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薄幸の魔導師オメガが冒険者になったら、最強勇者の子供を授かりました  作者: 碧木二三
幕間 

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33/49

もう一人のオメガ

第二章と第三章の間のこぼれ話です。




「ああ、早くトワの元に帰りたい……」


 と、海を見ながら、金髪碧眼の美丈夫が憂愁を湛えた表情で呟く。

 ただ見ている分には、それはまさに「絵になる」光景だった。

 ──ただし、そう言っていられるのも一度や二度までの話である。

 グリギアからロダに戻る船の中で、毎日毎晩、何かの呪文のように何度も何度もそう唱えられては、聞かされる側としてはもう堪ったものじゃない。

 そのとき、エティスの中でとうとう堪忍袋の緒が切れた。


「レオス。気持ちはわかりますが、いい加減慎んでください」

「……慎む。何を?」


 皆目わからぬ、といった風に首を傾げられる。

 この男、とエティスは手で眉間を押さえた。

 今まで全く知らなかった。この従兄は、恋をするとこんな風になってしまうのか……。


「はあ。キリエール殿の言った通りになりましたねぇ」

「キリィが、何だって?」

「あ、別に……」


 独りごちたつもりが、興味を引かれた風で聞き返されてしまい、そのまま濁してしまおうとしたのだが。


「そういえば、アイツはどうしたんだ。グリギアに残ったのか?」


 本当に今更なことを訊いてきた。


「キリエール殿なら、トワ殿と一緒にレルネ島に帰っていきましたよ」


 と、呆れ返りながらエティスは答えた。


「え、アイツも帰ったのか。トワと……、なんだ、そうか」


 レオスの声がすっかり消沈している。

 当然ながら、ここ二年ほどはずっとロダにいたキリィが帰ってしまったことが寂しいのではなく、トワと一緒だというのがただただ羨ましいのだろう。

 今は、レオスのトワに対する気持ちが全開になっていて、しかも溢れ出しているのが見ていてもわかる。


 ──ロダで記憶を失う前。

 レオスは、今とは全く逆にトワへの想いを完全に閉ざし、心の裡に封じ込めていた。

 よくもまあ、こんなにも想う相手がいたことを隠し通していたなと感心する。

 いや、それも愛するが故……なのか。

 記憶を失う前と後。その間に長い年月を挟んでいるとはいえ、こんなにも激しい愛情をレオスから二度も向けられたトワとは一体、どんな人間なのだろうと。

 エティスは今、心の底から興味深くそう思っている。

 キリエール……、キリィからは、事前に少しだけトワのことを教えてもらっていた。

 そして、グリギアの王宮で会ったときに彼の表面は、見た。

 すらりとした長身で、少々痩せすぎてはいるが、手足は長く、腰も臀も高い位置にある。加齢による垂れや(たる)みなどはどこにも一切なかった。

 全体的に肌は青白く、血の気が足りていなさそうだった。

 顔の造作は、鼻筋がすっと通っていて顎が細い。目尻が少し上がっているせいか、誰もが親しみを覚えるような柔和さには欠けているものの、硬質な内面を窺わせる整った面立ちだった。

 ……レオスが「年齢よりもずっと若く見える」と驚いたのも、その人形のようにつるりと整った容貌と、 体型(スタイル)の良さによるものだろう。


 ──それでいて、中身はやや抜けているのだと、かつてキリィは可笑しそうに話していた。


『なんせ一年ぐらい、レオスの気持ちにも全く気づいてなかったぐらいですからねえ』

『それは……、本当に? 確かレオスの一目惚れ、なのですよね?』

『そうですよ。アイツは、それは見事に初対面で恋に落ちてました。ただ、トワはトワで、あの当時、自分がオメガだということが俺たちに……、特にアルファであるレオスにバレないようにって、そればっかり気にしてたらしくてね』


 必要以上に他人を受け入れる余裕や隙はまるでなく、たとえ好意からであったとしても強い感情で追い詰めれば、すぐにも彼らのパーティから離脱しかねない危うさが常にあったという。

 だからこそ、レオスもひたすら耐えて、勇者の称号を授かったリーダーとして完璧にパーティを率いながら、その機会をじっと待ち続けていたのだそうだ。


『だからまあ、俺からしたら、トワの記憶がないからってそれがどうしたっていうのはありますかね。それぐらいのことで、アイツの執念や想いまでもが全部消え失せるとは到底思えないというか』


 そして、それは全くその通りだったことが証明された。

 トワを見た瞬間、レオスは再び恋に落ちていた。

 だが、実際問題としては、あの二人には既に大きな子供もいる。

 この先はきっと、恋だの愛だのと甘い事だけでは進まないのだろうが、そこは二人してどうにかこうにかやっていくことだろう。


(……ま、知りませんけどね。でも、多分、ね)



 ほんの少し、エティスが拗ねたような心地でいるのには、理由がある。

 レオスとトワが、十四年ぶりの再会を果たしたその翌日のことだった。

 キリィが一人でエティスのもとにやってきて、今からトワと一緒にレルネ島に帰ると告げられたときは正直言って驚いた。

 グリギアに滞在する間に、少なくともあと一度、トワとは会うつもりでいたからだ。

 しかしトワは、レオスと一夜を明かしたそのあとすぐ、もう王都には用がないとばかりにさっさと帰ることを決めてしまった。

 グリギア国王の謁見及び国王が主催した晩餐会をいきなり蹴って、飛び出すように港までトワを追いかけて行ったレオスもそうだが、彼らは迅風(かぜ)のように決断が早い。


(それとも、まあ、嫌われてしまいましたかね……)


 思い当たる件ならば、ある。

 トワと初めて顔を合わせたときだ。

 レオスと同名であるエティスの婚約者、レオス・ダンの名を借りて、わざとトワを刺激するような名乗り方をしてみせた。つまり、自分がレオスの婚約者であると、敢えて誤解させるような言い方をしたのである。

 それで、もしもトワが少しでも傷つくそぶりでも見せたなら。

 十四年もの長きに渡り、一度も番であるトワの元に帰らなかったレオスにも、きっとまだ充分に脈はあるのだろう、と。

 別に誰からも頼まれもしていない、独善的な裁定を買って出た結果、そんな浅はかな思惑はあっさりと見抜かれた上に、トワからはこれ以上ない痛烈なしっぺ返しを食らう羽目になった。

 冷静で、感情をあまり表に出さないタイプなのかと思いきや、自分が受けた仕打ちにはきっちり倍以上で返してくるタイプだ……、と思い知った瞬間でもある。


(まさに、レオスがハマりそうな……)


 彼の母君にも少し似た、繊細にして激しい気性の持ち主だった。

 それでいて、人並み以上に世話焼きなところもあるらしい。

 エティスは、以前ロダでキリィが言っていた、トワの性質についての言動が今もずっと心に残っている。


『──いつも自分のことより、他人を優先しがちなところがある。それが身内ならば尚更。大事な存在を固く閉じて守ろうとするのは、オメガの獣性による特性でもあると、トワの兄上のイヴリール様は言っていた』



 ──ならば、何故、とエティスは思う。

 そもそも、トワ自身の性質をオメガの特性として語るのなら、そこには大きな矛盾がある。


(ならば何故、トワ様は……、冒険者になんてなろうとしたのだろう?)


 ロダで育ったエティスには、幼い頃から当然のように自由連合側に蔓延る冒険者などという連中は、とんでもない《《ならず者》》であるという教育が為されていたのだが、それはさておき。

 レオスの実父と養父、それに母親は、自由連合と冒険者ギルドの正しい価値や在り方を理解していた。

 だからこそ、彼らを信じたレオスは亡命することを決めたのだ。

 当時はまだ幼かったエティスの目にも、八歳年上の従兄の決断はとてもアルファらしい果敢なものであると映った。

 だが、オメガであるトワには、それは似つかわしくなかった。

 家を出て。国を出て。そうして自由を求めて飛び出すこと自体、ヒートの症状を常に気にして生きていかねばならないオメガにとってはほとんど自殺行為だ。

 ロダとは違って、自由連合側でならオメガの人権はもっと尊重されるのかとも思ったが、それは別にそうでもないらしい。

 どこの国であろうと、治安の悪い場所に行けばオメガの誘拐率は上がる。

 さらに、ひとたび公衆の面前でヒートなど起こそうものなら、容赦なく襲われたり、無事であったとしてもずっと白い目で見られ続けたりもする。


 トワ自身も、グリギアを出て冒険者となってからはずっとオメガであることを隠していたという。

 だがむしろ、獣性の研究が一番進んでいる国は彼の故国であるグリギアだとも聞いた。

 いずれロダの王妃となる予定のエティスが、今回のグリギアへの使者役に選ばれたのも、実はそれが理由だった。

 グリギアの現王妃もオメガであり、両国間の親交を深めるにはちょうどいいと強く推されてしまったのだ。

 その思惑通りに、今回の訪問でグリギアの王妃にはかなり親しみを持ってもらえたようだ。

 そして王妃も同行する形で、グリギアの史跡や文化に触れられる場所の視察もいくつかこなした。

 だが視察の内容よりも、内乱が起こるまでは、いつかは身分のあるアルファと番うためだけに、まるで籠の鳥のように囲われて生きてきたエティスにとって、オメガであっても堂々と外に出て歩き回ることができるという社会のありようそのものこそ、充分見るに値するものであった。


(それだけでも、自由すぎてむしろ怖いぐらいなのに。冒険者になって大陸中を飛び回ろうだなんて。……一体、何故?)


 だから、トワとはもっと色々、話してみたかったのだ。

 聞きたいことも、たくさんあった。



「あーあ。私ももう一度、トワ様とお会いしたかったなあ」


 ため息交じりにそう言った途端、レオスが鋭い目つきでエティスを見た。


「それはどういう意味だ」

「どういうって……別に、そのままの意味ですが?」

「トワに会ってどうするつもりだ?」

「わざわざあなたにそれを言う必要がありますか?」


 澄まして言い返すと、レオスはさらに苛立ったように、


「つまり、俺には言えないような理由でトワに会いたいわけか?」


 けしからん、とレオスは声に威圧を込めて言った。


「ダンに言いつけるぞ」

「……はいはい。どうぞお好きに」


 恋をするあまり、恐ろしいほど思考が狭窄している愚かな従兄を見て、エティスはいつか見たトワの冷ややかな顔つきを思い出す。

 そして、あのときの彼と同じように、ツンと顎をあげてみせたのだった。



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