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薄幸の魔導師オメガが冒険者になったら、最強勇者の子供を授かりました  作者: 碧木二三
第二章 元最強勇者のアルファが俺の元に帰ってくるまでの話

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 船の中は、大きな貨物室と四つの船室(キャビン)に分かれている。

 一番広いのは小さなキッチンが付いたダイニングで、あとはグレン専用の船室と客室が二つ。

 レオスをダイニングに案内し、俺は来るときに使わせてもらった客用のキャビンから、水差しとグラスを二つ取ってきた。

 そして、グレンのキャビンから葡萄酒を一本、厨房にあったリンゴとチーズの塊、ビルが作った燻製肉などを失敬し、それもどん、とそのままテーブルの上に並べる。

 ……我ながら、もてなしのセンスが皆無だが、急だったので仕方がない。大体、国王陛下の晩餐会を蹴ってまで、こんなところにいるレオスもレオスだった。

 グラスの一つには開栓した葡萄酒を、もう一つには水を注ぎ、葡萄酒の方をレオスの前に置く。

 それから、隣同士で並んで椅子に腰掛けた。


「あ、しまった」


 チーズや肉を切り分けるナイフがないことに気づき、もう一度厨房に行って取ってこようとすると、


「大丈夫、ナイフならここに」


 と、レオスが礼服の内ポケットから、昔持っていた物よりも上等な折り畳み式のナイフを取り出す。

 そして、器用な手つきでチーズを手頃な大きさに切り分けると、「行儀が悪いが、いいか?」と断りを入れてから、それを刃に突き刺して俺に差し出してくれた。

 昔、冒険者だった頃もよく、野営中にそうやって何か食べ物を切り分けては、必ず俺に先に食べるよう勧めてくれていたことを思い出す。

 

「……ありがとう」


 かつてのように、ナイフに刺さっているチーズをそっと摘んで口に入れる。

 たったそれだけのことでも、胸に溢れるものがあって、正直なところ味はよくわからなかった。

 まるで、十四年もの間、会えなかったのが嘘のように。

 或いは、記憶がないことが嘘のように。

 互いの気持ちが、一気に距離を詰めたのがわかった。

 そうやって、肉やチーズを摘みながら、二人でとりとめのない話をした。

 レオスはやはり、レルネ島のヒュドラダンジョンのことがかなり気になっているようだった。彼が冒険者だった頃は、まだ島への立ち入りは禁止されていたのだ。

 それから、パットやヴォルフが今どうしているかの話……、そこから仲間たちの昔の話になりかけて、だがそれはすぐに終わった。

 レオスの冒険の思い出の中に、俺の存在はない。

 そのことに、二人同時に気づいたからだった。

 脆いつながりは、呆気なく解けてしまった。

 ……それにしても、とキャビンの壁や天井を見渡しながら、レオスは強引に話題を変えた。


「中はもっと狭くて息苦しいのかと思ったが。案外と居心地がいいもんだな」


 キャビンは船艙(せんそう)に作られているので、甲板や操舵室よりも低い位置にあって、その分高さにも少し余裕がある。各個室は、ダイニングよりもさらに手狭ではあるものの、寝たり座ったりして過ごすだけなら、なかなか快適に過ごせる造りだった。

 窓は天井に近い壁の上部にあり、昼間はそれが明かり取りになるので、晴れていればそこまで暗くはならない。

 

「だろう? だから俺も、今朝王都に着くまで、向こうの寝室でずっと休んでいた」

「……休む? もしかして、具合が悪かったのか?」


 端整な顔が、心配そうに覗き込んでくる。

 その首筋から、ほんの僅かに懐かしい()()の匂いを嗅いだ瞬間、俺は反射的にさっと身体を引いてしまった。


「ああ、失礼」


 すぐにレオスが詫びる。


「いや……」


 今の場合、失礼なのは過剰な反応をしてしまったこちらだろう。

 何か言わなくては、レオスを傷つけてしまう。

 だが、急に強い喉の渇きを覚えて我慢ができず、俺はグラスの水を呷った。

 ふわ、ふわ、と身体に小さな熱が灯りかけている。

 あ、不味い。

 薬、は──。

 いや、今日もちゃんと飲んだ。王宮に行くのだからと、念の為に。だからそのせいで、船が王都に着くぎりぎりまで、キャビンで休んでいた……。


(それに俺はもう、まともなヒートは起こらないはず……)


 そう思った途端、俺は愕然とした。そうだ……、そうだった。

 かつて言ってくれたように、もしもレオスが俺と番うことを望んでくれたとしても。俺は、もう……。


 すると、葡萄酒の入ったグラスを空にしてから、レオスが立ち上がった。


「……外で少し、風に当たってくる」

「レオス?」

「もし、まだ具合が悪いなら、俺のことは気にせずキャビンで休んでいてくれ。戻った時に君がここにいなければ、俺も船から降りて帰るから」


 片頬だけを歪めるような笑みでそう言うと、レオスは甲板に出て行ってしまった。


「……あ」


 今のは。

 傷つけたというより、怒らせた?

 いいや、違う。

 逃げられた、気がする。

 俺が、弱いながらもヒートを起こしかけているとわかったはずだ。

 でも、よりを戻したいと言ったのに、逃げた? 何故?

 まだ、肝心なことは何も話せていないのに。


 ──記憶が、ないから?


 他の仲間や、かつて敵だったはずのグレンのことですら覚えているのに、愛し合っていたはずの俺のことだけ、憶えていないから。思い出せないから。

 だがそれは、レオスの所為ではない。でも本人は、俺が思う以上にそのことに苦しんでいるのかもしれなかった。

 記憶のない自分がそばにいることで、俺を傷つけると思って?

 

「それは……」


 それは違う、いや違わない。現に俺は傷ついている。そして、それがレオスに伝わることを恐れている。傷つくことより、傷つけることの方が怖い。

 だけど、だけどもだ。

 これまで、恐ろしい知らせが舞い込んでくる度に、何度もレオスを失ったと思った、あの絶望を思えば。

 ──このぐらい、なんだというのか。


 このとき、何かはっきりとした意図があってそうしたわけではなかった。

 ただ、それが目に入った瞬間、何故か()()()()()()()と思った。

 俺は、テーブルに置いてある葡萄酒の瓶を掴むと、グラスには注がずに瓶から直接、その中身を口に含んだ。勢い余って、口の端から少し溢れてしまう。それを手の甲でぐいと拭ってから立ち上がる。

 香りは芳醇で、でも味は苦い。本当に、滅多と飲まないものだから、酒の良し悪しなどは全くわからないが、グレンが大事に持っていたのなら、まあそれなりのものなのだろう。


 そうして俺は、意を決してレオスの後を追った。




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