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「……そういうわけで、イコはすっかり落ち込んで自分の部屋に閉じこもってしまった」
王都からレルネ島に戻ってきた俺……リーファス・トワ・レイブンに、事の次第を報告してくれたヴォルフは、「すまない」と悄然として謝った。
話を聞く限り、ヴォルフは別に何も悪くはないだろうと思うのだが、彼の性分からすれば謝るのはごく自然なことなのだろう。
「食事は部屋の前に置いておいたら、ちゃんと後で食べてるみたい。だけど誰とも顔を合わせようとはしないの」
と、パットが横から静かに言い添えた。
そうか、と俺はため息をつきながら言った。昨日の昼食後からだというから、かれこれ丸一日ほど、部屋の中にこもっていることになる。
「なんというか……たいした巡り合わせだな」
十四年ぶりにレオスが俺の前に出現するなり、まさかそんな形でイコにも父親のことがバレてしまうとは。
いやしかし、呑気に構えている場合ではなかった。よくよく話を聞いてみれば、とんでもない事態になっているではないか。
「というか、父親じゃないとわかったからといって、俺との親子関係まで全否定されるというのは、参ったな……」
ヴォルフによると、イコは自分が金髪碧眼の元勇者であるレオスと、さらにもう一人、見知らぬ母親との間に生まれたのだと思い込んでしまっているという。
赤ん坊の頃に二親と生き別れ、その旅の仲間であった俺に引き取られたのだと勘違いしているようだ。
「まあ、そりゃあな。トワが父親じゃないとなると、じゃあもしかして母親かー、とはならんだろ、普通」
キリィが指摘すると、パットとヴォルフもそれに同調した。
「そりゃそうよ。トワは自分の第二性を公表してないんだもの。だからあたしたちも、勝手にあんたがオメガだってことを話すわけにはいかなくて」
「そのあたりの知識がないせいで、イコの思考もかなりベータ寄りだ。アルファのこともオメガのこともほとんどわかっていないからな」
──まあ、それはそうだ。
この島で俺がオメガだと知っているのは、仲間たちと医者と薬師、あとはゴルネイの拠点で働いてくれている人間の約半数だった。日頃から皆それぞれに、俺とイコのことでは随分と気を遣ってくれている。
「レオスのことも本当にびっくりだけど。ま、とりあえず今はイコのことよね」
「ああ。当然だ」
俺とイコが暮らす家の居間に、仲間たちがいた。
そもそもレオスのことを話すために、帰ったらすぐに全員で集まるつもりだったのだが、イコのことがあって、俺とキリィが帰ってくる前から、ヴォルフとパットはこの家で待っていてくれていた。
とはいえ、二人ともやはりレオスのことは相当気になっているはずだ。俺が兄とともに王都に向かった時点で、良かれ悪しかれ、事態に何らかの進展があることはきっと予想していただろうから。
しかも、レオスとの十四年ぶりの再会が叶ったことは、出航前に王都の港から魔導信で、ごくごく簡潔な内容でしか知らせていなかった。
「ありがとう、二人とも。俺は今からイコと話をしてくる。キリィは、パットとヴォルフに今回の件について詳しく話しておいてくれ」
特に、レオスが仲間たちのうちで俺のことについてだけ記憶がないという事実は、俺がこの場にいない方がきっと話しやすいだろう。
「ほいきたマスター」
万事心得た表情で、キリィは調子よく請け合った。
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二階に上がると、そこは扉が四つ並んだ廊下になっている。
階段に一番近い扉は客用の寝室。
そしてその次、二番目の扉がイコの部屋。
そのまた隣は物置を兼ねた小さな書庫で、一番奥にあるのが俺の寝室だった。
イコの部屋の前に、銀の盆に乗った空の食器が置いてある。どうやら、昼食もきちんと食べたようだ。
俺はほっと息をつき、扉をノックした。
「……イコ。俺だ、今戻った」
──返事は、ない。というより、室内に人の気配がなかった。
ノブを回すと、扉はあっさりと開く。案の定、中はもぬけの殻だった。
「イコ?」
十代の子供の部屋にしては、きちんと物が片付けられている。
俺が同じ年頃のときは、床の上にも本や地図が積み上げられたりと、かなり雑然としたものだったが。
ベッドも寝乱れたままにせず、敷布の皺が綺麗に伸ばされていた。
だが、こればかりは説明しようのない、漠然とした親としての勘というか、ふわりと微かな残り香のような、つい今しがたまでは彼がここにいたという気配がなんとなく感じ取れた。
(……さては、俺が帰ってきたことを察知して、隠れたな)
幼い頃、俺に対して何かばつの悪いことがあったりすると、イコはよく隠れていた。
そして、隠れる場所も大体決まっている。
隣の書庫か、塔の上の部屋……、どちらか俺が居ない方の部屋だ。
(今は、そのどちらにも俺は居ない。となれば、やはりあそこか)
……一応、書庫の中も覗いてみてから、俺は塔の上の部屋に向かった。




