16-2
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船室という独特の閉鎖性と手狭さを除けば、わりとどこの邸宅にでもあるようなそこそこの贅が凝らされた応接間風の部屋。
モーガン商会の大型船には、俺の兄のような貴人が乗ることがしばしばあるために、客用の船室の仕様にはそれなりに気を遣っている。
そんな一室で、俺たちは束の間、かつてのように他愛ない会話を愉しんだ。
レオスは、この仲間内で俺のことだけ記憶がない。いや、俺のことだけではなく、ロダの内乱で重傷を負った時点から遡って約六年ほどの記憶がすっぽりと欠落しているのだ。
それでも久々に、こうして皆で集まって話が出来るのは実に感慨深かった。主な話題は、俺とヴォルフ以外で挑んできた最新のクエストのことだった。
過去に屠ってきた蛇頭の邪神や四魔神ほどの強敵ではなかったが、勇者レオスの復帰クエストとしては申し分ない相手だったようだ。
「これでいつ三つ首竜が復活しても、クエストに挑めるぞ!」
会心の笑みを浮かべたレオスが言った。
やはりレオスは、そのヒュドラを退治するクエストの挑戦資格を得るため、ギルドの幹部会にアピールをしたかったらしい。
迷宮の主たるモンスターの原体──オリジナルを斃すことができるのは、最初に挑んだ一人だけ。後から来る者たちが挑むのは、ダンジョンの原状回復魔法によって再現された複製だ。
レオスの活躍で三つ首竜の原体が討伐出来たとなれば、これまで閉鎖されてきた彼の故国であるロダの国民に向けてこれ以上ない『冒険者ギルド』の宣伝になる。これまでロダによる専横が著しかったクナ大陸東方にも、自由連合の下で交易する新たな体制が築かれようとしていた。
ヒュドラ討伐クエストは、その復活前から冒険者としてのレオス個人の願望と、各所の政治的思惑がうまく合致した形で、既に動き出しているのだった。
「ねえ、今のレオスの顔見た? 得意顔するイコにそっくりだった」
と、可笑しそうに言ったのはパットだ。
その隣で、キリィがニヤリとした。
「嬢さん、逆だ。イコがレオに似てるんだよ」
すると、レオスは真顔になって俺を見た。
「トワ……、本当に? その、よく言われるんだが、そんなに彼は俺に似てるのか?」
「そうだな……。目と髪の色が同じだから余計にそう見えるのかもしれないが」
まだ見ぬ自分の息子を、遠慮がちに『彼』と呼ぶその心情が少し切なくもあるが、俺はそれに気付かぬふりをした。
イコが、生まれた時からずっとそばにいなかった自分のことを、本当はどんな風に思っているのか。レオスの中にあるその不安を取り除けるとしたら、それは俺ではないからだ。
かつての旅の仲間同士の談笑を、船室の隅から黙って眺めていた少女が、そっと甲板に出ていくのが見えた。
悪いが少し外す、と断りを入れてから、俺もその後を追って船室を出た。
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見上げれば、降るような星空だった。
海と空。大いなる虚ろの深淵に挟まれた船は、果たして岸辺へと辿り着けるのか否か……。
波を掻き分けて進むその音を聴きながら、さっき世界と異界との狭間に落ちた余韻が残っているのか、いつになく詩的な言葉を頭に過らせてみる。
だが、まず俺に詩才はないようだ。
甲板に出て、等間隔に吊るされたランタンの灯りを頼りに船首方向に進むと、ぽつんと佇む小さな人影が現れた。
「メグ」
船べりから、空ではなく暗い海の方を見つめていた少女がびくりと肩を震わせて振り向いた。
痩せた、小柄な身体。青白く、そばかすの浮いた頬。髪も目も、この大陸では多勢を占める茶褐色。
俺もよく言われたが、まさに十人並み程度の容姿だ。
なにより、彼女自身の容姿に対する投げ遣りさは、きちんと梳かずにボサボサのままで纏めて結ってあるだけの髪や、着ているものに全て表れている。
少し日に褪せたような黒のワンピースは、確か拠点の誰かのおさがりだ。何着か、同じような少し型の古い地味めの服(そう言ったのはパットだ)を貰って、それらを着回している。
俺自身も、かつては似たような感じだったので、あまり他人のことをとやかくは言えない。
家出をして、単独の冒険者になってからしばらくは、どうしても自分のことが後回しになってしまい、あまり考えなくても簡単に手に入りやすい黒や灰色のローブばかり着ていたのが、パットと出会ってからそれが一変した。
あんたは濃い緑の色が似合うのよ、と言われてからは、専らそれが俺の色になった。ローブの形も、だぼっとしたのよりは身体の線が出るようなぴったりしたのを選べと言われてその通りにしている。痩せぎすの貧相な身体を強調するようで、始めの頃はかなり抵抗があったのだが、なるほど、体型に合った服を着る方がずっと動きやすい。
そうすると、着心地を気にして生地にもこだわるようになった。髪もただ伸ばしっぱなしにするのではなく、丁寧に髪を梳いてから結うようになった。
おかげで、以前より多少は見栄えがするようになったと、パットのお墨付きを貰えている……。
嵐があった翌日に漂着し、浜辺で倒れていたところをイコに発見されたのをきっかけに、メグが俺のもとで働き始めてから四ヶ月ほど経つ。
他の従業員と同じように、休日はきちんと定めてあり、けっして悪くはないその働きぶりに応じた給金も出している。
だが、彼女が島の外に出て買い物や遊興したという気配は全くなく、誰かと遊びに行くとしても、せいぜいイコに誘われて海釣りに付き合うぐらいであった。
あとは大抵、ひっそりと一人でどこかへ出かけて行く。
おそらくは、ヨタカの……、ホーンオウル氏のところへ忍んで会いに行っていたのだろう。
「マスター……」
俺は手を伸ばし、メグの頬にそっと指先で触れる。ヨタカに蹴りつけられたところが傷になっていたが、さっき治癒魔法をかけて治したところだった。
「痛みは残ってないか?」
「だ、大丈夫です。ありがとうございます」
メグの声が……震えてはいるが、怯えや警戒を含んでいないことに安堵する。
俺はすぐに指を離した。
「具合が悪いのか? 船酔いなら薬を用意できるが」
「いえ、その、中は少し暑くて……」
「そうか。では、この薬ならどうだ?」
俺はポケットから白い薬包を取り出す。メグはハッと目を見開いた。
「それは……」
「言わなくても、何の薬かはわかるな?」
「……はい」
メグは、両手で顔を覆いながら項垂れた。
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──そのまま甲板で、メグと少し大事な話をしたあと、俺は彼女を寝台付きの部屋に連れていき、ここで休んでいるようにと言い置いて再び甲板に出た。
アクラ岬に到着するまで、あと一時間と少々。
それまであまり時間はないが、今は少しでも一人でいられる方がメグも気持ちが落ち着くだろう。
そして、俺は皆がいる船室から離れるように、今度は船尾に向かって歩いていく。
すると、誰かが後ろからぴったりとついてきた。
俺は振り返ることなく歩く。だが相手の歩幅が大きいせいで、ほどなく追いつかれてしまった。
「……トワ」
名を呼ばれるのと同時に、背中から抱きすくめられた。
「……レオ、どうした。皆は?」
「さあ? 俺もお前が出たあと、すぐに追いかけたからな」
レオスが、俺の耳朶をくすぐるように囁く。
「気づいていただろう?」
「まあな。しかし、立ち聞きとは行儀が悪い」
わざと冷ややかに言うと、レオスは小さく鼻を鳴らした。
「……伴侶が、自分以外の奴と二人きりになるのを黙って見過ごせと?」
「ずいぶん、疑り深いな。俺とあの子の間で、一体何があるというんだ」
それはわからない、とレオスは沈んだ声で言った。
「人と人との間がどうなるかなんて、きっと本人同士にもわからない。例えば、オメガである前にトワは男でもある。だから、女のオメガに絆されて、情が移るかもしれない」
「そんな馬鹿な……」
俺は身体の向きを変えて、レオスと向き合った。
「人を十四年も待たせておいて。そんな簡単にどうにかなるのなら、もうとっくに……」
軽く言葉で噛みついてやろうとしたら、素早く唇を塞がれてしまった。
これ以上は聞きたくないということか。どうやら、思った以上に痛いところを突いてしまったようだ。
チュ、と音を立ててすぐに離れたそれを、今度は俺が追いかける。
見つめあって、再びキスを交わす。何度もじゃれつくように繰り返す。
──そうして俺たちは、言葉を使わずに互いの気持ちを伝え合った。
ここまでお読み頂き、ありがとうございます!
このお話で、転載が完了いたしました。
次回以降は、週に一、二度の不定期の更新となります。
まだ最後まで書けていませんが、絶対にハッピーエンドですので、そこはどうかご安心の上、最後までお付き合い頂けましたら幸いです。




