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レオスとの衝撃的な再会から、三ヶ月が過ぎた。
俺とイコは、以前と変わらずレルネ島で暮らしている。
俺たち親子の生活の場は変わらないが、それを取り巻く状況の方には多少の変化があった。
まずは、レオスのことだ。
彼は正式にロダ王家からの離脱を表明し、それにまつわる権利の全てを放棄した。
元々、俺とのことがなくてもそうするつもりではあったようで、前王妃との婚約話やその子である王太子の摂政となる話がまるで進展を見せなかったのも、再び国を出て、冒険者として返り咲きたいというレオスの断固とした意志があったためだった。
すったもんだの挙句、最終的には王妃の側から破談を申し入れられるという形で決着し、前王の実弟である若きレオス・ダンが晴れて王位を継承することになった頃、ようやくレオスは、エティスから俺の存在を知らされたわけである。
──内乱の最中に大怪我を負ったレオスは、その瞬間から遡って約六年分ほどの記憶を失っていた。
レオスの記憶は、今現在においても失われたままだ。
それでも、十四年ぶりに記憶をなくしたままで俺と再会した男は、その日のうちに驚くべき性急さで一気に距離を詰めてきた。
次期国王からの親書を届けるべく、はるばるロダからグリギアへやって来た使節団の一員であるはずが、その大事な任務はそっちのけで、港に先回りをして船に帰ってきた俺を待ち伏せていたほど。
キリィ曰く、あの日のレオスは、俺に二度目の一目惚れをしたらしい。
二度目と言われても、俺は一度目のときにも、レオスの目の前でヒートを起こして抱かれるまで、全くその気持ちには気づいていなかった……。
レオスがロダを出国したのは、今から一ヶ月ほど前のこと。
そのまままっすぐレルネ島まで来るのかと思いきや、何と彼の冒険者復帰を知ったギルド本部から『勇者』の称号を再取得するためのクエストが課されることになった。
レオスは、願ってもないことだとその場で即決し、クエストへと飛んで行ってしまった。
俺も、ギルドマスターになるまでは知らなかったのだが、特別な難関クエストに挑める資格を持つ勇者及び賢者の称号は、本人の実績を元に、冒険者ギルドの幹部たちの会合によって、一年ごとに更新か否かが決定されていくものらしい。
故に、厳密に言えば現在のレオスは『元』勇者なのだった。
とはいえ、レオスももう三十六歳だ。
無論、彼はアルファなので、同じ歳の並の男と比べれば、体力面でも格段の差があることは承知だったが、それでも。
「この歳になっても、まだ勇者の称号にこだわるのか?」
レオス本人とギルド本部、双方からの報告を受け取った俺は首を捻った。
「今だからこそ、だろうさ」
と、訳知り顔にそう言ったのは、ヴォルフだった。
「ほう。それはまた、何故に?」
「……自明の理だと思うが。わからないのなら、直接本人に訊いてみるといい」
珍しく少し意地の悪い表情で返されて、俺はポカンと口を開けた。
……いやはや。一体俺は、何を見落としているのだろう?
そんなわけで、レオスは未だ俺たちのもとには帰って来ていない。
彼の職位は、以前と変わらぬままの星五つ。
再度、勇者の称号がどうしても欲しいらしいレオスは、ギルド本部から難易度の高い超強力なモンスター退治のクエストを達成すべく、俺たちにもその援護を要請してきた。それを受けて、キリィとパットが島を発ち、現地でレオスと合流を果たしている。
異例ではあるが、そのクエストが達成されればレオスは再び勇者の称号を手にすることが出来るのだ。
出来ることなら、俺も共に駆けつけたかったのだが、さすがに冒険者ギルドのマスターの職と、イコのことを長期間放り出しては行けない。
ヴォルフも一緒に島に残ってくれた。万が一のとき、レオスの代わりに俺とイコを守るためだという。
もうそんな必要はないと言ったのだが、これ以上ここを手薄にするわけにはいかないと、ヴォルフは頑強に言い張って聞かなかった。
レオスの残りのパーティメンバーには、なんと意外なところから名乗りを上げた者がいた。
白魔法使いの俺の代わりには、ロダの次期国王レオス・ダンの許嫁で、王妃となるはずのロダの宮廷魔導師エティス・クレインが。
そして、黒騎士であるヴォルフの代わりには、ロイルという名のエティスの護衛役──以前、グリギアの王宮でエディスに付き添っていた体格のいい武人だ──が。
彼らは、この為だけにわざわざ期間付きで、冒険者登録をしたのだそうだ。
クエストで獲得する経験値に裏打ちされる職位でみると、彼らはまだほんの駆け出しの冒険者にすぎないが、実力的には星五つの職位に相当する。
冒険慣れしていないことを除けば、頼もしいことは間違いない。だが俺としては、正直に言えば面白くはなかった。
俺にはおいそれと島から離れられない事情がある。だから、代わりに他が動いたのだ。それは重々わかっている。わかってはいるが、時に理性と感情とは相反する作用が働くものだ。
我ながら子供じみているとは思うが、要するに俺は、大きなクエストに冒険者として挑める彼らのことが、本当にただただ羨ましかったのだ。
次に、イコのことだ。
俺がグリギアの王都クロンでまさにレオスと再会した日。イコも偶然、俺が自分の父親ではないことを知った。
しかしまあ、俺はオメガで。男ながらにしてイコを身ごもり、出産したという事実は揺るぎがない。
イコにはその事実を教えた上で、改めてレオスのことを語った。
彼が、俺を置いて祖国に帰った事情。
十四年もの間、俺たちの元に戻ることが出来なかった理由。
ロダであったことは、俺にもわからないことがたくさんある。レオスとは、長く離れ離れになっていた間のことを未だ充分には語り合えていないからだ。
だからそこは、訊かれても素直にわからないと答え、勝手な想像で話すことは避けた。
だが、何故今までレオスのことや、俺の第二性についてイコに隠してきたのか。その理由については、全て語った。
ロダの内乱が終結するまで、当初はどれほどの年月がかかるかもわからなかったが、とりあえずイコにはある程度の分別がつく年齢に成長するまで。内乱が長期化することが確定した頃には、冒険者登録が出来る十四歳になるまでは何も教えないと決めたこと。
生き別れた架空の『母親』については、ああ見えて隠し事が苦手なパットのために、仲間内で口裏を合わせて作った『設定』だったこと。
それともう一つ、そこには重要な意味があった。
俺としては、イコとロダ王家との関係について、対外的には出来うる限り曖昧にしておきたかったのだ。
──何者かが、イコという存在を裏付ける前提条件となるのは、アルファのレオスに恋人、もしくは番がいたという事実。
全てを完全に否定ないし隠匿をするのには、かなりの労力を要するが、有耶無耶にすることはわりと簡単だった。
ベータである俺がイコの父親だと言いきってしまえば、それだけで世間に向けての体裁は成り立つ。
レオスは、姿を消す前の約一年間、ドゥーリア古王国内の遺跡を転々としていて、俺たちパーティメンバー以外と交流する機会がほとんどなかった。
そして、俺とレオスの交際期間も、その一年とほぼ重なる。
これまで直接的に関わってきた医者や産婆、それにギルド本部の者たち以外で、オメガであることを公表していない俺が、レオスの子を身ごもる可能性に気づける者などそうそういるはずもない。
俺が妊娠したことを知らずに故国に戻ったレオス自身と、いつか自分に刃向かうかもしれないと、レオスの動向を戦々恐々として追っていたであろう、当時のロダの暗君以外には……。
俺が危惧したのは、俺とイコの存在が、故国のために命を賭けて戦っているレオスの枷になってしまうこと。
それ故に、俺たちの……、とりわけ『レオスの血を引く子』の存在を確信したルキウスが、それを邪な意図を持って利用し、レオスの志を妨げることがないよう、細心の注意を払ってきた。
ルキウスが度々放ってきた刺客に対し、あくまで『島への不法侵入に対する取り締まり』として、淡々とあしらい続けてきたのもそのためであった。




