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薄幸の魔導師オメガが冒険者になったら、最強勇者の子供を授かりました  作者: 碧木二三
第三章 最強勇者と魔導師オメガの俺が番になるまでの話

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13-3


「巣作り……」


 兄は呆気にとられたような顔で呟いた。


「オメガの習性の一つですが、ご存知ありませんか」

「無論、知っている。いや、柄にもなく何を()()になっているのかと思えば……、()()()()()()()


 本気で呆れたような口ぶりだった。兄がここまで心中を(さら)すのは珍しい。


「そんなにも執着するものか? 消息もわからず、離れていた時ならまだしも。もうすぐ持ち主である当の本人(レオス)が帰ってくるというのに?」

「当たり前です。そういう問題ではありません」

 

 俺はきっぱりと言った。

 本人が帰ってくるからなんだというのだ。


 ──だから、あのお気に入りの古いマントのことは諦めろとでも?

 

 兄に言われずとも、わかってはいた。

 これはあからさますぎる挑発だと。

 だが、誰がなんと言おうと、俺にとってアレは唯一無二のモノだ。

 長年使ってきた愛着もあるが、何よりもたった一つしかないレオスの存在を感じられる巣材が、全身をすっぽりと包めるサイズ感であったのは僥倖(ぎょうこう)以外の何物でもない。

 出産後、図らずもヒートの症状は軽くなったのだが、俺の中から獣性そのものが消え失せたわけではなく。

 レオスを想う恋しさや、切なさもそうだ。

 彼のいない夜の寂しさに耐えきれず、巣作りと呼ぶにはあまりにもお粗末な……、ただそのマントに(くる)まって身体を隠しながら、ひっそりと己を慰める行為に耽るだけの夜。

 やがて空が白み始め、その虚しさにただ茫然としながら、感傷を捨てて起き上がらなくてはならない、あの朝の失望感──。

 その誰にも知られたくはない秘密を覆い隠してくれていたレオスのマントを、何者かが故意に奪い去っていった。


 ──それを、それを……、「そんなことで」だって? 


 顎を反らせ、目を据わらせた俺の苛立ちを読み取ったのだろう。

 今度こそ、兄は大きくため息をついた。


 ……確かに兄の言う通り。俺はいつになくむきになっていた。

 普段ならもっと冷静に対処できていたのかもしれない。

 だが、この時の俺は発情期(ヒート)を迎える直前の状態で、やや神経が(たかぶ)っていた。

 兄がこうしてわざわざ島にやって来たのは、俺とイコに早急に避難するよう促すためであったが、それは物別れに終わった。

 俺はマントとその盗人の手がかりを得るため、まだ当分は島に残るつもりでいたからだ。

 ただ、出来ればイコのことは先に連れて行ってもらいたかったが、イコ自身がどうしても俺と一緒に残ると言い張ったために、結局兄は一人でアクラ岬へと帰って行った。


 そして、その夜。

 せっかくの兄の勧めを無下に断った罰でも当たったのだろうか。これまでとは比べ物にならないほどの強い地震が、レルネ島を断続的に襲った。

 先の災禍を耐え残った頑丈な拠点の建物は、これまで丁寧に補修してきたこともあってか、この夜の揺れは無事に(しの)いでくれた。

 しかし、次もそうだという保証はない。

 不穏な夜が明け、島に残っていた少ない人数で手分けをし、被害の状況を確認する。

 俺の家やその隣にある宿屋では、軽い調度が倒れたり、食器がいくつか割れた程度の被害で済んだ。関係者以外の人間がいなかったことも幸いだった。

 一方で、ビルが住む猟師小屋の近くでは、一部の崖が崩れ落ちたりしたようだ。

 そして、海でも……。航行中だったモーガン商会の船からの魔導信によれば、三つ首竜(ヒュドラ)級が顕現する気配に触発されたか、海魔たちの動きが活発化しているという。

 港が無事なうちにと、俺は兄とギルド本部からの勧告を受け入れる形で、ダンジョンの整備班とまだ拠点に残ってくれていた数名の者たち全員の退避を決めた。

 グレンの手配で、本土側の港町にある小さな宿を既に貸し切りの状態で押さえてある。

 皆には、いつでも避難できるように準備をしていてほしいと言い渡してあったので、全員が素早く行動してくれた。


 誰もが慌ただしく動き回る中、レオスのクエストに同行していたキリィから魔導信が入ってきた。

 それは待ちに待った──、クエストを無事に達成したレオス一行が、ついに国境を越えてグリギア領に入ったという報せであった。

 すぐさまキリィがいる街のギルドに返信し、今のこちらの状況を伝える。

 それから兄にも魔導信を送り、レオスの動向について情報を共有した。

 三者の間で連絡を取り合った結果、俺とイコとヴォルフは、夕方の船で本土に向かい、兄の屋敷でレオスたちの到着を待つことになった。

 こうなったらもう、さすがにマントのことは二の次である。

 そう、思っていたのだが……。





「マスター、あの。もうここは……皆、出て行ってしまうんですか?」


 島を発つまでにと、ギルド内の書類の整理をしている時、朝から姿を見かけなかった小間使いの少女が、不意に強張った顔で話しかけてきた。


「ん? 皆、とは?」

「ですから。イコ坊ちゃんとマスター、も?」

「……そのつもりだが? ああ、そうだ。メグも一緒に兄上の屋敷に行くか? それとも皆と避難先の宿に行くか、どうする?」

「いえ、わ、わたしは……その」


 そばかすが浮いた青白い顔が俯く。

 痩せきった体の前で握りしめられた両の手は小さく震えて……、今に限ったことではなく、この子は俺の前ではいつも緊張している。

 イコと話す時は、それなりに落ち着いているように見えるのだが。

 メグが何か答える前に、魔導信の送受信機付きタイプライターの前に座っていたジョアナが「あーっ!」と叫びながら焦ったようにキーを叩き出した。


「どうした、ジョアナ?」

「あの、えっと……」 


 ジョアナが、眉尻を下げた情けない顔で振り向いた。


「本部に報告を送ろうとしたんですけど。地震のせいか、この島の魔力の波動が乱れているみたいで……、送信が出来ないっぽいんです」

「ならば当然、受信も無理か。さっき、兄上から送られてきたのが最後だな」

「ええ、はい、たぶんそうです」

「グレンの船にある物なら、沖に出れば使えるかもしれないな。面倒だが、報告は船に乗ってからにしよう」

「はぁい、そうしま、す……」


 そう言って、椅子から立ち上がりかけたジョアナの目線が、ギョッと固まった。


「マ、マスター! そこに変な顔の鳥が!!」

「鳥?」


 ──キョ、キョ、キョ、キョ、キョオーーーッ!


 振り返ると、大きな羽を広げた鳥が、奇妙な声を上げながら窓枠から飛び去るのが見えた。


「あれは……夜鷹(ヨタカ)、か?」


 扁平な頭部に小さな(くちばし)

 目は(フクロウ)のように丸くて大きいが、梟のような直立姿勢は取らない。木の枝や枯れ落ちた木の葉に覆われた地面に擬態できる暗褐色の羽毛を持ち、昼間はそこにじっと(うずくま)るようにして隠れていることが多い。

 夜鷹の羽は、これまた梟と同様に柔らかく、飛ぶ時には全く音を立てずに静かに飛ぶことができる。

 名前の通りに本来は夜行性で、夜になるとゴルネイの山の方から、今のような気味の悪い啼き声が聞こえてくることもあるのだが……。

 いや、それよりも問題は、あの鳥が咥えていたモノだ。


「く、口が目っ、目のとこまで裂けてて、すっごく怖かったんですけど!」

「それが夜鷹の特徴だからな。嘴は小さいが、口はものすごく大きいんだ」


 故に、口を開くとその顔は爬虫類にも似ている。蛇や蜥蜴(トカゲ)が、眼前の獲物を呑まんとしてがばりと口を開くさま、とでもいえばわかりやすいだろうか。

 冷静に返しながら、俺は嫌な予感が治まらなかった。

 ちらりとメグの方を窺うと、彼女も窓の外を凝視していた。まるで、あの鳥の行く先を知っているかのような、遥かな先を見る目つきで……。


「大きくて真っ赤な舌が、びろーんと垂れてて、」

「いや、違う」


 ジョアナの言葉を強く遮って、俺は息を吐いた。

 いいや、舌じゃない。

 アレを……、この俺が見間違えるはずがない。


 ──アレは、俺の。

 大事な大事な、勇者のマント。

 その、切れ(はし)だった。




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