいかと、まるで潰された蛙のようなひどい声を上げて抱かれている間中にもずっと、意識の片隅にあるその小さな棘のような罪悪感から逃れられずにいた。

 獣性……アルファやオメガといった第二性を持つ者との関係においてこれは最も難しい部分だった。

 互いのフェロモンに惹かれ合った身体が、どんなに合意の反応を示していたとしても。一方で理性に司られた精神の方は、恋仲でも番でもない者との情交に対して徹底的に非寛容な意志を示すというのは、誰とはいわずよくある話だからだ。


(そうだ、レオスは俺を憎むかもしれない……)


 俺はずっと、仲間に対してベータだと偽り続けてきた。

 身内以外の人間には一生、オメガであることを秘密にして生きるつもりだった。

 本気で、そうできると思い込んでいた。

 だがそんな俺の浅はかな慢心が、高潔な勇者として生きているレオスの自尊心を傷つけてしまったとしたら。

 だとしたら、もう報酬どころではない。……いや、そう言い切れるほど懐具合が温かいわけではないので、ギルドには別々に行ってあとから貰えばいい。今回は報酬を上回るボーナスも付いて、俺一人分だけでもかなりの額を貰えるはずだ。

 とにかくもう、俺はレオスの前から一刻も早く消え去らなくてはならないと、強くそう思っていた。



     ➕ ➕ ➕



 目が覚めたとき、俺はレオスの腕の中にいた。

 どうやら後ろ向きに抱かれたままで眠っていたらしい。起き上がろうとして、もぞもぞと身動(みじろ)ぐと、腹の前に回されていた腕にぐっと力が入った。


「……っ、おい!」


 離してくれ、と抗議しようとして、喉にピリッとした痛みが走る。傷めている上に、からからに乾ききった状態で急に話そうとしたのが悪かった。俺は体を曲げてゲホゲホと咳き込む。


「大丈夫か?」


 起き上がったレオスが、宥めるように俺の背中を摩ってくれる。


「ほら、水を飲め」


 と、レオスはサイドチェストに置いてあった水差しからコップに水を注ぎ、俺の口許に近づけてきた。俺は短く礼を言って受け取ると、すぐにごくごくと飲み干した。ようやく人心地がついたところで右の人差し指の先に魔力を貯め、喉元にピタッとあてる。


「治癒魔法か?」

「ああ」


 炎症が起こっているのなら、もしかしたら傷を治す魔法でも効き目があるかもしれないと試してみたら、案の定だった。綺麗に痛みが取れて、喉から嫌な違和感が消える。

 そしてようやく、自分もレオスもまだ素裸のままであることに気づいた。しかも俺の身体には、紅い花弁が散ったような痕が点々と付いていて……。


「これは……」


 俺は恨みがましい気持ちを込めて、じっとりとレオスを()めつける。

 すると何を思ったか、レオスは俺をぐいと引き寄せ、唇を塞いできた。


「……んッ!?」


 何故だレオス……、と思いつつ、しっとりとした優しいキスは気持ちが良かった。まだヒートの気怠さが残る身体は、快感をもたらしてくれる相手にとても従順だった。

 しかし胎の奥には昨夜の疼きが残っていて、強烈な体験の記憶をまざまざと思い知らせてくる。夢心地なだけではいられない、心身の痛みを伴う記憶だ。

 

「トワ……」


 唇が離れると、熱を孕んだ碧い瞳が俺をじっと見下ろしてくる。


(──トワ?)


 俺は内心、本気で首を傾げる。誰だそれは。


 ……ああ、俺だ。いや俺だった。俺はリーファス。ベータの魔法使いのトワではなく、オメガのリーファスに戻ってしまった……。


「トワ?」


 無言で固まっていたせいだろう。レオスの美貌が訝しげに曇る。


「……まだ気持ちが悪いか?」


 唐突に訊かれ、は? と鈍く聞き返す。出来るだけ()()はしたつもりだが……、と真顔で言われてようやく意味が繋がった。

 同時に、さあっと顔から血の気が引く。

 発情期の間に性行為をした場合、オメガの俺には妊娠する可能性があるのだと改めて恐ろしい事実を突きつけられた。

 俺は震える声で言った。


「……ッ、そうだ、よくもあんなに!」

「ヒートを鎮めるためには、それが最善の方法だろう」


 冷静なレオスの回答は、俺の心を小さく抉った。

 ああやはりそうか。

 俺たちはただ獣欲に任せ、ヒートが治まるまで抱き合っただけの……。


「それは、すまなかった」


 俺は抑揚のない声で言って、頭を下げた。


「今更、何を言っても言い訳にしかならないが、抑制剤はちゃんと飲んでいたんだ……。何故か今回は効かなかったが、アルファであるお前のそばで、あまりにも無防備でいすぎた。本当に悪かった。もう二度と……」

「待て、トワ。何故お前が謝る?」


 レオスが険しい表情で片眉を跳ね上げた。

 ……そんな顔をしていても、見ているこっちがため息をつきたくなるほど美しいとは、一体どういうことだ。

 俺は唇を震わせて本当にそっとため息を逃がす。それを見たレオスが、さらにきつく目を眇めた。


「それに、もう二度と……何だ? まさか、このままどこかへ行ってしまう気じゃないだろうな」

「……だって俺は、期限付きとはいえ、オメガであることを隠してお前たちの仲間になった。だから悪いのは、」

「いいから、待てと言っている」


 レオスは唸るように言った。


「……オメガであることを隠していたと言ったな。だが、その理由は察するに余りある。特にアルファの俺が近くにいたんじゃ、これまでさぞやりにくかったことだろう。だからこそ、一刻も早くお前は俺のそばから離れたかった……」


 俺がずっとパーティへの慰留(いりゅう)を断ってきたことを言っているのだろう。

 レオスの中に僅かながら、傷心の気配を感じた俺は、ぱちぱちと瞬きをした。


「レオス……。怒ってない、のか?」


 窺うように訊ねると、レオスは唇を歪めるような苦笑を返してきた。


「怒るか、馬鹿。そもそも、こっちから頼み込んで強引に仲間に引き入れたんだ。……お前こそ、俺を許せるのか?」

「……だって、お前は何も悪くない」


 俺は本心からそう言ったのだが、レオスは一瞬、複雑な表情を浮かべた。


「──参ったな」

 

 レオスは前髪をグシャリと掴んでため息をついた。


「たとえ一生嫌われても、と思って抱いたんだが」

「嫌われて? 一体それはどういう……」

「……いや。今のはまあ、言葉の綾というか。……つまり、昨夜のことは全部俺の所為にしてもいいという意味だ」

「そんなこと……」


 ──そんなことを言うアルファもいるのか。


 驚きはするが、だからといって全部をレオスの所為にしたうえで嫌ったりなんて出来るわけがない。

 そんな俺の心の(うち)が垣間見えたのだろうか。

 レオスはまたため息をつきながら言った。

 

「なあ、トワ。もし事情があるなら、この際だから洗いざらい話してみる気はないか?」

「え?」

「はたして、お前が俺たちにオメガであることを隠していたことが、本当に謝るべき問題なのかどうか。少なくとも、俺には知る権利があると思うが」

「権利……」

 

 あるんだろうか? と首を傾げてまともに考え込む俺の鼻を、表情を消したレオスがギュッと摘んできた。


「痛っ! な、なにする!」

「……さっきから気を抜きすぎだ」

「え?」


 はあ、とレオスがまた溜め息をつく。


「お前って奴は。無自覚な分、本当に性質が悪いな……。今のところは治まっているが、ヒートはまだ始まったばかりだろう? 薬はあるのか?」

「あ、あるっ」


 俺は慌ててベッドの下に落ちていた自分の鞄から、薬の包みを取り出す。昨夜、路地裏に落とした分以外にも当然いくつか持ち合わせていた。

 だが、アルファ用のものはもうないと言うと、「どうせ効かないからいい」と鼻で嗤うように言われた。


「じゃあ、すぐに飲め。それで少しぐらいならもつだろう。服を着たら急いで俺たちの宿に戻るぞ」




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