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薄幸の魔導師オメガが冒険者になったら、最強勇者の子供を授かりました  作者: 碧木二三
第三章 最強勇者と魔導師オメガの俺が番になるまでの話

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13-2


 確か、誰かも似たようなことを言っていたなと、俺は脳内で記憶を巡らせる。


「いや、あれは……意味が逆だったか」


 以前、パットは扉の外にいた小間使いのメグにこう言い放ったのだ。


 ──たいした話じゃなくても、立ち聞きされてるかもって思うと気分が悪いの。


「何だ?」

「ああ、いえ、何でもありません」


 ……あの、記憶をなくしているという小間使いの少女が何者であれ、この島にはもう一人、正体不明の人物が潜んでいる。

 そして、兄もそのことにはもう気づいているのだ。

 俺が毎日書き付けている業務日誌は、ギルド本部に送る報告書とはまた別に、体裁も何も整えることなく、そのままで写しを取って定期的に兄のもとに送りつけている。

 多忙な兄がわざわざそんなものにまで目を通してくれているのか、実のところかなり疑っていたのだが、どうやらそれは杞憂だったようだ。

 兄は持って来ていたその紙の束を手にすると、ぱらぱらとめくりだした。


「これは、昨日届いたばかりの報告だ。ここ一ヶ月ほどのものだが、例えば……、ここだ。『最近、宿屋の厨房から、食材がほんの少しずつなくなっているとの報告を受けた』……」

「兄上もご存知でしょうが、ヘンドリックの食材管理は徹底しています。ですので、それは確かなことかと」

「それはわかっている。私の疑問は、何故お前が、その原因を今なお調べずに放置しているのか」


 そう言ってから、兄はまた紙をめくり、とん、とある部分を指でさした。


「それから、この部分だ。最初の地震があった夜の日誌だな。『ダンジョン内で作業中だった整備班の緊急時避難に際し、強制転移魔法の術式が発動した』とあるが」

「はい、そうです」


 兄はさらに、抑揚を削いだ声で読み上げる。


「……尚、転移直後に行なわれた整備班による点呼報告では、強制転移でダンジョンから避難した人員は当初、十名であった。しかし、ギルドに在籍記録があり、且つ地震当日にダンジョン内で作業していた人員は九名である。あとの一人はいつの間にか忽然と姿を消していた」

「はい、その通りです」


 だが、日々少しずつ食材が消えていることに加え、その消えた人間を捜索しているという記述が見当たらないことに、兄は強い引っ掛かりを覚えているのだろう。

 実は、紛失しているものはそこに書かれたものだけではなかった。

 俺が自分で育てている薬草を使って調合されたオメガの抑制剤──まだ試作品だが、これもいくつかなくなっている。

 それから、ジョアナが見つけてくれた旧ダンジョンの地図。あれは発見時は第七層のものまでちゃんと揃っていたはずなのだが、地震の後で保管してあった場所を見てみると、第六層以下の地図がなくなっていた。

 そして最悪なことに、誰にも触られたくなかった俺の大事なモノまで……。


「それで? その消えた人物に、お前は心当たりがあるのか?」

「いいえ、全く」


 俺は即答した。


「誰かはわかりませんが、その人物の大体の居場所はわかっています。それに、探さないのではなく、探せないのです」

「どういうことだ」

「おそらくソイツは、ダンジョンの中に戻って第六層に潜んでいるのでしょう。あの辺りは、第七層が徐々に魔界から現れ始めていて今も激しい地震に見舞われているはずです。故に我々からの追っ手がかかる心配もない。まあ、過酷な状況には違いないでしょうが、ある程度の糧食は既にくすねているし、あとは結界を張って身を守りつつ、たまに手頃なモンスターでも仕留めて食っていれば、まあなんとか生き延びられるかと」

「なるほど」


 つまり魔導師か、と兄は呟くように言って、怜悧な光を湛える双眸を細めた。

 

「では訊くが、明らかに不審な輩をそこまで放置しているにも関わらず、お前がこの部屋の中を必死に探し回ったモノとは何だ?」

「……さっきも荒れていると言われましたが、よくわかりますね。俺の部屋はいつも散らかっているのに」

「ああ、紙はそうだな。だが、お前は昔から、衣類だけは必ずきちんとクローゼットに仕舞うだろう」


 と、兄の視線はまさにそのいつもなら片付いているはずの衣類がぐちゃぐちゃに積み上がったカウチソファに向けられた。


「参ったな。全てお見通しというワケですか?」


 まるで安っぽい芝居をする役者のようなセリフと仕草で、俺は大袈裟に肩をすくめてみせる。


「さて、いつからこの島にいたのか……。最初は当然、ロダ関連……前国王派の残党の仕業を疑っていたのですが、それでは色々と辻褄が合わなくて。ソイツはおそらく俺のことだけを嫌っている。そして、俺がオメガだということも知っている。だから、こんな嫌がらせをやってのけたんです」

「嫌がらせ?」


 兄が、意外な言葉を聞いたように目を瞬かせる。


「ええ、嫌がらせですよ。俺から一番大事なモノを奪った。いずれ、この報いは必ず受けてもらいます」

「一体、何を奪われたのだ?」


 怪訝な声に問われ、俺は気を落ち着かせるために、白い花のティーカップから茶を一口飲んでから言った。


「レオスから貰ったマントです」

「は?」

「ですから、マントです。十四年前、別れる時に貰った勇者の証である真紅のマント。俺にとっては、唯一と言っていい大切で貴重な()()です」


 だからイコにさえ、見せたことも触らせたこともない。アレがないと大変困ったことになる。

 それ故に、幾重にも幾重にも魔法をかけて慎重に保管しながら、譲り受けた当時の状態のままに……とりわけ()()が損なわれぬよう保存してきたのだ。

 それがまさか、十四年もの間、使用することになるとは思わなかったが。

 だが兄の表情で、俺は事の重大さがうまく伝わらなかったことを悟る。

 まあ、こればかりは獣性がないベータにはわからないのだろうか。


「つまり、兄上。俺はあのマントがないと、()()()()()()()()のです」





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