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「……これで、第五層のダンジョンも全て踏破したようですね!」
と、俺が連日地下の迷宮に潜って歩き回って書き記してきた地図と、旧ヒュドラダンジョンの地図とを見比べながら、興奮した口調で言ったのはジョアナだった。
赤みがかった褐色の髪をした、今年で二十四歳になる女性だ。黒縁の分厚い重たげな眼鏡をかけ、長い髪をきっちりと編み込んだ一本のおさげにして背中に垂らしている彼女は、このレルネ島のギルドで三年ほど働いてくれている非常に優秀な従業員の一人である。
パットの遠縁で、冒険者としての 職業と職位は『鑑定士』の星四つ。
鑑定士は、クエストを終えた冒険者が、ダンジョンで獲得したアイテムなどを換金するため、ギルドに持ち込んだ物を鑑定することが出来る資格を有する者が選択できる職業だ。
ジョアナのように、普段は鑑定のスキルが重宝されるギルドで働く者も多いのだが、パーティにも一人優秀な鑑定士がいると、換金率の高いアイテム収集を効率良く行えるとあって、冒険者の中でも特に人気のある専門職の一つである。
「じゃあ早速、整備班に言って、第五層の道もさくさく整えていってもらいましょう!」
「ああ、そうだな……」
「マスター? どうかしましたか?」
半分、上の空で話を聞いていた俺を、ジョアナの瞳が眼鏡の奥から不思議そうに見返している。
冬が近づく、木枯らしの夜。
ゴルネイの拠点の奥にある一番大きな建物。宿屋兼冒険者ギルド内にある俺の執務室で、俺とジョアナ、そしてパットの代理としてヴォルフも加わった三人は、大きなテーブルを囲んで閉業後の打ち合わせをしていた。
「いや……。そろそろ、この島への出入りを制限する必要があるかもしれないな、と」
「え、どうしてですか? もうすぐ第四層のクエストが全て解禁になるんですよね?」
「ああ。だから、何もなければ、冬の間に第五層の整備にも取りかかりたかったんだが……」
「ちょ、ちょっと待ってください、マスター!」
ジョアナは少し身を乗り出すようにして言った。
「あの、確かに最近、ダンジョン内の魔素が異様に濃くなって、魔力酔いで具合が悪くなっちゃう人が増えてるみたいですけど……」
「ああ。かなり危険な濃度になりつつあるようだ」
「もちろん注意喚起は必要ですが、ダンジョンはともかく、島への出入りそのものを制限するだなんて、さすがにそこまでは……!」
全然たいしたことじゃないのに、と言わんばかりの口ぶりであったジョアナの口が「あ」と開いたまま、固まった。
たった今、彼女が言った「魔力酔いで具合が悪くなった者」の中に、俺の息子であるイコが含まれていると気づいたからだろう。
それは数日前のことだった。
しかもイコが倒れた時、彼自身はダンジョンの中にいたわけではなかった。
普段から仲の良いグレンとその配下たち、それに小間使いのメグと一緒に島の裏側にある岩場で磯釣りをしていたのである。
その場所は、ちょうど切り立った岸壁の真下にあたり、潮が引いている時間にだけ中に入ることが出来る小さな洞窟があった。
そこで火を焚き、海風で冷えた身体を温めようとしていた時に倒れたのだ。
どうやらその洞窟の奥には、海水に侵されない位置に地下のダンジョンにも通じる噴気孔があるらしく、イコはそこから漏れ出した強い魔素に酔ってしまったのだった。
長らく大規模な噴火活動がないとはいえ、ゴルネイ岳も立派な火山だ。そんな孔はきっと、この拠点やその付近にも、いたるところにあるはずだ。
「ごめんなさい、マスター」
しゅんと萎れてしまったジョアナに、俺は思わず笑ってしまった。
「いや、気にするな。本人はもういたって元気だし、それにあれ以来、洞窟のように空気がこもる場所には絶対に近づかないよう言ってある」
「でも、何故なんでしょう? 人が倒れるほどの強い魔素が、最近になって急に地下で発生しだしたのは?」
と、ジョアナが不思議そうに首を傾げて言った。
ほぼ毎日ダンジョンに潜って、その強い魔素を浴びまくっている俺だが、魔力値が高い魔導師の家系に生まれついたおかげか、はたまた魔力耐性が強いとされる獣性に目覚めているからなのか──、今のところは心身ともに異常をきたしたりすることもなかった。
が、半魔界域とも呼ばれるダンジョン内の空気が、下層に行くにつれてどんよりと重たくなっているのは既に幾度も感知していた。
イコが倒れる前からうっすらと予見していたものが、徐々に現実味を帯びてきている。
──今、この島の地下に現界しているダンジョンは、第六の階層まで。
そのうち、道の整備などが終わってクエストエリアとして解放されているのは、第三層までと第四層の約半分ほどのエリアだ。
あとはまだ、テストエリアと未探索のエリアである。
地下深くに潜っていくほど、ダンジョンに施された罠は複雑になっていく。
それらの解除法や、次第に強力なレベルになっていくモンスターの情報を集め、時にその駆逐もしながら各階層ごとに地図を作っていく作業は、なかなか骨が折れる仕事であった。
それでも第三層までは、俺一人でも余裕で行けたのだが、第四層からは安全面を考慮して、可能な限りもう一人誰か(大抵はヴォルフかキリィかパットだ)についてきてもらうことにしている。
崩壊前の旧ダンジョンの地図を、ジョアナが魔導研究所時代に使われていた倉庫内で見つけてくれていなければ、きっともっと長大な時間がかかっていたことだろう。
「現時点の最下層となる第六層が現れ始めたのは、今から二年ほど前。となると、そろそろ第七層が現れてもいい頃だと思う」
「第七……、あ、ということはもしかして、正真正銘の最下層ですか?」
そうだ、と俺は首肯した。
「第七層の出現とともに、いよいよ魔界から『三つ首竜』級のモンスターが顕現するはずだ」
とうとうそれを口にした俺に、今まで黙って座っていたヴォルフがピクリと身動ぎ、目を上げて俺を見た。
そして俺は、自分自身の発した言葉にふと目を瞬かせる。
──ああ、なるほど。そうか。
何故、気づかなかったのか。
……忙しすぎたのだろうか?
駄目だな。自分が思う以上にもう若くはないということか。睡眠不足や疲労は、実に色々なものを見失わせる。
──そう。例えばこんな、あからさま過ぎるレオスの真意でさえも。
俺はため息を一つ吐いてから、肩を竦めて言った。
「例の答えがわかったぞ、ヴォルフ。ああ、確かに自明の理だ。彼に直接聞くまでもない」
「そうか。それは何より……」
と、ヴォルフが返しかけたとき。
──その瞬間は、唐突に訪れた。
ズズズゥンッと、地面が不気味に鳴動し、壁も床もグラグラと小刻みに揺れ出す。
「ッ? え、ちょ、ちょっ、な、なにこれなにこれ? わ、わわっ、いや、気持ち悪いっ」
これ地震ですマスター! と、ジョアナが足元をふらつかせながら甲高い声で叫んだ。
「──やれやれ、言ったそばからお出ましか」
「呑気に言っている場合か、トワ!」
珍しく、ヴォルフが声を荒らげる。
そして、彼に素早く腕を掴まれた俺とジョアナは、大きなテーブルの下に押し込められるようにして、揺れがおさまるまで大人しく蹲っていたのだった。
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さて、この話の公開時、転載作業のミスで本文が重複された状態で掲載されてしまいました。
今は修正していますが、その間に読みに来て頂いていた方にはお見苦しいものをお目にかけてしまい、誠に申し訳ありませんでした。




