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薄幸の魔導師オメガが冒険者になったら、最強勇者の子供を授かりました  作者: 碧木二三
第二章 元最強勇者のアルファが俺の元に帰ってくるまでの話

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10-2



     ➕ ➕ ➕



 いくら年齢を重ねても、酒精(アルコール)に対する耐性はからきしだった。

 たったのひと口でも目が回る。抑制剤のせいで、もともと体調がよくなかった所為もあるのだろうが。

 少しふらつきながら甲板に出ると、レオスは海の方を見ていた。

 空の高い位置には、上弦の月が昇っている。

 彼は振り返らずに訊いてきた。


「レルネ島は……、どこなんだろう。ここからは見えないのか?」

「さあ。今は暗いし、わからないな。グリギアの本土からだと、アクラ岬が一番島には近い」


 それでも、グレンのこの船で三時間ほどはかかるが。


「アクラ岬?」

「ここからずっと西にある。俺の実家の領地内に」


 レオスが俺を振り返って見た。


「レイブン家だな。さっきお会いした、お前の兄イヴリール殿がご当主の。レイブン家は、かつてレルネ島でのモンスター殲滅戦において勇躍したと聞く」

「よく知っているな」

「一応少し、政治をやっていたからな」

「じゃあ……、この先は? 何をやるんだ」

「……トワ?」


 レオスが怪訝そうに眉根を寄せる。


「どうした、なんか呂律が怪しい……」

「言っておくが! 俺と息子は、これからも、ずっと、レルネ島で暮らしていく、つもりだから、な!」

「あ、ああ、それはわかっている……」


 レオスは目を丸くしている。

 ──ふふん、驚いているな。

 酒の力を借りるように、俺はペラべらと思いつくままに喋った。


「……息子は、イコは、冒険者になりたいんだそうだ。だから、俺も一緒に、イコと……」

「イコ?」


 レオスの碧眼がぱちぱちと瞬く。


「イコ……、それが子供の名前か?」

「そうだ。なんだ、知らないのか?」

「ああ、知らなかった。キリィに訊いたが、トワに直接訊けと言われて」


 ──いつ(たず)ねようかと思っていた、とレオスは吐息交じりに呟く。


「イコ。良い名だな。ロダの古い言葉で、宝物という意味があるんだ」


 知っている。だからそう名付けたのだ。


「俺は、お前が帰ってくるまで……、イコに本当のことを話してやれない」

「本当のこと?」

「今まで、お前を待ちながらずっと二人で生きてきた。イコは、お前を母親だと思っているが、」

「母親?」

「そう……。イコは、俺がオメガだと知らない。あの子にとって、父親は俺だ。だけど、あの子を産んだのも俺。……だから俺が、お前の分まで、二人分、愛情を込めて大事に、育てたから、な……」

「そうだったのか……」


 すまなかった、とレオスは溢れる感情を押し殺すように、両目を閉じながら言った。


「そうか。ずっと二人で……、か」


 ──なんだか少し妬けるな、と。

 開いたレオスの碧眼が一瞬だけ、まるで獣のように炯った。


「ふ、イコが、羨ましいのか?」

「当たり前だ。ずっと……君のそばにいて、君の愛情を独り占めにしていたんだから」


 おどけるようにいいながら、レオスがそっと俺の腕を掴んできた。

 そして、俺がさっきのように身体を引かないとわかると、そのままぐい、と逞しい腕の中に引き寄せた。


「全く。いい加減にしろ、この酔っぱらいめ」


 フラフラと頼りない俺の身体を腕の中に閉じこめるようにしながら、レオスが叱った。


「ふん。酔ってない。一口だけだし」

「飲めない奴は、皆そう言う。酒に弱いと、たった一口でも酔いが回るだろう?」

「飲めないって、なんで知ってる?」

「いやさっき、自分のグラスには水を注いでいたじゃないか。わかっていないだろうが、あの葡萄酒はかなりの上物だぞ」

「ああ……、なんだ、そうか。思い出したのかと、思った……」


 レオスの肩口に、自分のぐりぐりと額を擦り寄せるようにしながら、俺はクスクスと笑う。

 ああ、なんだか楽しくなってきた。


「何がそんなに可笑しいんだ?」


 それとも、笑い上戸か? と訊かれて俺は笑いながら首を振る。


「だったら昔の俺のことなんて、別に知らなくてもいいじゃないかって、思って」

「……それは。どういう意味だ?」


 怪訝そうなレオスの声。


「だって……、お前は今の俺のことを、ちゃんと余さずに()()くれている。だから、昔のことを忘れてようが関係ない。それでもう充分だな、と思って……」

「トワ……」


 レオスが俺の肩を掴み、じっと顔を見下ろしてくる。

 なんてまっすぐで、(こわ)い目なんだろう。見つめ返すうちに、(にわか)に酔いが覚めてきた。

 それなのに、顔が火照って……、いや、身体が熱い。

 ──そして不意に。胎の奥底から覚えのある衝動が突き上げてきた。

 まだ、かなり緩やかな、でもこれはもう間違いない。


「……っ、ヒート、が……?」

「だから言っただろう? 俺が外に出ている間に、部屋に入っておけと」

「あ……」


 咄嗟に俺が身動(みじろ)ぐと、もう遅い、と低い声が降りてきた。

 レオスに腰を抱かれ、逃げられないように固定された状態で、囁かれた。


「トワ。俺は、王宮でお前を一目見たときからそう思っていた。俺とお前の間に、過去など全く関係がないと。例え何度忘れようと、お前に逢えば、俺は必ず落ちて……恋を繰り返す」

「レオ……」

「だから、もしお前にこれまでの不義理を赦して貰えるのなら。そうしたらもう、今度こそ二度と離さないと……、そう決めていた」

「……っ、レオ!」

「だから……この先は、お前と、それからイコと。一緒にレルネ島で暮らしたい。もしかしたら、記憶はもう一生戻らないかもしれないが」

 

 ──それでも……、構わないだろうか?


 と。微かな震えを帯びたレオスの声。

 俺は叫ぶように言った。


「いい……、いいに決まっているだろう! この阿呆がっ」

「参ったな。罵られても愛しい」


 レオスは脂下がった笑顔でそう言うと、ようやく俺の唇を深いキスで塞いできた。




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